第29話 水野組と雷坂組

 鳥のさえずりが聞こえる。


 加えて、冷たい地面の感触が背中から染み渡り、僕の意識が覚めていく。どうやら、大の字になって倒れているようだ。


 ……生き、てる? うん、生きてる。


 ゆっくり、体を起こす。手足を動かしてみるが、痛い箇所は見当たらない。無傷? あの崖から落ちて? 天子が助けてくれたのだろうか――いや、気配は感じない。

 そうだっ! 水野さん、水野さんは、


「ふん。目が覚めたか」


 思わず、耳を疑う。

 この高圧的で、慣れたくないのに聞き慣れた――声のする方向へと振り向く。そこには見間違うことなき、


「ラミュアさん!? どうしてここに? いや、それより水野さん! 水野さんが崖から落ちてっ!! 僕も一緒に崖、崖から落ちてっ! うわぁあああんっ!!」


「……おい、抱きついてくるな。落ち着け、落ち着、きぇえええええええええええええええええええええええええいっ!」


 僕の脳天に手刀がめり込む。


「姫のことなら心配ない。あそこで寝ている」


 ラミュアが視線で指した先、水野さんが寝息を立てていた。

 無事を確認するや否や、安堵のため息がこぼれ出る。この状況から察するに、ラミュアが僕たちを助けてくれたのだろう。散々、僕のことを生ゴミ野郎と罵りながら、意外といいところもあるようだ。


「ラミュアさん。ありが――」


「本来ならば、姫だけを助けようと思ったのだがな。貴様が引っ付いている以上、仕方なしと言ったところだ。ちっ! 悪運の強い生ゴミ野郎め」


 うん、前言撤回。


「……ところで、ラミュアさん。その格好、いや、偶然通りがかったんですか?」

「そんなわけないだろう。常々、姫のことは監視しているからだ」

「か、監視?」

「ああ。あの美しすぎて完璧な姫に、悪い輩が寄って来ないようにな。ついでに、姫の成長日記『アイラブ・マイプリンセス』も録画できて一石二鳥だ。ちなみに、シリーズはもう既に14106章ある」

「五桁も!?」

「ふっ。いつか、姫が結婚する時に見せてあげようと思ってな。……姫が結婚? 貴様ぁああああああ! マジでぶっ殺すぅうううううう!!」

「妄想で逆ギレはやめてくださいよっ!」

「……ふん。ところで、だ。一つ質問をするぞ」


 と、ラミュアは一拍置いて、


「雷坂組となにかあったか?」


 いきなり核心を突く一言。


「は、はい。……って、雷坂組? 雷坂を知ってるんですか?」


「当たり前だろう。知っているもなにも、いや、そうだな――」


 ラミュアは言葉を濁しつつ、


「――今は貴様も部外者ではない。知る必要がある、か」


 真剣な眼差しだった。


「やつは、姫の婚約者だ。それに、敵対する雷坂組のボスでもある」


「婚約者? 雷坂組のボス!?」


 えぇっ!

 婚約者って、あれだよね。漫画やアニメとかでよく見る、許嫁的なやつ? 水野さんと雷坂が? だったら、僕と水野さんの関係性は? というか、雷坂がボス? 色々な疑問が脳内でひしめき合い、頭がこんがらがってきた。


「何故、二人が婚約者なのか? と、言った顔付きだな。それには、ちゃんとした理由がある」


 ラミュアは言う。


「元来、水野組と雷坂組はすこぶる仲が悪くてな。顔を合わせては――罵り合い、殴り合い、スタジアムを貸し切っての戦が開催されていたんだ。それがもう、恒例行事になっていてな。いい加減、どうにか収束させようという話になっていた。まあ、口では簡単に言っても、現実問題は複雑だ」


 そこで、とラミュアは言葉を紡ぎ、


「お互いの組同士、同い年の子供がいた。それを利用しようという話になったわけだ。無論、俺は断固として反対した。あいつらの組は大嫌いだったからな。それに、姫を利用することにも虫唾が走った。しかし、そうせざるを得ない出来事が起きてな」


 まるで、昔を愛おしむように、


「……先代のボスが病気で亡くなったんだ」

「先、代? まさか、水野さんの」

「ああ。姫の父君で本当に素晴らしい人だった。厳しさの中に優しさがあり、命の恩人でもある。あの人がいなかったら、俺は野垂れ死んでいただろう」


 哀しい表情だった。


「……いや、この話はいいな。とりあえず、その時期と重なってトントン拍子に婚約の話が進んでしまったというわけだ」


 これはもう十年以上前の話になる、と付け足した。

 先代が亡くなったという時期――誰も責められるはずもない。一つでも、厄介な問題を減らしたかったのだろう。

 そして、すぐに実行できる解決策はそれしかなかった。


「結構、昔の話なんですね」


「そう、昔の話だ。その後は平穏な日々が続き、婚約の件など誰しもが忘れていた。しかし、最近になって雷坂組がそれを持ち出してきてな」


 お互いに頃合いだ、婚約の件を進めていこうか、と。


「正直なところ、雷坂組の腹の中は予想が付く。姫を手中に収めて、優位に立つつもりだろう。ふざけるなと一蹴したいところではある。が、大人の世界に礼儀は必須だ。常に冷静さを忘れず、クールにいかねばな」


 ラミュアは深々と頷き、


「だからこそ、婚約の件を円満に解決するため、話し合いをしに行った。俺もボスに同行して――そうだっ! あの日、俺がいない時、狙いすましたかのようなタイミングで貴様が降って湧いてぇぇぇええええええええっ!」


「クールはどこに!?」

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