第17話 制裁
もうっ!
と、水野さんに引きずられ――朝木さんが離される。ラミュアはやれやれと、ため息を付いていた。
「さて、本題に入ろうかな」
そう言うと、朝木さんの顔付きが変わった。
一拍置くよう煙管を口に、ふぅと煙を吐く。明らかに重くなった空気――僕は視線を逸らしたいという一心からか、天井に登る煙を目で追っていた。
「うちの名前は水野朝木。話を聞いてご存知かもしれないけど、水野組のボスだよ。この場を統治する存在とも言える」
朝木さんはコンコンと灰を落とし、
「少年。悪いけど――このまま、帰すわけにはいかない。無理やり侵入して来たものに対して制裁を与えない、っていうのは示しが付かないんだ」
目に見えない、威圧的なオーラが場を支配する。
ラミュア、水野さん、僕も含めて――皆一様、黙り込む。まるで、空気が震動しているかのような、隠すことなく向けられた敵意が僕を射抜く。
……見くびっていた。
先ほどの挨拶は、あくまで同級生に対する母としての振る舞い。現在は、侵入して来た外敵に対する水野組ボスとしての――、
「ラミュア、うちが許す。殺っていいよ」
――問答無用、緊張が走る。
「ま、待って! ママ、逆巻君は――」
「夕凪」
「――っ」
一言。
名前を呼んだ一言だけで、水野さんが体を強張らせる。目には見えない、抑圧的な力を放っていた。
ラミュアはなにも言わず、地面に落ちた拳銃を手に取る。
本日、何度目になるかわからない――殺意が突き付けられる。水野さんの助けを期待するのは――もう、状況的に不可能だろう。
「ピンチだね。どうする?」
朝木さんは、僕を真っ直ぐ見つめながら言う。
「少年、見せてごらんよ。偶然じゃないところを」
その瞳は、後ろにいる別の誰かに語りかけるように。
「偶然なんかないってことを、さ」
僕は踵を返し、布団の側に行く。
そこには、小さく丸まった女の子がいて――口元によだれを垂らしながら、くぅすぴぃと可愛らしい寝息を立てている。
……一転、その光景にフッと笑みがこぼれた。
偶然なんかない、偶然なんかありえない。朝木さんの言う偶然の範囲が、どこまでかは計り知れない。だけど、今日起きたことは紛れもなく偶然ではない。
奇跡と思える産物の裏には、特別な力が働いている。そう断言できるのは、僕がそれを目の当たりにして――事実、体感したからだ。
それは、一人の女の子によって――、
「天子、天子、起きてくれ」
――小さな神様によって。
僕は天子の肩を揺する。二度三度、何度目かに、天子はふわぁと欠伸を一つ――僕と目が合うや否や、
「……あむぅ。晩御飯の時間かのう?」
「晩御飯どころか、僕の人生すら危ういよ」
「む。一大事か?」
「力を貸して欲しい」
独り言?
はたから見れば、そんな感じだろうか。むしろ、変な人扱いされてもおかしくないレベルだ。
……天子の姿は、僕にしか見えない。
つまり、誰も存在しない空間に向かって「天子、天子」と、語りかけているということになる。捉え方によってはエンジェル、頭の病気を疑うレベルだよぉっ!
チラリと振り返れば――ラミュアの痛い人を見る哀愁ただよう瞳と、水野さんのポカンとした表情が僕に突き刺さる。そんな二人の視線が絡み合う中――何故か、朝木さんだけは笑みを浮かべていた。
天子はじっと僕を見つめ、
「ふむ、ふむむ。……どうやら、第三者の介入があったようじゃのう。これならば、なんとか持つか」
顎に手を置き、意味ありげに呟く。
第三者とはなんだろう? 聞き返したいところではある。が、それより先に片付けなくてはいけない問題がある。
「よし、天子の力――思う存分、好きに使うがよい!」
天子が頭に乗ると同時、僕は振り返る。
「あはっ。少年、準備はできたかな?」
朝木さんの問いかけに、力強く頷き返す。
「うちのラミュアはね、見てわかる通り――強い。水野組の中でも、最強を誇る存在と言っていい。そのラミュアを不意打ちとはいえ倒した、と聞いた時は耳を疑ったよ」
朝木さんは煙管を前方、僕とラミュアの中間に突き付け、
「さあ、もう一度――ラミュアを倒して、夕凪にキスしてごらん」
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