第38話 エピローグ
「……俺の完敗だ」
糸の切れた人形のよう、横たわりながら、
「痛覚を麻痺させても、体が危険信号を放っていてな。これ以上の能力の使用は、俺自身が持たない。部下からの反応もないし、清々しいまでの敗北といったところだ」
そう言いながらも、雷坂はどこか安らいだ表情だった。
パーフェクトな自分、果てのない欲望。もしかしたら、誰かにとめて欲しかったのかもしれない。勝手な解釈、なんとなく、なんとなくだけど――そう感じた。
掟に縛られすぎて、自らの首を絞めていたんだ。
ふと浮かんだ疑問――『神力』を失わないために掟を守る。僕の掟ってなんだ? 無意識のうちに守っていたんだろうか。
「時期に夕凪君の支配も解ける。ハッタリを言っただけで、永遠に意識を断ち切ったり記憶を消去なんてこと俺にはできない。操っていた部下たちも、数日頭がパーになるくらいでもとに戻るさ」
「……それ、安心って言えるのかな」
僕は水野さんを起こし、解放する。
どうやら、動けないだけであって部下のような支配はかかっていないようだ。よかったよかった、数日とはいえ水野さんの頭がパーになる姿は見たくないよ。
雷坂は最後に一つだけ聞きたい、と天子を見やり、
「一体、なんの神様なんだ? 教えてくれないか」
「ふふ。お主には縁のない神様じゃよ」
「……縁の、ない?」
「改心したのなら、神ヶ丘にでも祈るがよい」
「ははっ、そういう、ことか。……それなら、この結果も納、得だ」
天子の一言で察したのか、満足気な顔で雷坂は意識を失った。
「……逆巻君っ! よかった、無事で」
支配が解けたのだろう、水野さんが僕の胸に顔を埋める。
時折、嗚咽が漏れており――もう大丈夫だよ、と頭に手を置く。というか、抱きしめてもいい雰囲気じゃないか? 高鳴る胸、唾を飲み込む音が妙に響く。い、いいよね? いくよ?
と、両腕が背中に触れる寸前、
「撃たれた時、本当に死んじゃったかと思った」
涙混じりの震えた声で、
「すごく胸が痛くて、目の前が真っ暗になって、あの時と似たような気持ちだった。パパも、いきなり私の前から消えちゃったから。最後の時も帰って来るって言ったのに、いなくなっちゃったから」
水野さんが、嘘をいやがる理由。
先代は、心配させまいとそう言ったに違いない。水野さんもその気持ちをわかってはいるけど、幼い心に大きな傷跡を残したんだろう。
もし、先代が無事に帰って来ていたら?
状況は違えど、僕と同じ気持ちだろう。そんな先代に代わって、なんておこがましいかもしれない。
今はただ、目の前にある可憐な背中を――、
「僕はずっと、君の側にいるよ。必ずいるから」
――強く、強く、抱きしめる。
心地よく、暖かな温もり。数秒の間を置いて、水野さんが少し体を離した。頬を真っ赤に染めて、潤んだ瞳で僕の顔を見つめながら、
「嘘じゃ、ない?」
力強く頷き返す。
「……じゃあ、約束の誓いをしてくれるかな?」
約束の誓い? 首を傾げる。
と、瞬間――僕の唇が塞がれた。柔らかく瑞々しい感触、脳の理解が追い付き、胸の鼓動が高鳴りだす。
水野さんが僕に唇を重ねていた。
甘く、切なく、とろけるような感覚が全身を駆け抜けて――体温が上昇する。爆発しそうなくらいだった。
……何コンマ? 何秒? 何分?
時間の感覚がわからない。最早、頭上で天子が奇声を上げながら叫んでいるが、どうでもいい。ラミュアが乱入して来るかもしれないが、どうでもいい――ずっと、永遠に、このままでいたいと思った。
そっと、名残り惜しそうに水野さんは口を離し、
「逆巻君、大好きだよ」
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