第19話 君に届けるこの想い

「想いの強さじゃよ」


 ――想い?


「天子がお主に力を貸す理由はなんじゃ? この男が全てを賭けてお主に挑む理由はなんじゃ?」


 天子は言う。


「お主がここまで来た理由はなんじゃ?」


 前提が間違えている、と。


「この男を倒すことなど、通過点に過ぎぬ。お主がやるべきことは一つ――全ては真っ白女子のために」


 そうだ、そうだった。


「貴様、まだ立てる力があったか」


「……僕は」


 ラミュアは水野さんを守るために――、


「水野さんが大好きなんだ!」


 ――僕は水野さんに近付くために。


「倒す、倒してみせる。必ず、超える。水野さんにキスをするんだ!」


「……っ。指一本、姫に触れさせるか! 生ゴミ野郎がっ!!」


 ラミュアの右腕が迫り来る。

 もう避けはしない。真正面から見据え、僕も右腕を突き出し――炸裂音が響いた。拳と拳が重なり、衝撃によって生じた風が頬をなでる。僕とラミュア、想いの強さはどちらが上なのか。

 双方、近距離に見合わせ、


「……姫は渡さ、ない! 貴様なんぞに、渡して、たまるかっ! どれだけ姫を、どれだけ姫のことをっ!!」


 一センチ、二センチ――後方に圧される。

 ラミュアの想いが、拳から伝わってくる――どれほど、水野さんを大切にしてきたのかが伝わってくる。死神のような男が、水野さんに対してだけは――優しい眼差しを向けていた。


「俺の妹のような存在なんだよっ!」


 一括りで言えば、愛情だ。

 しかし、中身は全くの別もので――ラミュアの向ける想いと、僕の向ける想いは違うと断言できる。


 それは、コインの裏表のように。


 一つに繋がっていながらも、境界線がある。似ていながらも、正反対の性質がある。見守るものと――一緒にいたいというもの。

 無論、僕が望む道は一つ。


「……僕は、水野さんの側にいたい。少しでも、距離を縮めたいんだ! 立ちはだかるのなら、力尽くで超えさせてもらうっ!!」


 一センチ、二センチ――前方に圧し返す。

 まだ、告白の返事を水野さんに聞いてすらいないけど――必ず、水野さんに相応しい男になってみせる! 水野さんが僕のことを、好きになってくれるようにっ!! 死んでたまるか! こんなところで、死ぬわけにはいかないっ!!


 ラミュアの想いは、水野さんを見守ることで――現地点から、一歩も進むことはないだろう。僕の想いは、水野さんと一緒にいたいということで――現地点から、一歩でも歩み寄りたい。

 負けない――負けたくないっ! 


「僕はこの先を、ずっと未来を見ているんだ! 二人で一緒にいるという未来を! 喧嘩もなく、ずっとラブ! 子供は二人で、男の子と女の子っ!! 女の子は水野さんに似ていて、心の底から溺愛する! 男の子とはキャッチボールするんだ!!」


 三センチ、四センチ、五センチ。


「老後は二人で仲睦まじく、公園を散歩するっ」

「お主、乙女か! ドリーマーかっ!」

「……」

「失敬、続けるがよい」

「これが、僕の想いだっ!」


 重なり合った拳、均衡状態が崩れる。

 一直線に伸びたのは――僕の右腕だった。火花のような音が鳴り響き、ラミュアは右腕ごと――後方に弾け飛ぶ。二度三度と床を転がり、壁にめり込み静止した。


「あはっ。勝負あり、だね」


 コンと煙管が床を叩く音、朝木さんが言う。

 それは、終了の合図――地に立つものと、伏せるもの。どちらが勝ったかは、一目瞭然だろう。


 ……僕は歩き出す。


 通過点を超えた先――大好きな人のいる場所に。ふらつく足に力を込めて、水野さんの側に歩み寄る。

 交わり合う視線、僕は水野さんの手を取り、


「水野さん。僕と結婚してください」


「け、けけ、け、けっこ?」


 飛躍しすぎ? なんてことはない。

 掟を守らないといけないのなら――僕と水野さんは家族になる。だからといって、強制的なルールに縛られたまま、家族にはなりたくない。


「掟のせいなんかじゃなく、掟なんて気にならないくらい――必ず、君に相応しい男になってみせるから」


 だったら、方法は一つだ。


「必ず、君を惚れさせてみせるから」


「くわぁ! お主、くあぁっ! ぬぉおっ」


 頭の上で悶える天子は無視する。


「さ、逆巻君」


 水野さんは口をパクパクと、顔を真っ赤にしながら、


「……する、んだよね」

「えっ?」

「そんな、面と向かって来られると――私、心の準備がまだ、だから。そ、それに、どうしたらいいかも、わからない」


 ぎゅっと目をつむり、両手を胸の前に置いて、


「さ、ささ、逆巻君から、して、ほしいな」


「……っ」


 ほ、本当に、いいのかな?

 確かに、キスをしなくてはいけない流れだけど――横目で朝木さんを見ると、朗らかな笑顔で頷いている。

 僕は震える水野さんの肩に手を置き、


「す、するよ」


 返事はない。

 それを、暗黙の了解だと受け取り――そっと顔を近付ける。こんな間近で、じっくりと水野さんを見るのは初めてだった。さらりとした前髪、長いまつげ、きめ細やかな肌、全てが上質な造形品のようだ


 ……そして、桜色の唇。


 頭の中は沸騰し、心臓の音が高鳴る。腹部が変にキュッとなる。下半身は小刻みに震えてとまらない。

 同じ空間で、同じ空気を共有するかのよう、お互いの呼吸が絡み合う。時折、水野さんの喉から声が漏れ――僕との距離が縮まっていることを、肌で感じているのだろう。


 単純な数で言うなら、二度目のキス。


 だけど、最初のキスとは全てが一変していた。僕の周りを取り囲む環境も、覚悟の度合いも――いつまでもこうしていたい、という欲望が胸中に渦巻き、柔らかくも瑞々しい感触が僕の思考を溶かしてくる。

 この日、この瞬間、僕と水野さんは――、


「ん。少年、君の想いは見届けたよ」


 ――家族となった。


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