第22話 男のSAGAです
熟考する際、険しい顔をしていたのか、
「……逆巻君、ごめんね」
不意の謝罪、水野さんはそう言い俯きがちに、
「昨日は、ラミュアが迷惑かけちゃって」
「いやいや、そんなこと。……なぃょほほぉい」
建前でも言いたくないのか、喉から声が出にくい。
それでも、僕の一言にホッとしたのだろう――水野さんの表情が和らぐ。血は繋がっていないとはいえ、家族みたいな存在なんだ。迷惑なんて言われたら、優しい水野さんは悲しむに決まっている。
「……ラミュアさんが言っていたよね、水野さんは妹みたいな存在って。水野さんにとっても、お兄さんみたいな人なのかな?」
何気なく聞くと、水野さんは顔を上げ、
「ぅ、うん! ラミュアはね、ずっと私の側にいてくれたんだ。病気になったりした時には、一晩中看病してくれたりしてね。あ、学校の行事がある時には、ママと一緒に応援に来てくれたりもするんだよ」
そう話す表情は、とても嬉しそうで、
「……私、小さいころは体がすごく弱くてね。それを克服しようって、ラミュアが色々と鍛えてくれたの。毎日、手取り足取り稽古をつけてくれたり、一緒に乱取りしたり。そのおかげで、少しだけ強くなれたんだ」
僕は天井を見上げる――少し、少し、なのか?
「水野さん、本当にラミュアが好きなんだね」
「あはっ。逆巻君の言う通り、頼れるお兄ちゃんかな」
うぅ、うぇぐひぅうううん。
窓の向こう側から「姫ぇ、姫ぇええええっ!」と、感極まった嗚咽が――無言で音楽プレーヤーの電源をオンにする。
僕はなるべく平静を装いながら、
「飲みものでも入れてくるよ」
「あ、私が入れるよ! 逆巻君は具合が悪いんだから座ってて」
「いやいや。お客様だから、僕が――」
と、立ち上がろうとバランスを崩し、
「逆巻君、危ない!」
倒れる。
「――っつぅ」
まだまだ、本調子には遠いようだ。
それにしても、盛大に転んだ割には――痛くない。左手は床に、右手は柔らかくも弾力のあるクッションに。
……んんっ?
僕の部屋に、こんな柔らかいクッションは存在しない。あるのは、薄っぺらい座布団だけだ。じゃあ、これは? もにゅもみゅと、グーとパーを交互に――数秒後、倒れた衝撃により霞んだ視界が正常に戻る。
僕の真下、水野さんが潤んだ瞳で、
「さ、逆巻君」
言葉が出ない。
簡潔に言うと、僕は倒れて水野さんを押し倒して胸を揉んだと――僕の右手が水野さんの胸を揉みしだいたというわけだ。
突如、記憶が蘇る。
昨日、浴室にて水野さんの裸を見たこと。雪景のように白く透き通った肌、その頂点にある桃色の丘を――触れた。エデンに咲きほこる果実に触れた。同時、ビキバキと窓の向こう側から殺意のこもったラップ音が鳴り響く。が、聞こえなかったことにする。
視線が交わり合う中、先に口火を切ったのは、
「……ゃ、やだ。まだ、早いよ」
早い? 早いとは?
その時間軸は、はたしてなにを指すのか。記憶の続きからすれば、この先に待ち受ける僕の運命も容易く想像できる。
光速、迫り来る攻撃を認識する間もなく、
「っそぉおおっほ!」
意識が消し飛ぶ寸前、僕は念じる。
――『巻き戻れ』――
「飲みものでも入れてくるよ」
「あ、私が入れるよ! 逆巻君は具合が悪いんだから座ってて」
「いやいや。お客様だから、僕が――」
と、立ち上がろうと自らバランスを崩し、
「逆巻君、危ない!」
倒れる。
「――っつぅ」
ふっ、本調子には遠いようだ。
それにしても、盛大に転んだ割には――痛くない。左手は柔らかくも弾力のあるクッションに、右手は柔らかくも弾力のあるクッションに。
……パーフェクトっ!
もにゅもみゅと、グーとパーを交互に――いや待て、僕はなにをやっているんだ? 穏便な流れにするつもりが、同じ道筋を辿ってしまった。思春期の馬鹿バカぁ! この先の展開に、首から上が危険信号を放つ。どど、どうする? どうする?
僕の真下、水野さんが潤んだ瞳で、
「さ、逆巻君」
「水野さん。好きだ」
「ぇ。す、好き?」
「大好きだ」
「だ、だだ、大好き?!」
先手必勝。
僕が瞬時に思い付いた作戦は――愛をささやくことにより、水野さんを制止しようという単純な内容だ。しかし、効果は抜群であると予想していた。
何故なら、今までの水野さんを見る限り――こうした行動に対して免疫力がない。僕も同じくだけど、生命の危機に直面することを天秤にかければ、多少は無理もできる。
視線が交わり合う中、水野さんは真っ赤な顔で、
「……あぅ」
ギュッと、目を閉じた。
んんっ!? 未来が変わって攻撃を回避できたのはいいものの、これはどういうことなんだろう? 考えろ、考えるんだっ!
頭の中で状況を冷静に分析する。
至近距離、目を閉じた水野さん、僕の両手に伝わる柔らかな感触、両手に伝わる柔らかな感触、ムネ、むね、胸、おっぱい、おっぱいっ!
ここから、導き出される答えは――、
「ふぅうほぉお、ふほぉ、きょぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぃいいいいいっすうぅううっ!」
――突如、奇声と共に部屋の窓ガラスが爆散した。
それと同時に、大きな影が舞い込んで来る。その影は蒸気機関車のように激しい息遣いをしながら、
「逆巻くぅん! 俺もお見舞いに来たよぉっ!!」
「!?」
と、ラミュアは僕の頭をわし掴みし、
「もう我慢できん。そのフザけた脳のマッサージをしてやろう」
きぃいやあぁっ! 天国から地獄ぅうう!
「……ぇ、えっ? ラミュア!? ど、どうしてここに?」
ラミュアは満面の笑みを浮かべながら、
「偶然にもこの生ゴミ野郎の家の前を通ったので、ついでに様子を見に来ました。手ぶらもなんでしたので――ほら、見舞い品もここに。……そこの電信柱に生えていた新鮮な雑草だ、味わって食え」
どうやら、僕は最凶最悪の未来を選択してしまったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます