第7話 これってヤのつく極道的な

 水野さんの家は、僕の帰り道の途中にある。


 商店街を通り抜け、大通りの交差点を右折した先に僕の家はあり――真逆、大通りの交差点を左折すると水野さんの家がある。家がある、というよりは訪れたことはないので家があるらしい、が正しいかな。


 ……左折、と。


 ここからは、担任に渡された地図が頼りとなる。えぇと、ずっと真っ直ぐ進んで、住宅街を通り抜けて、途中にある喫茶店を目印に、ずっと坂を上って行く、か。


 その喫茶店の前にて、足をとめる。


 店内が見渡せる透明のウィンドウ、鏡のように僕の姿が映り込み――なんとなく前髪を手ぐしで、身だしなみを整える。うん、万全っ! と、言いたいところだが、その真下には悪質な目付きが禍々しいオーラを放っていた。


 ……つい先ほど、担任の恐怖に満ちた顔を思い出す。


 僕だって、こんな風になりたかったわけじゃない。この目付きのせいで、どれほどの苦難を強いられているか――今さら文句を言ったところで現状は変わらず、水野さんの家を訪ねる前に笑顔の練習でもしておこうかな。


 はい、スマイルピースっ!


 ウィンドウに映った自分に微笑んでみる――瞬間、中から「ひひぃはぁっ! ご、ごめんなさい! コーヒーを飲んでいただけなんですぅ」と、誰かに謝られた。

 喫茶店を離れ、地図と景色を交互に、そんな道すがら、


「そういや、天子は時間を巻き戻した時に問題はないの?」


 僕の問い掛け、天子はふむぅと相槌を一つ、


「記憶、状態ともに変わらずじゃ。神は『神力』による能力の影響を受けぬからな」

「前にも言ってたけど、その『神力』ってなんなの?」

「神が分け与えた力、それを『神力』という。『神力』を身に宿すものは、特殊な能力を手にすることができる。昨日のパンてぃ青春事件、お主も散々に使っておるものじゃよ」

「……」


 歩き続けること十分弱、


「ほう。なんとも立派な」


 到着したと同時、天子が感嘆の声を上げる。

 それは僕も同じ気持ちだった――天子と違って、声すら出ないけどね。眼前に広がる壮大な門構え、曲がり角の見えない外壁、端的に僕の家の数十倍はありそう。


 ……そして、大きな木版に筆書きで水野組、と。


 そりゃ、声も出ないよ――言葉も失うよ。失うというより、衝撃のあまり日本語を忘れかけた。

 言うまでもなく、これは仁義なき世界、極道的な――、


「なにをボーっとしておる? 行くのじゃろう」


 ――ピンポーン。

 ちょっと待って! こ、心の準備がっ! 制止する間もなく、天子がボタンを押してしまった。ど、どうしよう? いや待て、冷静になれ――水野さんの容姿、性格から考えてありえないだろう。どこかの資産家かもしれない。

 ぼんぼんと、インターホンが反応し、


『はい。どちらさまでしょうか?』


 丁寧な返答。

 やっぱり、僕の勘違いだった。この門を開いたら――待っているのは上品なメイドさんとか、女中さんとか、そういった類の人たちが出てくるんだよ。


「あ、校外学習の冊子を届けに来ました。……えっと、逆巻です」


『逆巻、逆巻さんですね? 今、門を開けます』


 そう、門を開けば――、


「ようこそ。待っていたよ」


 ――うぉ、でかっ!

 初見の感想は、その一言に尽きた。ひと目で地毛だとわかる綺麗な金髪、黒いサングラスに白いスーツ姿、悪ぶれた風貌ながらも――流麗で上品な雰囲気。高い身長も相まってか、モデルのようにも見える。簡潔に言うと、外国人のお兄さんが出てきた。

 お兄さんは僕の腕をガシッと掴み、


「来い」


 その言葉に、拒否権はなかった。

 無理やり、腕を引っ張られ――門の中へと連れて行かれる。石畳を何個か通り過ぎたところで、腕を解放された。周りを見渡せば――ほらっ、僕の予想通り! 上品なメイドさんや、女中さんが――いるわけもなく、凶悪な面持ちの方々がたくさんいた。

皆、一斉に僕を睨みつけ、


「しゃあらっしゃい!」

「しょっああああああ、さぁあああああああっさあ!」

「きさんんんんんんんん! あの世に送っちゃろかああああああああああっ!」


 怒声が鳴り響く。

 まるで、極道の映画に出てきそうなワンシーン――体中の細胞が危険信号を発する。一目瞭然、そちらの筋の方々なんだろうなと即座に理解できた。


 ……ぞろぞろと、僕を中心に円が形成される。


 隙間なく囲まれて――四方八方、殺意の波動が僕の肌を焼き尽くしていく。歓迎されていない、ということだけはよくわかった。


 僕は晴れ渡る空を見上げる。


 今から、かごめかごめでも始まるのかな? 人間は精神的に追い詰められると、現実逃避したくなるって本当だね――ああ、僕もあの鳥になりたい。


「逆巻、と言ったな?」


 先ほど、僕の腕を引っ張っていたお兄さんが言う。


「部下の報告通り、いい悪人面をしている。是非とも水野組の一員として、スカウトしたいところだ」


 ょ、喜んでいいのかな。


「まあ、その話はさて置き――」


 と、お兄さんは一呼吸して、


「――ここに呼ばれた意味が理解できるか?」


 サングラスの奥、蒼い瞳が覗きこんだ。

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