第9話 死神

 ツッコミを入れる間もなく――くるりと一回転、回し蹴り。ラミュアが吹っ飛んでいった。それはもう物凄い勢いで吹っ飛んでいった。ガラガラと、着地点の外壁が崩れ落ちていく。


 ……死んだ?


 飛距離ありすぎじゃないか――人間が出していい滞空時間じゃなかったよ。舞空術と言われてもなんら疑う余地がない。

 さすがのラミュアも、これは――、


「ちっ、この野郎。……少し効いたぞ」


 ――耐久力高すぎない!?


「ほう。今の一撃で立ち上がるとは、侮っていた」


 天子が驚き混じりに言う。


「……同意だよ。チタンで形成されているのかな」


「時代が進むにつれて、人間も頑丈になったのう」


 大多数の人間は、そんなことないと思う。


「さーてと、第二回戦といこうか」


 ラミュアが軽やかに埃を払いながら言う。

 ダメージ皆無、といわんばかり――再び、こちらへと向かってくる。うぉお、その進行がまた速い! もう僕の眼前にまで迫る勢いだ!!

 て、てて、天子ひぃいいやぁああっ!


「これでは埒があかぬのう」


 天子はふぅと一息を付き、


「……ならばっ!」


 掛け声と共に、僕の体が空に――と、とと、飛んだ!

 眼下に優雅な景色が広がる。いい眺めだなぁ、水野さんの家の全体図が一望できる。こんなに大きかったんだ。

 いやいやっ! 感慨にふけっている場合じゃなくて、


「えっと、天子さん? 一体なにを――」

「家の中心に落下して入る」

「――らっ?」

「落下して入る」

「落下!?」

「ふふ、驚くなかれ。奥義、隕石アタックじゃ! これならば、あの男もどこからくるか見当も付かぬはず。よいアイディアじゃろう?」


 なるほど。

 それはそうだね、確かに見当も付かないだろうね。だけど、僕が聞きたいのはそこじゃないよ。かなりの高度だけど――これ落ちて大丈夫なの? 信じていいの? 

 僕の怯えた表情に気付いたのか、天子はニコリと微笑み、


「安心せよ。お主の身体は、天子と合体したことにより――現在、飛躍的に全ての能力が向上しておる。一言で言うならば、人間を超えた――んぅ、んんっ! 神と人間を組み合わせた『神人』みたいなもんじゃ」

「人間を超えた!? というか『神人』って――絶対に今思い付いたし、ネーミングしたって雰囲気だったよね」

「ネーミングの件は一旦さて置いてじゃな。話を戻すと、この『神人』は全ての能力を向上させる代償として――」

「代償として?」

「――なんでもない」

「中途半端はやめてよ」

「ちょっと、ズキッとするだけじゃ」

「ズキッ?」

「……ちょっとだけ」

「なんかイントネーションが暗いよ!? めちゃくちゃ不安が募るんですけど」

「む、地上が迫って来た。その話は後々するとしよう。行くぞっ!」

「……」


 強制的、話が切られる。

確か、代償とか言ってたよね? この力を使う代わりに、寿命でも減らされるんだろうか――いやな予感しかしない。とりあえず、今さらなにを言ったところで、他に道はないようだ。

 僕は覚悟を決めて、水野さんの家を見据える。


「ところで、居場所はわかるの?」


「ふふん。匂いを記憶してある」


 に、匂いぃ?

 もうなんでもありだなっ! 僕の体は勢いを増して、激しい音と共に地上へと――全身を触る、手首を動かす、足首を回す。痛いという割には、まるで痛くなかった。天子の勘違いかな?


 ……僕は周囲を見渡す。


 破壊したてホヤホヤの瓦礫が、あちらこちらに飛び散って――ごめんなさい。家の外観に見合った通り、内部も古風な木造で形作られていて趣を感じさせる。木の匂いが鼻腔をくすぐり、足を動かす度にぎしぎしと軋んで踏み心地がよい。

 と、感想を述べている場合ではない。水野さんはどこに――、


「む。例の真っ白女子は、ここを右手に曲がったところにおるぞ」


 ――すんすん、と子犬のように鼻を鳴らしながら天子が言う。

 真っ白女子? あ、水野さんのことか。右手、右手、と。天子に言われるがまま、右手を曲がる。一本道の廊下があり、その奥には大きな木目の扉があった。


 ……あの扉の向こうに、水野さんがいるんだ。


 高鳴る鼓動に身を任せつつ、僕は駆け出す。一歩、二歩、三歩! 目的地までの距離が少しずつ縮まっていき――、


「どこに行くのかな? 逆巻くぅん!」


 ――めりめりと、横の壁からラミュアが這い出てきた。

 あまりの衝撃的な光景に、心臓が口から飛び出そうになる。まるで、壁という物質が豆腐のようだ。

 まさに不意打ち、万力のごとく僕の腕を掴みながら、


「ははは。やっと捕まえたぞぉ」


 なんて満面の笑みだろうか。

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