第8話 ラミュア・ウォータルス

「よ、呼ばれた意味、ですか? えっと、この冊子を届け――」


「本当にそう思うか?」


 スッと。

 僕のこめかみに、黒光りする物体が突き付けられ――瞬時に背筋が凍り付いた。け、けんじゅ、けけ、拳銃ぅうう!? ここ日本だよ、日本だからね。


「数時間後には、もう夜だ。丁度いい、貴様が眠るためのユリカゴを――地面に掘ってやろう。安心しろ、揺れるのは地震の時だけだ」


 天災が動力源とかエコすぎるよ。


「礼儀として、最後に名乗っといてやろう。俺の名はラミュア・ウォータルス。この水野組、ボスの右腕且つ――」


 ラミュアの言葉の端々、イントネーションから凄まじい殺気が感じ取られ、


「――姫の、ボディーガードだ」

「ひ、姫?」

「姫といったら姫だ。一人しかいない」

「まま、まさか、水野さんですか?」


 恐る恐る、聞き返す。ラミュアはぴくぴくと青筋を震わせながら、


「当たり前だろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお! 他に誰がいるんだぁぁぁあああああああああああああっ!」


 僕のこめかみが一センチ沈み込む。


「小さいころから、小さいころから、俺が手塩にかけて! 幼稚園の時も! 小学生の時もっ! 中学生の時もっっ! それを、きき、きさ、きさ、貴様はああああぉおおおあああああああああああああああああっっ!」


 僕のこめかみが二センチ沈み込む。


 ラミュアさん! 落ち着いてくださいぃいいい!! と、部下らしき数人がラミュアの腕を抑える。話の流れから察するに――どうやら、僕は大切なものに、触れてはいけないものに触れてしまったらしい。

 ラミュアは部下の制止を振り切り、空を見上げながら深く息を吸い込み、


「ふぃいっす。……駄目だ」


 だ、ダメ?


「ボスの許可なしに、殺ってはいけないと言われていたが――」


 はぁああ!

 ラミュアの口から、白い蒸気のようなものが漏れる。次いで、びちびちとスーツが紙くずのように破れていく。

 ラミュアは怒りに満ちた表情で、


「――ぶっ殺」


 命日が僕を目掛けて加速して来る。

 溢れ出る殺気に気圧され、尻もちを付く。し、死神! 死神がいる! 暗黒オーラが背後に燃え盛っているっ!


 ……無論、標的は僕以外にない。


 このままでは確実に死ぬ、死んでしま――そうだ。

 一つの打開策、時間を戻してここに来ないという選択肢はどうだろう。いや、どちらにせよ、この男、この死神――ラミュアが相手では、来なかったとしても同じ未来しか想像できない。

 八方ふさがりだ。どうする? どうする? どうする?


「死んで詫びろ! この生ゴミくず野郎っ!!」


 耳をつんざく発砲音。

 ラミュアが躊躇いもなく、拳銃の引き金を連続で引いた。むしろ、もうラミュア自身が突っ込んで来る方が強いんじゃないかな、なんてことを走馬灯のように考えていた。


 ……さようなら、我が人生! 


 涙ながらに目を閉じる。死の間際のせいか、一瞬がすごく長く感じる。放たれた銃弾は避けきれるわけもなく――、


「甘い、甘いのう」


 ――頭上、天子の声が響く。


「天子の大切なパートナーを、簡単に殺らせると思うか」


 しん、と周りが静かになった。

 急な静寂に、少しずつ目を開ける――どうやら、僕は生きているようだ。き、奇跡的に外れた? いやいや、この至近距離で外れるわけがない。というか、なんで握り拳を前に突き出しているんだろう。


 ……んんっ? 手の中に違和感、握り拳を解く。


 カランカラン、と石畳になにかが落ち――銃弾だ。えっ? ど、どういうこと? 一体全体、なにが起こったんだ。

 いつの間にか、天子が僕の頭に乗っており、


「言ったであろう? 天子の大切な朝、昼、晩のごは、……んんっ! 否、パートナーを簡単には殺らせぬ、とな」


 か、かか、神様ぁ!


 と、感動したのも束の間――今、ご飯って言いかけたよね。その大切なって意味は、主にご飯を献上することが大半を占めているよね、絶対!


「……っ。馬鹿な!」


 ラミュアが驚愕の眼差しでこちらを見る。


「急所に放った全弾を防いだというのか? ……貴様、何者だ!?」


 急所に全弾って、完全にオーバーキルだよね。


「ほれ、好機じゃ。相手が警戒しておる間に中に入るぞ」

「なっ! この状況で!? いくらなんでも――」

「謝りたいのじゃろう?」

「――っ! それ、は」

「男らしく道筋を決めよ。このまま、後ろを向いて帰るか――前を向いて進むか。判断はお主に委ねよう。さあ、どっちじゃ?」


 昨日の一件を思い出す。

 スカートを捲ったこと、無理やりキスをしたこと――振り返れば、変態行為ばかりじゃないかと頭が痛くなる。僕は水野さんに謝ることができるかもしれない、とここまでやって来たんだ。正直、冊子なんかどうでもいい。


 一秒でも、早く謝りたい。


 それが今の僕にできる精一杯――また水野さんが学校に来た時に、なんて先延ばしにしている場合じゃない。明日も、明後日も休むかもしれない。時間が経過するに連れて、僕の気持ちはどんどん重くなる。


 そう、あくまで気持ちの問題だ。


 水野さんは僕に会いたくないかもしれないし、顔も見たくないかもしれない。相手を無視した自己中心的で自分勝手な考えだ。だけど、僕は、僕は――もやもやしたまま、帰れない。帰りたくない!

 進むべき道は一つ。


「天子、行こうっ!」


「ふふ。その言葉を待っておったぞ!」


 決意と共に、目標を定める。

 目指すは、屋内――水野さんの部屋だ。見るからに広い内部だと予想されるが、どこかにいることは間違いないだろう。


「まさか、貴様っ!」


 ラミュアは瞬時に理解したようだ。

 残念ながら、もう遅い――既に僕は駆け出している。追え、追うんだ! と、ラミュアの叫び声が聞こえる。


 しかし、追手が来る気配はない。


 それもそのはず、向こう側からすれば――容易く素手で、銃弾を受けとめたやつが相手なんだ。僕だったら、白旗を上げながら軽く戦意喪失する。


 ……チャンスだ。


 この絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。屋内まで一直線、石畳を全力で蹴る。あと少し、あと少しで中に――、


「行、か、す、かぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


「!?」


 ――真横、並行してラミュアがいた。

 ひぃうっ、嘘でしょ!? あの距離を一瞬で――しゅ、瞬間移動? うぉ、目が合ってしまった。


「逆巻ぃいいい! 貴様はここで殺す! ぶっ殺すっ!!」


 なんて破壊力のある形相だろう。

 中に入るためには、この怪物をどうにかするしかないようだ。部下の方々は戦意喪失して来ないのに、ラミュアだけは真逆――闘争心むき出し、完全に僕をやるつもりだ。人間離れした動きも、殺意が原動力に違いない。


「姫には近寄らせんぞううおお、おおおおおおおおお、おああああああああああああああああおおおおおおおおっ!」


「きゃぁああああああああああっ!」


 思わず声が出た。

 ラミュアの手が僕に迫り寄って来る。まさに、冥界からの使者――死神。容易く『死』のイメージを彷彿とさせる。つ、捕まれたら死ぬ、間違いなく死ぬっ! 僕までの距離――およそ三センチ、二センチ、一センチ! ほぉおおおおおおおおおおおおお! ちょ、待って! ゃだっ!!


「て、天子ひぃいいいい!」


「任せよっ!」


 即座に助けを求める。

 言うが早いか、僕の体が勝手に動き出し――どうやら、頭上は操縦席らしい。天子はくいくいっと、僕の髪の毛を握りながら左右に、


「おりゃあああっさい!」


 その掛け声は神様としてどうなの!?

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