第25話 素直な子

 今さら文句を言っても仕方ない。


 幸い、水野さんは僕の妹と勘違いしている。無理やりにでも押し通すのがベストだろう。

 僕は作り笑いを一つ、天子の頭をポンポンと、


「そ、そうっ! 水野さんの言う通り――年の離れた妹、なんだ」


「名は天子という。気軽に天子と呼ぶがよい」


 何故か胸を張る天子、水野さんは朗らかに微笑みかけ、


「私は水野夕凪。よろしくね、天子ちゃん。年はいくつかな?」

「年、年か。うろ覚えじゃが、一億歳くらいかの」

「うんうん。……一億歳っ!?」

「侮るなかれ、人間とは比較にならぬ莫大な年月と知識を――」

「いやははは、愉快な冗談だよね。確か、今年で――八、九、十歳くらいかな。十歳だったと思うな」

「――もふぉふぁ」


 慌てて、口を抑える。

 これ以上は、なにを言われるかたまったもんじゃない――なんとか話を合わしてくれよと合図を送る。妹らしく、十歳という年相応な振る舞いとか。明らかに、喋り口調とか年季入りすぎだし。

 心情を読み取ったのか、天子は深々と頷き、


「今年で十歳になりまちゅ。よろちくでちゅ」

「どうしてそんなに極端なんだよ! メリハリ付けすぎだよっ!!」

「わがままなやつよのう。どうすればよいのじゃ?」

「……もう、いつもの口調でいいよ。いや、実はさ、見た目通りに巫女服で、古風なスタイルにハマっててさ。その、なんていうか」

「あはっ、面白い子だね」


 な、ナチュラルに受け入れてくれたっ!


「……水野夕凪、と言ったかの?」

「あ、私も気軽に夕凪でいいよ」

「では、夕凪。これ、このカップ? ケーキとかいうの、天子も食べてよいか?」

「うんっ! 遠慮しないで食べてね」


 早々に下の名前を呼び捨て、だと?

 僕もまだ、名字で水野さんなのに――うらやましいっ! 素直にうらやましいっ! 夕凪、夕凪、か。


 ……悔しいので、心の中にて反芻してみる。


 水野さんに巡君と言われ、僕は夕凪さんと言う。巡くぅん、夕凪さぁん。ダーリン、ハニー。シチュエーションは――そうだね。砂浜での追いかけっこ、お花畑での膝枕、ふぅうううっ!

 いつか、いつか、僕も口に出して呼べる日が――、


「逆巻くぅん! 鼻の下を伸ばしてなにを考えているのかなぁ!?」


 ――現実って残酷だよね。

 いつの間にか、ラミュアが復活していた。つい先ほどまで、泡を吹きながら意識朦朧としていたにも関わらず――恐るべき回復力と言うべきか。このまま放置したら、三日は寝込まないかな、なんて期待するだけ無駄だったようだ。


「ふん。まあいい、ところで、あの女の子は――」


 瞬間、ラミュアが天子の腕を掴んだ。


「――待て、待つんだっ。駄目だ、これを食べてはっ!」 

「むぅ。何故じゃ?」

「食べたら、死ん」

「ラミュア? どうしたの?」

「でゅうぅううっ! とにかく、駄目なんだっ! ほら、手を放して! お兄さんが食べるからっ!」


 不服気に頬を膨らませる天子、慌てるラミュア、首を傾げる水野さん、


「天子、食べていいんだよ」


 神様なら大丈夫だろうと、強気で勧める僕の四拍子。


「正気か? 妹なのだろうっ!?」


 だが、そんな内情を知らないラミュアは狼狽えている。

 意外と優しいんだね――僕を除いた人に限定して。んんっ! もしかして、これはチャンスなのでは? ラミュアを葬り去るチャンスなのでは? この流れに乗るに越したことはない。

 そっと、僕はカップケーキを大量に掴み取り、


「ラミュアさんたら、食いしん坊ですね。まだまだ、いっぱいありますから――もう十個くらいどうぞ」


「……貴様っ! いや、そうだな。仲良く! 半分こしようか。仲良くねっ!!」


 こ、こいつ、道連れにする気だっ!

 僕の意図に瞬時に気付いたのだろう。仲良く半分こ、と強調するあたりが絶妙なポイントである。こんな言い回しをされてしまっては――、


「あはっ。友情の誓いみたいだね」


 ――水野さんが嬉しそうに手を合わせる。

 回避不可能な状況に陥ってしまった。一口食べただけでもやばいのに――現実問題、僕の生命が危ない。ここは、天子に無理を言って『神人』になる? いや、今の状態でなったところで――どちらにせよ、僕が危ない。

 詰んだ、と思ったのも束の間――、


「あーむっ」


 ――いつの間にか、僕の手からカップケーキを奪い取り天子が食べていた。

 待ち切れなくなったのだろう。それはもう、すごい勢い――次から次へと口に運び込んでいく。


 ……ひぃ、ふぅ、みぃ、ループ。


 あっという間に、山脈が姿を消してしまった。唖然とした表情のラミュアに、僕も同じくして――神様といえども大丈夫だろうか? 

 そんな心配を他所に、天子は満面の笑みで、


「おかわりっ!」


 うん、杞憂だったようだね。


「ごめんね、天子ちゃん。今日はそれで終わりなんだ」


「むぅう。残念じゃ」


 頬を膨らませる天子、水野さんはそんな天子の頭を撫でながら、


「あはっ。喜んで食べてくれて、私も嬉しいよ。味はどうだったかな?」

「超まずかった!」

「ま、ふぇっ?」

「超まずかった!」


 即答である。

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