第33話 その後

 それから、しばらくして助けが来た。


 案の定、校外学習は中止になり、上では大騒ぎになっていたらしい。僕たちの安否を確認するや、担任のホッとした表情の後ろ、


「本当に無事でよかったよ」


 爽やかな笑顔で雷坂が言う。


「皆、すごい噂をしていたんだ。逆巻、お前が夕凪君を突き落としたんじゃないか、なんてね。だから、俺が誤解を解いておいたよ」


 こいつ、なにごともなかったかのように――、


「ありがとう、雷坂君。……逆巻君!?」


 ――気が付けば、僕は雷坂の胸ぐらを掴んでいた。


「おいおい。逆巻、なにをするんだ? 心配しているクラスメイトに対して、その態度はないだろう」

「……ふざけるなっ!」

「はは。どんな能力を使って助けるかな、と拝見したかっただけさ」


 と、雷坂は鼻で笑いながら、


「制限でもあるのか? どちらにせよ、大したものじゃなさそうだ。まさか、仲良く一緒に落ちていくなんてな。……それと、周囲を見渡したほうがいい。そういった行動は、新たな誤解を生むぞ」


「……っ」


 掴んでいた手を放す。

 事態に気付いた担任やクラスメイトが、どうしたんだと駆け寄ってくる。雷坂は涼しげに片手を振りながら、


「ああ、気にしないでください。こういったアクシデントがあって、逆巻も動揺しているんですよ」


「……逆巻君」


 心配そうに、水野さんが僕の名前を呟く。


「ごめん。なんでもないよ」


 今はただ、そうとしか答えられなかった。



 ただいま。

 と、誰もいない家に挨拶をして、自室へと足を運ぶ。どうやら、両親はまだ帰宅していないようだ。

 リュックサックを部屋の隅に投げ置き、ベッドに倒れ込む。くそっ! なんて悪態を付きつつ、無意識に歯噛みをしていた。


 ……天子はどこに行ったんだろう。


 ゴロゴロと、ベッドを右往左往する。っと、ジャージを洗わなきゃ。ついでに、リュックサックも片付けて――んっ? リュックサックに紙が付いている。なんだろう? 神社とかでよくありそうなお札に、複雑な文字が書かれていた。

 誰かの悪戯だろう、と深く考えずに取り外し、


「むぅっ、もがっ!」


 瞬間、リュックサックが揺れた。

 えっ!? 超怖いんですけど。まさか、適当に言った幽霊が実在していて、持ち帰ってしまったとか? うぉお、身震いしたっ! 再度、お札を貼り直そうとし、


「やっと! 出れたぞぉおおおおおおおおおおっ!!」


「なんか! 飛び出たぁああああああああああっ!!」


 ん、あれ?


「天子っ!?」

「ぶはぁ、はぁ。危うく、死ぬかと思った」

「えっ! 神様って死ぬの!?」

「むぅ。死ぬ、激しく死ぬ」


 ぐぅううぉおおおおおあああっ! ぎゅるりんっ、ぽおうっ!


「く、空腹でじゃ。やばい、早く、なにか、供えてたもぉおっ!」


 すごい腹の音だった。

 慌てて、僕は部屋にあったお菓子の袋を渡そうとする。しかし、天子はプルプルと憔悴しきった表情で、


「……た、食べ、して」


「て、天子ぃぃいいい! こんなに弱りきってっ!」


 お菓子を口に入れる。

 天子は弱々しく頬張り――ぱり、ぱりぽり、ばりばりばりっ! 序盤だけだった。僕の指ごと食べそうだったので、すぐに引っ込める。

 天子はお菓子の袋を奪い取って逆さに、大口を開けて流し込み、


「ぷふぅ、生き返った!」

「……いやまあ、ぶっちゃけた話、朝食からそこまで時間は経ってないけどね。それは置いといて、どこに行ってたの?」

「簡潔に言うと、封印をされた」

「封印?」

「む。お主が手に持っておる、その札じゃ」

「これが、封印? 一体、誰が――」


 言い掛けて、すぐにある人物が思い浮かんだ。


「――っ! 雷坂!」


「『神力』を身に宿すものは、神の存在が目に見える。あやつ、天子がいることに気付いておった」


 天子は真っ青な顔で身震いし、


「……やってくれるのう。あの封印がどれほどキツイか」

「キツイって、どんなものなの?」

「わかりやすく例えるならば、クモの巣とでも言うべきか」

「クモの巣?」

「……最悪じゃぞ。ねっとりべっとり、全身に絡み付いて――ふぉおっ! お、思い出しただけでも、鳥肌がマックス! しばらく、納豆とか食べれぬっ!!」

「納豆はともかく、神様を封印なんてできるの?」

「神と言えども、万能ではない」


 前にも聞いた台詞だった。


「天子たちは、人々の信じる力によって存在する。つまり、それは人々が信じるものにも干渉される。お札で封印などは誰しもが考えること。故、影響力も高い」

「……天子たち? たち?」

「神は一人ではない。天子のよう人間に付く神もいれば、能力だけを受け渡して引き継がせる神もいる。真っ白女子の母君とあやつは、後者に当たると言えるのう」


 と、天子は一拍置いて――、


「天子がいると見ての素早い行動、相当に頭が切れる。封印をされる直前、ちらりと心里眼で見ただけではあるが、かなりの真っ赤っか男子じゃ。炎のように燃えたぎり、あの年で恐るべき野心家かな」


 ――心してかかれ、いつになく真剣な表情でそう言った。

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