第23話 おやつの時間

「どうぞ、台所にある紅茶を拝借しました。お口に合えばいいのですが」


「ラミュア、ありがとう」


「いえいえ。こういった類のものは――絶対にっ! 俺がやりますから」


 ラミュアがティーカップを置いていく。

 芳しい香りが室内に広がり、自然と喉が鳴る。筋骨隆々な見かけに反して、繊細なことは得意なのだろう。

 それにしても、一つの違和感――ラミュアの言い回しが妙に気にかかる。水野さんに飲みものを入れてほしくなかったような――気のせいかな?


 ……まあ、せっかくだしいただこう。


 と、目の前に置かれたティーカップに視線を――ぐつぐつと、魔女が釜を茹でているかのような盛況ぶりだ。明らかに、僕のだけ沸点を超えている。今から突発的な我慢大会でも始まるの?


「んっ、美味しい! ね、逆巻君も飲んでみて。ラミュアはすごく家庭的でお料理とかも得意なんだよ」


 すごく武装的で破壊兵器なんだよ、の間違いじゃないかな。

 どうやら、対面に座る水野さんには――僕の状況が見えていないらしい。それ幸いとした様子でラミュアがニコリと、


「姫の言う通りだ。冷めないうちに飲め」

「えぇっ!?」

「どうした? 素っ頓狂な声を上げて――ふっ、本調子じゃないんだな? 仕方のないやつだ、俺が直々に飲ませてやろう」

「いや、勝手に解釈しないでください。自分で飲――あづぁあああ! 口を無理やりこじ開けなづぇえええっ!!」


 そんな拷問の最中、水野さんがパンっと手を叩き、


「あっ、丁度よかった! お菓子があるんだよ」


 瞬間、ピタリとラミュアの手がとまる。


「……お菓、子? 姫、それは市販のものでしょうか?」

「あはっ。実はね、今日の家庭科で調理実習があったの」

「つまり、手作りと?」


 そうだよ、と水野さんは鞄から袋を取り出し、


「じゃじゃーん。カップケーキだよ」


 おぉ。

 お見舞いにカップケーキ! 定番かどうかは置いといて、最高のシチュエーションじゃないかっ! しかも、水野さんの手作りだなんて――心が踊り出し、喜色満面の笑みが自然とこぼれる。反面、ラミュアが世界の終焉を描いたような表情をしていた。


「……数年前の話だ」


 ラミュアはボソリと、僕の耳に届くくらいの声で、


「一度、姫が手料理を振る舞ってくれたことがあってな。それは、水野組の一員が参加する大きなパーティーだった。姫が作ってくれた、というだけで一員も涙ながらに食したものさ。それほどに、姫は愛されている存在だからだ。だが、歓喜の涙は一瞬にして血の涙に変貌した。一口食べ、一員の三割が急な腹痛を訴えた。二口食べ、六割が泡を吹いてもがき出した。全てを食した一人が意識不明の重体だった」


「……さ、最後の一人って、まさか」


 スッと、ラミュアは静かに目を閉じ、


「覚悟を決めろ」


 さ、侍がいる。

 まるで、今から死地に赴く――負け戦、と理解しつつも敵前逃亡はしない。甲冑を着込んだラミュア、前方に万の軍勢が見える(正確にはただのカップケーキ)。

 その話を聞き、焦る僕とは正反対、ラミュアは真っ直ぐに――、


「はい。これ、ラミュアと逆巻君のぶんね。……ぉ、美味しいかどうかは、わからないんだけど。味の感想、聞かせてほしいな」


 ――視線を逸らさず。

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