第36話 一度目

 鉄の扉に手を掛け、力を入れる。


 ぎぃい、と古めかしい音が鳴り響き――敵陣があらわになる。中庭らしき場所に屈強な男たちが大勢、皆一様に好戦的な視線を向けてきた。

 なんとなく、見覚えのある光景だ、なんて――トラウマを呼び起こしている場合ではない。全体像を視野に、状況を把握していく。


 既に、敵は戦闘態勢に入っている。


 木刀を持つもの、拳銃を手にするもの、雷坂にそう命じられたからか――一片の迷いもなく、僕に照準を定めている。


 殺意がひしめく中、正々堂々と真正面から足を踏み入れた。


 地面を蹴り飛ばし、駆け出す――『神人』。身体能力は飛躍的に向上、全身の感覚は研ぎ澄まされ、目に見える全ての動作、迫り来る弾丸すらスローモーションだ。


 と、前回同様の感想に浸りつつ、本陣を目指す。


 天子曰く、『神人』はハイリスク、ハイリターンだ。ここ一番に、温存するのが得策だろう。言うまでもなく、雷坂との決戦に備えて――ただ、今回に限っては関係ない。


 ……思った以上に敵の連携が鋭く、行く手を阻まれる。


 加えて、雷坂がなにかをしているのか――まるで、盤面上のコマのように黙々と動いている。僕の動きを二手、三手、完全に読まれていた。 


 明らかにおかしい。


 抑揚のない表情、背筋が凍り付く――ぞ、ゾンビ? その不気味な光景を見やり、天子は顔を歪め、


「こんな使い方をするとは、ふざけたやつじゃのう」

「やっぱり、能力でなにかをしてるのかな?」

「む、強力じゃ。かなり脳に負担がかかっておる」

「脳に負担?」

「お主も『神人』の後は全身に痛みが走るじゃろう。これは脳に刺激を与えて意のままに操っておる状態。無論、力を加えた箇所にダメージは残る」


 卑劣な行為だった。

 全身に力を込めて――一直線、中庭を突っ走り、館内へと侵入した。敵が追いかけて来るが、今の僕に追い付くのは簡単ではない。

 水野さん、雷坂、二人の居場所は――、


「三階、中庭側の部屋じゃ!」


 ――鼻を鳴らし、怒気を含んだ声で天子は言う。


「あの真っ赤っか男子、断じて許せぬぞ」


 その言葉に強く頷き返し、僕は目的地の扉を開いた。



「予想より、早い到着だな」


 部屋に入るなり、雷坂は言った。


「だけど、少し無理やりすぎないか? 下からは部下たちがこちらに向かっている。自ら窮地に、逃げ場所がなくなっただけだ」

「……水野さんはどこだ?」

「せっかちなやつだな。夕凪君ならそこにいる」


 雷坂が指差す先、水野さんが椅子に縛り付けられていた。


「水野さん! 水野さんっ?」


 名前を呼んでも、反応がない。

 まさか、雷坂になにかをされた? 能力によるものだとしたら、と緊張が走る。そんな僕の不安な表情を読み取ったのか、


「ははは、安心しろ。意識を少し朦朧とさせているだけだ。ちゃんと、ことが済んだら起こすさ」


 と、雷坂は爽やかな笑顔で僕を見やり、


「逆巻。お前を始末した後でな」

「……本当、外面だけはいいね」

「掟とは、神が『神力』を与えた際に定めるものだ。掟と『神力』は一心同体、破ることは神に反すると同義――つまり『神力』を失う。雷坂組、水野組も同様に『神力』があってこそ、ここまでの繁栄がある。これは俺も守るしかない、無下にはできないんだよ。こんな素晴らしいもの、手放すわけにはいかないからな」


 なぁ、と雷坂は僕の頭上に視線を移す。


「『神力』に毒されておる。与えた神も、今は悲しんでおるじゃろうな」


「喜んでいる、の間違いだろう? ほら、こんな風に――」


 複数の足音が、背後から鳴り響く。


「――有効活用しているんだからな」


 囲まれる。

 前には雷坂、後ろには中庭から追い付いてきた敵たち――両腕を拘束される。能力で脳のリミッターでも外しているのか、人間とは思えない力だ。『神人』の状態ですら、脱け出すことは困難だった。最早、考えうる限り最悪の状況だろう。

 そんな中、一歩、また一歩と雷坂が僕に近付いて来る。


「神がいるからと調子に乗っていたか? いくらなんでも行動がお粗末すぎる。ラミュアとやらもいないし、無謀な単独行動としか言えない」


 スッと、懐から札を取り出し、


「なんの神かは知らないが、これでゲームオーバーだ」

「……その札、何枚あるのかな?」

「最後の一枚、神を封印するともなれば貴重な札なんだよ。念のために使用するが、必要なかったかもしれないな」


 天子の気配が消え、全身が脱力する。


「お前にとっては、とんだ疫病神だったな」

「撤回してくれないかな? 天子がいたからこそ、僕は水野さんに近付けたんだ。僕にとっては最高の神様だよ」

「くく、はっ! この状況下でか? おめでたいやつだ」


 勝利を確信した顔付きで、雷坂は続ける。


「雷坂組のボスは、常にパーフェクトであれっ! それが、雷坂組の掟だ。誰にも負けるわけにはいかない。更なる繁栄のために、負けるわけにはいかないんだっ!」


 狂気の一言に尽きた。

 演説するかのよう、全身を揺さぶり――叫び、吠え、笑う。完全に人としての、なにかが壊れていた。


「お前を始末して、その凄惨な光景を目の当たりにして、夕凪君が俺に逆らう気など起きまい! とめられるものなら、とめてみるんだなっ!」


 それを聞き、手に力が入る。


「……絶対に、水野さんは渡さない。いや、渡せないっ!」

「今さら勇んだところで、お前はもう終わりだ」

「今回は、ね」

「今回? はっ、次回があるわけないだろ? 戯れ言はいい。すぐに始末してやる」

「次こそ、二度目は負けないっ!」




     ――『巻き戻れ』――




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