第21話 何かいるようないないような

「ごご、ごめん、ごめんね! 逆巻君、大丈夫?」


 あたふたと、水野さんが謝る。


「大丈夫、大丈夫でがはぁっ」


「本当に!? すごい勢いで吐血してるよ!」


 目の前に水野さんが、水野さんがいる。

 吐血なんて些細な問題、ケチャップを一気飲みして吹いたようなものさ。まあ、座ってよ――と、身近にあった座布団を手渡す。こんなことなら、今日のために高級クッションでも購入しとけばよかった。


 当然ながら、水野さんは制服だ。


 紺色のブレザー、ピンクのリボン、チェックのスカート、いつもは見慣れた制服のはずだけど、改めて見ると――か、可愛いぃい! というのは勿論のこと、新鮮な印象が見受けられる。それは、普段と異なる場所で見るからかもしれない。

 永遠に眺めていたい衝動を我慢し、僕は視線を頭上に、


「……そういえば、どうしてこんなところから」


 天井の大きな穴を見やる。

 破壊力満載の訪問だ。水野さんの両手には――なにもない。す、素手? 素手でやったの、これ? 一瞬、リアルに僕の家に隕石でも落下したのかと思った。


「実はね、お見舞いで――」


 と、水野さんが申し訳なさそうに口を開き、


「――玄関のチャイム、鳴らしたんだけど誰も出なくて。逆巻君が倒れているんじゃないかと思って」


「ご、ごめん。二階だから聞こえなかったよ」


 そんな次元の話じゃないよぉ! と、ツッコミみたい衝動を抑える。


「ラミュアがいつも、チャイムを鳴らして出ない時は、天井とか壁とか地面から入ってもいいよって笑顔で言っていたから。だ、駄目だったの、かな?」

「……それって、なんかの取り立」

「??? 取り?」

「な、なんでもないよ」


 あの死神、なんて規格外な知識を与えているんだ。

 僕が話を中断したからか、しばしの間が訪れる。涼やかな風が室内に満ち渡り、頬を撫でていく。それは、天井の大きな穴、部屋の換気がよくなったせいだろう。水野さんが来るまで、僕の陰鬱とした空気が充満されていたので丁度い――や、よくはないけどさ。

 僕は深呼吸を一つ、水野さんを見やり、


「その、お見舞いに来てくれて、ありがとう」


「ううん。私も突拍子もない場所から、ごめんね」


 互い、視線を合わし、逸らしては――また合わす。

 なんとも気恥ずかしいやり取りだ。水野さんも照れくさいのか、左右に視線が泳いで落ち着かない様子。僕も同じくして、左右に視線が――、


「???」


 ――窓からの風景、電信柱に影が一つ。

 んんっ。今、金髪にサングラスで大きいお兄さんが視界の端に――いやはや、見間違いでしょうと、自分に言い聞かせて即座にカーテンを閉める。

 僕は深呼吸を三つ、なるべく冷静に、


「……ところで、ラミュア、さんは?」

「ラミュア? ラミュアがどうかした?」

「いや、ほら、水野さんのことすごく大切にしている感じだったし、僕の家に来たなんて知ったら、血眼になって襲いに来るんじゃないのかなって」

「あはっ、大丈夫だよ。帰り道に偶然ラミュアと出会った時、逆巻君のお見舞いに行くって言っておいたから」

「……帰り道に、偶然? ラミュアさんと??」

「うん。逆巻君によろしく伝えといてって」


 そっか、偶然かぁ。

 なんて笑顔で安易に流しちゃ駄目だ。あの死神のこと――必然に違いない。しかも、僕によろしく伝えといてだって? ぶっ込んで行くんで『夜露死苦』の省略形じゃなかろうか。

 昨日の戦いで、ラミュアも相当数のダメージを負っているはずなのに――もう出歩ける回復力に背筋が凍り付く。やはり、電信柱の影は見間違いではなく――ラミュアじゃないのか? だからといって、もう一度確認する度胸はない。我が家という場所も幸いしてか、あの様子から察するに邪魔をする気はなさそうなので――よし、見て見ぬふりを決め込もう。

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