第30話 休戦・休憩
「ふん。話を戻すぞ、雷坂となにがあった?」
「えっと。端的に言うと、不可思議な力で崖から落とされました」
「不可思議な力? どういったものだ?」
「……雷坂が『自ら落ちろ』と言ったら、水野さんが言葉通りに動いたんです」
これは、言っていいのか?
いや、言わなきゃいけないだろう。ラミュアもここまで話してくれているんだ。隠しごとをしたくないという気持ちは勿論のこと、洗いざらい正確に言ったほうがいい。
あとは、信じてもらえるかどうか――、
「あのくそ野郎、姫にそんなことをしたのか」
――恐ろしい剣幕だった。
端から見ても、怒りが感じ取れるほどの殺気――殺意。僕に向けられたものではないと知りつつも、自然と息を呑んだ。
ラミュアは仕切りなおすよう、深く息を吐き、
「……話はわかった。それは『神力』を身に宿しているんだろう」
予想外の一言。
「知ってるんですか!?」
「水野組の幹部なら、誰もが知っていることだ。先祖代々、ボスには傷を癒やす能力が引き継がれていく。貴様もボスに治してもらったことがあるだろう」
なんとなく、身に覚えがあった。
「同じくして、雷坂組のボスにもなにかしらの能力があるのだろうな」
だが、問題はそこじゃない、とラミュアは腕を組み、
「やつの行動から察するに――タイミングが悪すぎた。婚約を解消するため、無理やり貴様と姫を結び付けたと思われているだろう。このままでは、貴様はともかく姫にも危害が及ぶ可能性もある。いや、既に及んでいる、か」
雷坂組のボスより、どこの馬の骨とも知れぬ男、と。
「雷坂組はもとより、好戦的な面があるからな。今回の一件は、争いを生むにはよい材料だろう。しかし、どこから情報を仕入れたか、だ。考えたくはないが、内部にスパイでも潜んでいるのか。それとも、俺のように――」
「ん、ぅん」
水野さんの声と同時、ラミュアが立ち上がる。
「――姫が目覚める。時間切れだ」
「えっ。別にここにいても」
「監視していることは秘密でな。俺はまた影にいさせてもらう」
「……わかりました。本当に、助けてくれてありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはない。言っただろう? 仕方なし、とな」
どうにも、嘘な気がしてならなかった。
「ところで、僕も一つ質問をいいですかね」
「なんだ。手短に言ってみろ」
「どうして、エプロン姿なんですか?」
そう、猫ちゃんマークの付いた。
見た時から、すごく不思議だった。いつものスーツ姿とは違って、なんともファンシーな格好――持ち前の筋肉のせいか、エプロンがミチミチと悲鳴を上げていた。
……新種の変態に見える。
そんなこと、口が裂けても言えないけど――今の居場所に関連性が皆無だよ。スルーするか悩んだものの、やっぱり気になるので聞いてみる。
僕の純粋な疑問、ラミュアはフッと笑いながら、
「……」
「……」
「…………」
「…………」
なにも言わなかった。
え? なんで無言になるの。互い、沈黙が続き――水野さんの欠伸をきっかけに、ラミュアは忍者のように姿を消した。
「んふわぁ。あ、逆巻君! おはよう」
「おはよう。……いや、それどころじゃなくてっ!」
「あっ! 私、崖から落ちたんだよね。あはっ、生きててよかった」
なんとも、マイペースな寝覚めだった。
「……ごめんね。水野さんを巻き込んじゃって」
「??? 巻き、込み? むしろ、私が逆巻君を巻き込んだんだよ。勝手に足が動き出して、気が付いたら崖から落ちてて。あぅ、私の体、急にどうしちゃったんだろう?」
不思議そうに、水野さんが首を傾げる。
はたして、どう言えばいいものか――雷坂に落とされた? いや、水野さんからしたら自発的に落ちたものだし。
詳しく説明しても、混乱させてしまうだけだろう。
「……実は、この山には幽霊がいるらしい。たまに、体を乗っ取るみたいなんだ」
と、思った僕は適当な理由を述べる。
「うんうん。……幽霊が体を!?」
「そ、そう。例えば、こんな感じでさ」
「ふぇ」
水野さんの頭を撫でてみる。
冗談めかして、話を逸らそうと考えての行動だった。対して、水野さんが頬を真っ赤に染めて顔を俯かせる。いやがる素振りなど、微塵もなかった。ふわりと触り心地のいい柔らかい髪、ずっと触れていたいような――、
「ご、ごご、ごめん」
――慌てて、手を放す。
「ぅ、ううん。なんだか照れくさくて。……それに、懐かしかった」
「懐かしい?」
「……昔ね、パパがよく撫でてくれたんだ」
パパ。
ラミュアの話からすると、先代――確か、病気で亡くなったと言っていた。水野さんは昔を振り返るよう、そっと目を閉じ、
「私が小さい時に、亡くなっちゃったんだけどね。本当に優しくて自慢のパパだった。ちょっとだけ、ちょっとだけね、逆巻君に似てるんだ」
僕に、似てる?
「だけど、最後の時――」
言い掛けて、水野さんは首を振りながら、
「――逆巻君、お腹空いてない?」
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