第14話 どこまでも叫べ

「好きだ」


 僕が真正面から気持ちを伝えられる、伝わりやすい言葉――だからこそ、発した言葉は謝罪からかけ離れたものになった。

 先日、時間を巻き戻せるからと考え、軽々しく口にした思い――、


「水野さんが大好きだ」


 ――今はもう戻せない。

 戻せないからこそ、再び口にした。

 あの時、巻き戻せないと知った瞬間、それ以上の言葉が出なかった。水野さんの問いかけに答えることもできず、下を向くだけだった。安全柵の中にいるからと、高を括っていただけなんだ。

 その柵を、僕は飛び越える。


「君のことが大好きすぎて、キスをした!!!!!」


 布団から立ち上がり、声を大にして叫んだ。

 叫んだ瞬間、水野さんは目を見開き、真っ赤な顔で僕を見ていた。加えて、ラミュアの青筋がビキビキと顔面がメロンみたいだ。後者は見なかったことにする。

 この時、僕はどんな顔をしていたのか――最早、知りたくもないし、知るすべもないだろう。


 ……静寂が場を包み込む。


 そんな中、うめき声が耳に入る。

 どこに行ったのかと思っていたら、天子が布団の横でうつ伏せに倒れていた。どうやら、側で寝ていたようで――僕が立ち上がった衝撃で転がっていったらしい。

 むぐもぐ、と天子が寝言を漏らすと同時、


「……キス、か。部下の言っていた通りだったな」


 黙っていたラミュアが口を開く。


「やはり、この場で息の根をとめねばならない」


 それは、嵐の前の静けさか。

 ラミュアは音もなく立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。右手と左手に黒光りする物体を持っており――に、二丁拳銃? んん、記憶違いかな? 前回より装備のレベルが上がっているような、いるよね。

 天子にヘルプの眼差しを送る。が、安らかな寝息が一つ返ってきた。


「逆巻くぅん! さようなら!!」


 もう、打つ手がない。僕は目を閉じ、本日二度目の走馬灯を――、


「ラミュア、駄目っ!」


 ――水野さんの声が響く。


「逆巻君に、乱暴はやめて」


「……姫。何故、そいつをかばうのです?」


 かば、う?

 恐る恐る目を開くと、水野さんが両手を広げて眼前に立っていた。いつもの明るくハキハキとした口調とは違い――氷のような冷たさを感じる。対し、ラミュアは姫と言うだけあって水野さん相手には頭が上がらないのか、従順な態度が目立つ。

 双方、こう着状態は続き、


「銃を下ろして」

「姫こそ退いてください」

「もう一回言うよ。下ろして」

「……っ! 正気ですか?」


 ラミュアが狼狽える。


「その男は生ゴミくず野郎です! 無理やり姫のスカートを捲り上げ、あまつさえキスをしたんですよ? その上、家にまで上がり込んで裸を覗き見たんですっ! 変態生ゴミくず野郎ですよ!?」


 正論すぎて言葉が出ない。


「それに、知っているでしょう!? 水野組の掟は――」


 水野さん越しに、ラミュアは僕を睨み付けながら、


「――水野組の血を引き継ぐものは、初めてキスをした異性と生涯を共に! 家族にならねばならないのですよっ!!」


「えっ?」


 無意識、僕の口から疑問符が飛び出た。


「えっ? ではない。貴様、どれほど重大な過ちを犯したか理解しているのか?」


 ラミュアは苦々しげに一拍置いて、


「水野組の掟は絶対だ」


 掟。

 それは、古くからある風習というものなのだろうか。現代、こんなことを言われたとしても、普通なら信じない――信じられない。

 だけど、ラミュアの必死の形相や、背中から伝わる水野さんの真剣さ――なにより、水野組という世間からかけ離れた異質な空間――その話が真実なのだと、感覚的に伝わってきた。

 ラミュアが頑なに、僕を抹殺しようとする理由――、


「姫。全てを丸く収めるには、この方法しかないんですよ」


 ――一直線、殺意が僕を射抜く。

 皆まで言われずとも、本能が危機を訴えてくる。簡単な話、掟を破ることが不可能ならば、その掟を守らねばならない元凶を断てばいい。

 つまるところ、


「逆巻くぅん! 貴様を消し飛ばす!!」

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