第37話 二度目の奇跡

「さて、どう攻め込んでいく?」


「この鉄の扉を開いたら中庭があり、大勢の敵が配置されています。皆、雷坂に操られていて連携も鋭く、脳のリミッターが外れているのかパワーも桁違いでした。肝心の水野さんと雷坂は、三階の中庭側の部屋にいます」


 つい先ほど、目の当たりにした光景を口にする。

 僕の策とは、前に水野組を訪問した際に取った行動だ。一度目よりも、二度目の方が成功率は上がる。

 無論、大まかな状況を自身で確認しているのだから。


「なので、僕とラミュアさんで中庭の敵を倒してから、水野さんを奪還するというのはどうでしょうか?」

「……ほう。体感してきたような言い方だな」

「信じてもらえないかもしれませんが、僕は実際に――」

「見て来たんだろう?」

「――み、えぇっ! 信じてくれるんですか!?」

「前回、貴様が水野組に侵入して来た時と同じだ。大体の予想が付く、時間に関する能力なんだ、ろぉらっさぁああああっ!」


 ラミュアはそう断言し、鉄の扉を開――蹴破った。


「相変わらず、色々な意味ですごい男じゃのう」


 僕は天子に同意する。

 鉄の扉を蹴破った体力、僕に与えられた能力を見破った知性――この人だけは、全てに置いて別格だろう。


 ……天子の力がなければ、僕はどうなんだ?


 普通の状態、なにもない生身で――一つ、一つでも、僕に勝っている点はあるのだろうか。大きい背中に続いて、豪快に開いた入り口に足を踏み入れる。

 ラミュアは中の光景を見渡しながら、


「ふっ。生ゴミ野郎が言った通りの状況だな」

「……そろそろ、生ゴミ野郎ってやめませんか?」

「ああ。生ゴミ野郎なんかじゃないな」


 何気なく口にした一言、ラミュアは真面目な口調で、


「姫が崖から落とされた時、貴様は自らが盾になろうと胸に抱きかかえていた。悔しいがな、一人の男として姫を任せられると心に感じた」


 認めてやろう、と、


「逆巻巡」


 フルネームで呼ばれたのを、初めて聞いた。


「本来ならば、俺が直々に鉄槌を下してやりたいところだ。が、今回に限り、その役は譲ってやる。雑魚に時間をかけていては、新たな策を講じられるかもしれん。だから、ここは俺に任せて――」


「えっ、ちょっ、ほぉうっ!」


 言うが早いか、ラミュアは僕の頭を掴み、


「――行けぇええええええっ!」


 力強い叫びと共に、僕は流星のごとく空を駆け巡った。



「予想を遥かに超えた、すごい到着だな」


 窓ガラスを粉砕するなり、雷坂は言った。


「ラミュアとやらで部下を防ぎ、俺と一対一に持ち込もうという算段か。それなら、勝てるとでも思っ――」


「水野さんは渡さないっ!」


 話の途中、お構いなしに僕は雷坂へと突っ込む。


「――っと。せっかちなやつだな」


 軽快な動き。

 わずかに、指が触れただけ――避けられる。すれ違う瞬間に足を引っ掛けられ、勢いのままに床を二転三転とした。

 その隙を逃さず、雷坂は僕に詰め寄り、


「ははっ! 神がいるからと調子に乗っていたか? 奇襲をかければどうにかなると踏んでいたか? なんの神かは知らないが、これでゲーム――」

「探している品は、これかな?」

「――っ! お前が、なんでそれぅお、が、ああっ!!」

「ゲームオーバーは、君の方だ!」


 ぐしゃりと札を握り潰し、全力を込めて雷坂の顔面を殴り付ける。

 会心の手応え! 今度は真逆、僕の突き出した拳の勢いに乗り――二転三転、床をバウンドして壁にめり込んだ。『神人』での一撃、さすがに意識は断ち切っただろう。

 あとは、水野さんを助けて――、


「動、くな。……動いたら、夕凪君がどうなっても知らないぞ」


 ――っつ、そんなっ!

 ふらりと、顔を抑えながら雷坂が立ち上がる。足は子鹿のように震えて、今にも崩れ落ちそうな様子だった。しかし、今の言葉を聞いて――下手に動くことはできない。

 その姿を見やり、天子が言う。


「……自らに、強制的に能力を加えるか。見上げた根性じゃのう」


「ご名答。俺の能力は雷を自在に操り、色々な箇所に刺激を与えることができる。今は痛覚を麻痺させて意識を保っている、といったところだ」


 雷坂の周囲から、静電気のような音が鳴り響く。


「つまり、理解できるだろう? 俺の気持ち次第で、夕凪君をどうすることができるのかもな。永遠に意識を断ち切るか? それとも、記憶を消去してやろうか?」


 パチっと、雷坂が指を鳴らし――、


「ん、んぅ。……ふぁぇ? あれ、ここは?」


 ――水野さんが目を覚ました。


「逆巻、抵抗するなよ」


「……っ! 天子、頼む」


 むぅ、と一言、僕の『神人』が解除される。

 悔しいけど、今はこいつの言う通りにするしかない。水野さんの動向が掌握されているのだから。


「雷坂君、逆巻君? ど、どういう状況なのかな?」


 椅子に縛り付けられた体、当然のごとく水野さんが尋ねる。


「夕凪君も理解していることだろう? あくまで、婚約者は一人だ。だから、俺は目の前にいるこいつを、逆巻を始末する」


「……始末? 雷坂、君?」


 異様な空気を察知したのか、水野さんの表情が強張る。


「これから起こる惨劇を、しっかりと見ておくがいい」


 僕に指先を構え、雷坂が不敵に笑う。

 瞬間、全身に電気が走った。体を動かそうにも、指先すら微動だにしない。自分の意識とは別に、違う誰かの意識が入ってきたような――奇妙な感覚。手足に糸が繋がれたとでも言うべきだろうか。


 ……こめかみに、拳銃が圧し当てられる。


 この光景、身に覚えがあるな。まさか、同じような策を実行したあげく、こんなところまで――似なくていい部分まで、似てしまったようだ。


「雷坂君、やめてっ!」


 水野さんが叫ぶ。

 脱出を試みようとしているのか、ガタガタと椅子を揺らし――そこも、雷坂からすれば予想済みのことなんだろう。支配を完全に解いていないのか、水野さんですら抜け出せる様子はなかった。


「夕凪君が拒否しようが関係ないんだよ。こいつを始末してキスをすれば終わりだ。それと、うるさいから口を閉じてくれないか?」 

「……私は、こんなことをされても」

「言っただろう? 口を閉じてくれないか、ってな!」


 それは、信じられない光景だった。


「全く、大人しくしといてくれ。見ているだけでいいんだ、俺の言うことを聞いているだけでいいんだ。わかるか? 逆巻を始末して、俺は名実ともに夕凪君を手にする! 俺は水野組を手にするんだよっ!!」 


 椅子ごと床に倒れ込む水野さん、雷坂は一瞥し、


「黙って、俺に従ってくれ」


 こいつ、今、なにをした?

 痛々しい傷跡、水野さんの頬が赤くなっている――目を疑った。見間違うことなく、雷坂が水野さんに手を上げたからだ。


 ……許さない、許さない! 許さないっ!!


 未だかつてない怒りが全身を支配していく。僕の大切な人、僕の大好きな人、僕のかけがえのない人にっ! 

 こいつだけは、こいつだけは、


「……どうやって、俺の支配を解いた?」


 水野さんの眼前に立つ。


「雷坂、君だけは本気で許さない」


「質問しているだろう? どうやって、支配を解いた――となっ!」


 発砲音。

 真っ直ぐに、銃弾は僕の頭を捉え――衝撃により、僕は後方へと吹き飛ぶ。水野さんの叫び声、雷坂の笑い声が響いた。


「逆、巻君? 逆巻君!? やだ、やだよっ!」


「馬鹿なやつだ。これで、終わ――」


 効かない。


「――なにが、起こってる? 直撃、しただろ? どうして倒れないんだ?!」


「君との決定的な違いを教えてやるよ」


 一歩、一歩、僕は歩み寄る。雷坂は一歩、一歩、後退し、


「確かに、僕は色々な面で誰よりも劣っている。ラミュアさん、雷坂、二人と比べたところで勝てるところは見つからない。だけど、だけどっ!」


 唯一、自信を持って言えることがある。


「僕は一人の女の子だけを見ている。この胸に宿る温かい気持ちだけは、誰にも負けるはずがないっ!」


 そう、誰も勝てるはずがないんだ。


「僕の脳内には夕凪さんしか入っていない」


 二、三発目、足に当たる。


「僕の足は夕凪さんの側にいるためにある」


 四発目、腕に当たる。


「僕の腕は夕凪さんを抱きしめるためにある」


 五発目、心臓に当たる。


「僕の胸は、胸には――」


「くそ! くそ! くそがぁっず、ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ありったけの怒りを込めて、雷坂の体に拳を突き刺した。


「――夕凪さんへの想いしか入っていないんだよぁおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 この熱い想いを宿した身体に、銃弾なんて通るはずがない!

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