第31話 幸せなひととき

 今ごろ、上の方では大騒ぎになっているだろう。


 何故なら、生徒が崖から落ちて――二人も行方不明になったんだ。頭上を見渡してみるが、木々に囲まれている上に結構な距離がある。


 つまり、もとの場所は見えない。


 こんなことなら、ラミュアに帰り道を聞いておけばよかった。それとも、放置していることから察するに、助けを待って下手に動かない方がいいのかな。

 まあ、どちらにせよ――ここが僕の墓標になるだろう。


「さっ、食べよっか」


 笑顔の水野さん。

 現在、僕の目の前にはお弁当が並んでいる。お弁当、お弁当――今朝、僕は校外学習を忘れていたため、用意をしていなかった。


 ならば、どうして?


 答えは簡単、水野さんの手作りお弁当だ。昨日の一件が走馬灯のよう、僕の脳裏を駆け巡る。巡るだけに、僕は巡ぅ! なんて、馬鹿な冗談を言っている場合じゃないよ。

 覚悟を決めよう。いただきます、と僕は卵焼きを一口、


「逆巻君。ど、どうかな?」

「……」

「逆巻君?」

「美味しい」


 率直な感想だった。

 柔らかくも瑞々しい食感、口の中で卵の味わいが心地よく弾ける。昨日の今日で、一体なにが――上達したとか、そんなレベルを遥かに超えて進化に近い。プロが作ったと言っても信じられる。

 その感想に、水野さんは顔をほころばせ、


「えへへ。嬉しいな」


 可愛すぎる。

 抱きしめたい衝動に駆られる――が、死神の殺気! なんとか耐え切る。その可愛さすら、味を深めるスパイスだよと絶叫したい気分だ。

 続いて、水野さんも一口、


「美味しい、本当に美味しいねっ! さすが、ラミュ――んん、んっ!!」


 と、慌てて口を抑える。


「ラミュ?」


「な、なにも言ってひゃいよ」


 水野さんの声が裏返る。

 確かに、ラミュアって言い掛け――今、全てのピースが組み合わされ、ラミュアのエプロン姿が思い出された。まさか、まさか、


「……あぅ。正直に言うと、ラミュアに手伝ってもらったの。で、でも、でもね! 私も色々と教えてもらって。昨日は無理して食べてくれたから、今日は美味しいものを。えっと、その、リベンジ! というか、九割くらいはラミュアが作ったんだけど」


 過程はどうあれ、素直に気持ちが嬉しかった。


「ありがとう。それで、水野さんの一割はどれかな?」


「……私が作ったのは、これ、なの」


 と、水野さんがお箸を伸ばす。

 摘まれたそれは――黒光りする物体だった。ごつごつとしていて、不規則な形をしている。なんだろう? ただ、ひと目見て――フラッシュバックぅ! 冷や汗が頬を伝い、緊張から喉が鳴った。


「な、なにか、わかるかな?」


 最大級の質問だ。

 間違えたら、水野さんはショックを受ける可能性がある。冷静になるんだ、僕――まずは、お弁当に入れるおかずの定番を思い浮かべよう。

 おにぎり、ウィンナー、卵焼き、ハンバーグ、その他。

 どれだ? 頭をフル回転させる。現在、お弁当の中には――卵焼き、ほうれん草、おにぎり、ちくわが入っている。


「はぁ、はぁ」


「逆巻君? 耳と鼻から煙が出てるよ!?」


 バランス、バランスを考えるんだ。

 野菜、卵、炭水化物――肉? 肉だ。肉に違いないっ! ハンバーグ? いや、形状からしてなさそうだ。

 となると、あれだろうか? 僕は深く息を吸い込み、


「から、あげ、だよね?」


 数秒の間を置いて、


「うん! ぁ、揚げただけ、なんだけどね」


 水野さんが照れくさそうに言う。

 うぉお、当たった! 内心、ガッツポーズをする。それにしても、揚げただけでここまで黒くなるなんて、火山にでもぶち込んだのかな。

 よし! と、気合いを入れて頂こうとした瞬間、


「はい。あーん」


「!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る