第34話 奪還戦

 場所は水野組。


 宴会場のように広い場所、畳の上に座布団が三枚――三角形状に並べられていた。頂点に座するのは朝木さん、その底辺にラミュアと僕がいた。

 緊急招集! と、朝木さんは声を上げながら、


「夕凪が誘拐された」


 そう言った。


「なので、題して『水野組VS雷坂組、夕凪・ラブ・奪還戦!』を提案しますっ!」


 煙管を前に向けて、勢いよく朝木さんは言った。


「……」


「……」


 静寂が場を包み込む。 


「二人共、黙り込んじゃってどうしたの?」


「ボス。エイプリルフールは終わったばかりですよ」


 まず、ラミュアが口を開いた。


「婚約の件、雷坂組と揉めてたでしょ? 相手も強攻策に出てきたというか」

「ま、待ってください。なにごともなく、話を進めようとしないでください! まず、誘拐がありえないです。姫が家に帰宅するまで、俺が見張ってましたよっ!」

「帰宅してから、その後は?」

「あまりの腹痛でトイレに駆け込みました。まさか、そんな! このラミュア、一生の不覚っ! この場で自ら脳天を打ち抜いて謝罪――」

「話を進めるね」

「――許してくださるのですか!? くぅうっ、お優しい! 先日、気合いで食したカップケーキがここで大誤算を生むなんて!」

「まっ、遅かれ早かれ、片付けるべき問題だったから」


 朝木さんは煙管を口に、ゆっくりと煙を吐き、


「昔にした約束は約束、先祖代々ある掟は掟。確かに、掟の方が遥かに重要さ。だからといって、相手が納得する理由にはならない」


 強攻策に出られても仕方ない、と。


「雷坂組から連絡があってね」


 夕凪君はお預かりしました。

 本人に危害を加えるつもりはないのでご安心ください。ただ、ここらで婚約の件について明確にしておきましょう。


「雷坂組は、決着を付けたいんだろうね」


 まずは、邪魔者を排除する。

 正式にどちらが夕凪君に相応しいか、本人に決めてもらう。ただ、結果は目に見えてますけどね? 逆巻が俺に適うわけがない。あいつの実力は大体わかっていますから。


 ……雷坂は、笑いながらそう言ったという。


 どんな表情をしていたか、なんとなく想像できて自然と手に力が入った。反論できるはずもない、雷坂の言う通り――先日、完膚泣きまでにやられたからだ。


「少年。ここまで言われて、どう動く?」


 答えは一つだった。

 好きな女の子のため、大好きな女の子のため――言うまでもない。握り拳を形作り、力強く頷き返す。

 朝木さんは柔らかに微笑みながら、


「あははっ、死ぬ気で行きなよ。今回の決着を付けるにあたって、少年が負ければ水野組は雷坂組の傘下に入ることになっているからね」


 唐突な爆弾発言をした。

 さ、んか? 傘下!? それって、雷坂組の下に付くってことだよね。そんな重大なことを、この勝負に? とんでもない発言に、動揺を隠せない。ラミュアなんて、あんぐりと口を開いたまま灰色になっていた。


「今回の決着には、それくらいの覚悟があるってことさ。少年だけの問題じゃなく、これは水野組の問題でもある。少年に全てを託したんだよ、背中を押してあげるという意味でもね」


 朝木さんは煙管を前に向けて、


「そうっ! 題して『水野組VS雷坂組、夕凪・ラブ・奪還戦!』」


 再び口にした。

 しかも、タイトルを気に入っているのか――発音がすごくノリノリで、テンションはマックス級だった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! ボス、本気ですか? ……こんな、こんな生ゴミ野郎に水野組の命運を!? がぁあああああっ!」


 我に戻ったラミュアが、頭を抱えて叫ぶ。


「さて、淡々と話を進めていったけど――少年の気持ちを聞いていなかったね。なにか言うことはある?」


「……絶対に、必ずっ! 水野さんを奪い返して来ますっ!!」


 気合い十分に口を開く。


「ん。少年、男らしい面構えになってきたね」


 朝木さんが満足気に頷く。

 流れるような展開、道すじを照らされるかのように――思えば、ここに来てから初めて喋った気がする。


「まっ、ラミュアも同行させるから、少しは頼りにしていいよ」

「ラミュアさんを?」

「見届け人という名目で、雷坂組がご指名でね。水野組の最大戦力もついでに潰そうという考えじゃないかな。……それと、もう一人。全部で三人になるね」


 もう一人? やっぱり、朝木さんだろうか。


「敵の本拠地に攻め込むなんて、内容だけでいえば圧倒的に不利だね。どんな罠を張られているか、どんな策を講じられているか――だけど、意味がない。どんなことをしても断ち切ることはできない」


 運命めいた一言、朝木さんは僕を見つめながら言う。


「少年、また見せてごらんよ。偶然じゃないところを」


 その瞳は、僕以外の誰かにも語りかけるように。


「偶然なんかないってことを、さ」


 僕は頭上を見上げる。

 珍しく、静かに話を聞いていた――小さな女の子。両腕を組みながら、不敵に八重歯をを覗かせていた。


「無論、最後の一人とは天子のことじゃろう?」


「大正解。うちは戦闘向きじゃないし、お留守番かな」


 な、なんか、普通に会話が始まった。

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