第27話 嵐の校外学習

 翌日。


 全快、とまではいかずとも――日常生活に支障はなさそうなので、学生の本分を全うするべく登校の準備をする。


 ……あ、今日は校外学習のある日だった。


 昨日、水野さんに言われていたにも関わらず、すっかり失念していた。家を出る直前に思い出し――慌てて、指定のジャージに着替え直し、リュックサックを背負う。学校に着くと、グラウンド内に生徒が集合していた。


 ……うん、なるほど。


 どうやら、昨日に班決めがあったらしい。らしい、というのは周囲の話に耳を傾けていたからだ。誰かに聞いてみる? よく恐喝と勘違いされるからこそ、ここまで耳の機能が発達したんだよ。


 ……うんうん、了解した。


 どうやら、一組に男女を入り交えた、三、四人の班分けらしい。らしい、というのは周囲の話に耳を――以下略。僕は誰と同じ班なんだろう。

 願わくば、水野さんとか、水野さんとか、水野さんとか――、


「逆巻君! こっち、こっちだよ」


 ――この声、流れ的に間違いない。

 水野さんと一緒だぁあああああああっ! 溢れんばかりのスマイルで振り向いたつもりだった。しかし、客観的には別ものだったようで、その方角にいる女子複数名から「ひぃっ!」と、恐怖の声が漏れる。自動的に道が開けて――水野さんの姿が見えた。


「おはよう、逆巻君。体調は大丈夫かな?」


 天使、天使がいた。


「む、呼んだかの」


 いや、読みは同じでも天子じゃないよ。

 ふわりふわふわ、頭上をゆらり――相変わらず、天子は僕の側にいた。観察なんて言いつつ、実際は食べものがメインに違いない。


「ごめんね。同じ班だったの、伝え忘れちゃってたよ」


 僕は気にしないでよと、水野さんに歩み寄り、


「やあ、逆巻。おはよう」


 その隣、快活な笑顔で立っている男子がいた。

 雷坂弘樹、クラス内――いや、学校内にて彼の名前を知らない人はいないだろう。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、これらの最強三点セットに加えて、コミュニケーション能力も抜群ときたものだ。

 だが、それを鼻にかけたところもなく――総合すると、非の打ちどころが皆無なモテ男だ。唯一、水野さん以外で僕に話しかけてくる稀有な人物でもある。


「今日は俺も一緒の班だ。楽しくやろう」


 はははぁ。そりゃ、二人きりなわけないよね。


「あはっ、この三人で仲良く行こうね。それで、今日の行程なんだけど――」


 水野さんが冊子を広げる。

 校外学習の内容は山登り。梅、竹、松、三種類のコースがあり、その中の景観がよいと噂される松コースを選択。難易度的にはそこそこの差はあるようで、まあせっかくなら有名どころに行こうと言う。


「――午前の間にこの場所まで行って、お昼はここで食べようかなって」


「いや、夕凪君。それだと時間的にギリギリだから、余裕を残すためにここまで行ったらどうだろう」


 夕凪、夕凪君だって!?

 天子ならともかく、同年代の男子が下の名前で呼ぶなんて、嫉妬心が――君付けなんてキザな呼び方も、激しく絵になりすぎてぐうの音も出ない。文句なしの美男美女、校内一のイケメン男子とアイドル的存在の女子だ。


 ……蚊帳の外と言わんばかり、やり取りを静かに眺める。


 ふっ。僕の立ち位置的に、二人を羨んで見ている悲しい男子みたいな雰囲気だ。本当にお似合い、としか言いようがない。あまりのマッチングに神々しさすら感じるよ。

 水野さんと釣り合うためには、このレベルまで――、


「逆巻君、逆巻君?」


 ――っと。


「ご、ごめん。ちょっと、ボーっとしてたよ」


「まだ、体調が万全じゃないのかな? ……しんどくなった時は、遠慮しなくていいから言ってね」


 なでなで。


「……っ」


 不意打ちだった。

 水野さんが背伸びして、僕の頭を撫でる――顔が熱い、熱くなる。戸惑う僕に気付いたのか、水野さんがハッとした表情になった。互い、なんとも照れくさい空気――それを打ち破るかのように、


「さて、と! 二人共、出発しようか」


 ポンっと、雷坂が僕の背中を叩いて促した。



 松コース。

 梅、竹、と比較して三コースの中では一番体力を消耗する道のりのようだ。

 周りを見る限り極端に人気は少なく、他の生徒たちは少しでも楽な方を選択したと見て取れる。雷坂、水野さん、僕、と縦並び――道中、安全確認でいる先生たちに会釈をしながら、順調に進んで行く。

 ……僕を除いて。


「はふぅ、ふふひぃーや」


 病み上がりに、これ超きつぅううういっ!

 普段のコンディションなら――いや、それでも少しはキツかっただろうけど。爽やかに前を歩く二人、水野さんが心配そうに僕を見やり、


「逆巻君、大丈夫?」

「だだ、だじょ、だじょじょう」

「本当に!? その反応どこかで見覚えがあるよ!」

「……よし、ここらで休憩を挟もうか。あの木陰まで行こう。あそこなら、道行く人の邪魔にならないだろうし」


 次いで、雷坂が言う。

 二人にありがとう、とかすれる声を絞り出し――ふらつく足に力を込めて、雷坂の指差した場所まで歩く。な、情けない、情けなさすぎる。

 そんな僕に雷坂は肩を貸しながら、小声でボソリと、


「いやぁ、手間が省けて丁度よかったよ」


 手間?


「ははは。こっちの話さ」


 僕の疑問を含んだ眼差しに、雷坂が笑い返す。


「夕凪君、念のため先生に報告をして来てくれないかな? 少し遅れる旨だけを伝えてくれればいいから」

「ぅ、うん。逆巻君をよろしくね」

「任せておいてくれよ」


 雷坂が指示を出す。

 本当、なんでもそつなくこなすなぁ。こうやって助けてくれたり、密着している箇所からフルーティな香りがしたり、いいやつすぎて――、


「おっと。今、いいやつとか思っただろ?」


 ――んんっ?


「残念ながら、それは間違いさ」


 今朝と同じ、雷坂は快活な笑顔で、


「逆巻、今からお前は死ぬんだから」

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