第35話 ラミュアの過去

 あくまで『神力』を身に宿すものにしか――天子は見えない。水野組のボス、朝木さんには傷を癒す能力があるんだっけ。振り返れば、前にも見えていたということだ。そんな素振り、微塵も感じなかったけど。


「ボス。誰と話しているのですか?」


 そのやり取りを見て、ラミュアが問う。それに応えるよう、


「失礼。これから戦場を共にする仲間に、姿は見せぬとな」


「……な、まさかっ! 妹ではなかったのか!?」


 一瞬の間を置いて、驚愕の声が上がる。

 僕からすれば、変化がないけど――ラミュアの表情を見る限り、視認できるようにしたんだろう。


「お主の前に現れるのは二度目かのう」

「ふっ。姫のカップケーキを食べきったという点で、ただものではないと感じていたぞ」

「こちらも、お主の強さは幾度となく間近で拝見した。感服の一言じゃ」


 二人が手を取り合って頷き合う。

 通じ合える部分があったのか――まるで、数多の戦場を共に駆け巡った、戦友のような雰囲気だ。この勝負の主役、誰だか知ってる? 完全に僕は置き去り状態である。


 しかし、頼もしさは半端なかった。


 ある意味、神様が二人も付いてくれるということだ。三人とはいえど、ここまで強力な面子は他にないだろう。

 仕切り直すよう、朝木さんはコホッと咳払いを一つ、


「気合いを入れろ! 雷坂組なんかに舐められるなっ! 完膚泣きまで懲らしめてこいっっ!」


 畳が軋む音、威勢よく立ち上がり、


「うちは勝利のみを信じ、勝利以外は疑わない」


 まさに、斬る! という勢いで煙管を前に向けた。


「水野組、出陣っ!」


 一世一代の戦が始まる。



 場所は移って、雷坂組に。

 水野組の和風な建物とは正反対、なんとも洋風な館が眼前にそびえ立っていた。頑丈そうな鉄の扉、ホラー映画に出てきそうな暗澹たる雰囲気、見るからに禍々しいオーラを放っている。


 この中のどこかに、水野さんがいるんだ。


 完全に敵陣、ここから先は――なにが起こるかわからない。雷坂は掟の座から僕を降ろすのが目的でもある。


 無論、命の保障はないだろう。


 なんの変哲もない平和な日常、一人で過ごす毎日――いつの間にか、かけ離れた場所に僕は立っていた。


 自然と体が震える。


 これは、恐怖だろう。どれだけ、自分に気合いを入れろだの、根性を見せろだの、言い聞かせたところで――怖いものは怖い。。


 ……深呼吸を一つ、頬に平手打ち、足りずに顔面パンチ。


 半ば強制的に、恐怖心を抑え込む。水野さん、水野さん、水野さん、人という字を手の平に書くかのごとく、水野さんと綴り続ける。

 そんな挙動不審な僕を見てか、


「ふっ。どうした? 怖気付いてきたか?」


 突入前の準備運動をしながら、ラミュアが言う。


「……そりゃ、少しは。ラミュアさんは怖くないんですか?」

「怖い? 笑わせるな。俺にそんな感情はない、一度は死んでる身だからな」

「一度、死んでる?」

「ボスが偶然はないと言ってただろう? まさしく、俺もそういった過程を得て水野組に仕えているんだ」


 ラミュアは屈伸を一回、二回、と往復させ、


「見てわかる通り、俺は日本の生まれではない」

「えぇっ! やっぱり、人間じゃなかったんですね」

「なにを連想した? そういう意味ではない」


 冥界から召喚でもされたのかな、と。


「俺の生まれはアメリカ、貧困な地域の捨て子でな。毎日を過ごしていくのが精一杯、生きるためにはなんでもやった。度々、どうしてここまで生きるのに必死なのか、わからなくなることがあってな。いっそ、死んでしまった方が楽なんじゃないか、と考えた時期もあった」


 そんな矢先、先代に出会った。


「たまたま、現在のボスと旅行に来てただけらしくてな。俺は金を持ってそうというだけで近付いたんだが、見事なまでに返り討ちにあった」


 君の瞳には力がない。


「先代はそう言った、生きているけど死んでいると。じゃあ、どうすればいい? 俺は投げやりに聞いたさ。……はは。なんて返ってきたと思う?」


 皮肉気ながらも、柔らかい笑顔で、


「知らないな。ただ、見てそう思っただけだ、ってな」

「……て、適当ですね」

「本当、適当だ。思い出しても笑えてくる。偉そうなことを言った割に、答えがないことに腹が立った俺は、先代の後を追いかけ続けた。なんとしても、こいつにリベンジしてやろうとな。そしたら、いつの間にか水野組にいた」


 そこで、気付いたんだ。


「生きるため以外に、動こうと思ったのは初めてだった。後々、先代に出会った時のことを聞いたら、今は瞳に生気がみなぎっているね、なんて言われてな。先代が亡くなった後も姫とボスを守るという意志のもと、ここにいる」


 つまりは、と、


「自分のためではなく、誰かのために生きることが大切なんだ」


 それが、俺の結論であり――先代が伝えたかった答えだろう。

 感情で教えてくれたんだ。恩返し、とも言えるかもしれない。だからこそ、俺は先代の大事にしていたものを命懸けで守り抜いてみせる。


 そう締め括った言葉は、深く心に染み渡った。


 ラミュアなりの激励なのだろうか。いきなり、過去を語り始めるあたり――不器用な面が伝わってきて、自然と笑みがこぼれる。


「……なにが可笑しい?」

「いえ、ありがとうございます」

「礼を言われる筋合いはない。ふと、話したくなっただけだ」


 気付けば、震えは収まっていた。

 そうだ。恐怖を上回る感情があるからこそ、僕はこの場所に立っているんだ。誰かのために――僕にとっては、水野さんのために。

 改めて、敵陣を視界に入れる。


「さて、どう攻め込んでいく?」


「……一つ、僕に策があります」


 ラミュアの問い掛けに、天子と頷き合う。


 まるで、この日に備えたデモンストレーション、似たようなシチュエーション。つい最近の記憶が蘇り――天子が僕の頭に乗る。ここは、全力で行かせてもらおうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る