第26話 嘘はダメ?

 そうだね、心配する箇所が――完全に別だったね。


 最早、自由に翼が生えているようなものだよ。突発的すぎて、僕自身も事前にとめることは不可能だ。一回、現代のマナー勉強会でも天子のために開催しようかな。

 凍り付く場、天子は気にした様子もなく、


「まず見た目じゃ、この色彩は食欲がわきづらい。次いで食感、いくらなんでもこの硬度は歯応えがありすぎる。さらに重量、遠投競技が始まるのかと思った。が、最大の問題点は味じゃ。とにかく不味い! 泥水で口の中をゆすいだのかと錯覚した。しかし、お腹を満たすという点ではよいかもしれぬ。つまり、まとめると――」

「天子ぃいいい! ストップぅうううう!」

「――げきまむぐっ。ぶはっ! 嘘はいかんぞ? お主もそう思ったじゃろう」

「っ! ぼ、僕は」

「逆巻君」

「は、はぃい!?」


 氷のような冷たい声、水野さんが僕に詰め寄り、


「言って」

「えっ?」

「言って」

「えぇっ? 味、味だよね? お、美味し? かったよ!」

「正直に言って」


 胸ぐらを掴まれる。

 この冷徹な水野さん、昨日にも見覚えがあ――るぼおぉぁぁっす! い、息が! なんて怪力なのっ!! はたして、どう答えればいいのか。いやはや、酸素を取り込む作業に精一杯でなにも浮かばない。

 僕は観念して正直な感想を口に、


「ま」


「ま?」


「不味かっ、たです。しょ、衝撃、的な不味さでした」


 そっか、と水野さんは呟き――解放される。続いて、


「……ラミュアは、どうだったのかな?」

「お、俺ですか? 姫の手作りですよ? そこの失礼な生ゴミ野郎とは違って、純粋に美味しかっ――」

「言って」

「――じゅ、純粋に美味しかっ」

「言って」

「お、美味し」

「正直に言って」


 ラミュアが無言で立ち上がる。

 すほぉおお! と、室内の酸素を吸いきる豪快さで深呼吸をしたと思いきや――ひとっ飛び、水野さんが侵入して来た天井の穴から消えて行った。

 めり込んだ床――一言で言うなら、ただのジャンプだ。あまりの人間離れした逃走に言葉を失った。

 取り残される僕たち、水野さんは座布団を片手に窓際に歩み寄り、


「言うまでは、逃がさない」


 ギリギリと、力技で槍状に丸め始める。

 な、なにが始まるんだ? 水野さんは遠くを見渡している。もしかして、ラミュアを探しているのだろうか。いくらなんでも、ねぇ? 数秒の間を置いて――、


「見つけたっ!」


 ――本気でっ!?

 言うが早いか、水野さんは槍(座布団)を振りかぶり――一直線、一瞬にして視界から消え去ってしまった。すぐ後に「ぐわぁああああああ! ごほっ、ぐはぁ!」と、断末魔が聞こえたような気がする。

 水野さんは笑顔を一つ、鞄を手に取り、


「じゃあ、私も帰るね。逆巻君、お大事に」


「あ、ぅ、うん! 今日はありがとう。それと、その」


「気にしないで。……天子ちゃんがハッキリ言ってくれて、よかったよ」


 なでなで。天子は気持ちよさそうに目を細めながら、


「むむぅ。そうじゃろう、そうじゃろう」


「あはっ。じゃあ、またね」


 と、部屋を出る間際に振り向き、


「あ、そうだ。逆巻君、明日は大丈夫かな? 校外学習の日だから、もし学校に来れるようなら準備とか忘れないようにね」 


 僕は曖昧に頷き返す。

 先ほど見せた、冷徹な表情――あれは、なんだったのだろう? 不味いと言われたことに対して、というわけではなさそうだった。

 ぼんやりと考えながら、階段を下りて行く。まだまだ本調子にはほど遠いが、少しずつ体は回復していたようで――水野さんを見送り自室へと戻る。


 ……結局のところ、理由はわからなかった。


 ベッドに転がり、天井の穴から空を見上げる。廃墟のようになった部屋、両親が帰って来たらどう説明しよう? 

 とりあえず、ダンボールで補修するかな、なんて考えはオマケで――正直、水野さんのことで頭がいっぱいだった。

 そんな中、天子が言う。


「嘘はいかんぞ、と言ったじゃろう?」

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