第20話 究極のお見舞い

 今でも鮮明に覚えている。


「隣の席だね。これから一年間、よろしくね」


 最初、誰に言っているのかわからなかった。


「あはっ。きょろきょろしなくても、隣の席は一人しかいないよ」 


 僕のことが怖くないのかな?


「??? 怖い? どうして?」


 今にして思えば、彼女は日常からの慣れだったのか。


「うーん。確かに、雰囲気的には『僕』っていうより『俺』っていうほうが、絶対に合ってるよね。でも――」


 と、僕をじっと見つめる。


「――中身は『僕』って感じがするね」


 全てを見透かしたような瞳、彼女は柔らかに微笑み、


「私、水野夕凪。あなたの名前は?」


 とめどなく上昇する体温、僕は瞬時に恋に落ちた。



激闘の翌日。


「きょぽぉ! はぐぉおおっ!」


 順風満帆、僕は水野さんと仲良くラブラブな学校生活を――、


「か、体が割れるぅうう!」


 ――なんてことはなかった。

 朝の目覚めと同時、全身に激痛が走り――時刻は夕方、学校に行くことは叶わず、ベッドの上にて一日の大半を過ごしていた。ラミュアに受けたダメージ? いや、明らかにそれ以外の箇所も痛んでいる。


 ……だ、誰か、誰かぁあっ!


 助けを懇願してみたものの、暖かみのある返事は皆無――放任主義の両親は、唸る息子を尻目に元気よく仕事に出掛けて行った。

 ベッドで悶え転がる僕、天子はスナック菓子を頬張りながら、


「当然、忘れたのか? 『神人』は全ての能力を向上させる代償として、しばらく全身に痛みが襲いかかる、とな」

「めちゃくちゃ初耳なんですけど」

「ちょっとズキッとすると言ったじゃろう」

「ちょっとどころの騒ぎじゃないよ! 小か大かなら、メーターを振り切って完全に特大だよっ!」

「てへりんこ」

「てへりんこ、じゃな――ふぐぅ! はぐぉお、きょぉおおすっ! 痛い、通常の筋肉痛の十倍はある!!」

「あまり興奮するでない。今はゆっくり体をいたわるのが吉じゃ。……ばりぼりばりんっ!」

「お菓子から視線を外して言ってよっ!」

「むぐ。このピリッとした味わい癖になるぞぅう!」

「……」


 しかし、一部のリスクを除けば天子は普通にすごい。心理眼では色々と覗けるし、時間は巻き戻せるし、『神人』で規格外な体力は身に付くし。

 さすが、神様だと感心する。僕の心を読んだのか、


「ふふ。天子という存在に見合っておるのじゃよ」

「天子という、存在に?」

「もっと深く知りたい。あの時、あの瞬間に戻りたい。誰かのために力が欲しい。こうした想いのもとはなにか? 自分で考えるがよい」


 と、曖昧なままに、天子は欠伸を一つ、


「ふぁあ。天子は食後の夕寝タイムに入る」


「それもう普通の就寝だよ!? 食っちゃ寝ばっかじゃないかっ」


 僕の体を心配してくれる人はいないの?

 例えば、水野さんとか、水野さんとか、水野さんとか――事実上、確かに家族にはなったんだ。


 ……ぉ、お見舞いとか、さ。


 なんて望むのは、野暮な話なんだろう。あくまで、一方的な片思い――色々なことが重なり合って、結果的にこうなっただけであって。現在、僕がするべきことは一つ。天子の言う通り、体を回復させることだ。

 そう、少しでも早く水野さんに相応しい男に――、


「逆巻君!」


 ――なる、んんっ!?

 今、水野さんの声が聞こえたような――いや、幻聴だろう。心のどこかで、お見舞いに来てくれるかも? と、淡い期待を抱いていたに違いない。でもでも、時間的に下校するタイミングだよね?

 その帰り道、まさか、いやいやそんな――、


「はああっ!」


 ――突如、威勢ある掛け声と共に頭上が爆散した。

 えっ、そんなに我が家って老朽化が進んでたの? 逃げる余裕などあるわけもなく、崩れた天井が僕の体に追い打ちをかけてきた。

 瓦礫に埋もれる僕、その真上から控えめな声で、


「お、お邪魔します」

「……」

「逆巻君の部屋、どこだろう」

「……ここ、です」

「ふぇっ?」

「つ、ついでに、助けてもらえ、ないかな」


 僕の期待は、予想外の方角からやって来た。

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