第13話 どんな言葉を君に

「……っ?」


 見知らぬ天井が目に入る。

 加えて、ふかふかとした暖かな感触。どうやら、布団の中にいるようだ。意識が目覚めると同時、全身に激痛が走る。つぅう、痛っ! つぉおっす! じ、尋常じゃないくらいに痛い! 


 ……でも、生きている? 


 ラミュアに捕まって、天寿をまっとうしたはずじゃ――んんっ、記憶が曖昧だ。ここはどこだろう?


「ぅ、ん」


 腹部からの声、僅かな重み。

 視線を移すと、そこには水野さんがいた。すぅすぅと、口元から漏れる寝息――両腕を枕にしながら、僕のお腹の辺りに覆いかぶさるよう寝ている。えぇっ! どういう経緯でこういう展開になったの? 

 状況が飲み込めな――、


「ん、んぅ」


 ――心臓の血管が、破裂しそうなくらいに脈打つ。

 好きな人が、大好きな人が間近にいる。手の届く距離、少し手を伸ばせば届く距離にいる。触りたい、触れてみたい。

 その、柔らかそうな頬に――、


「触れたら殺す」


 ――ぃいっ!?


「再度、言うぞ」


 ラミュアが鬼のような形相でこちらを見ながら、


「触れたら三回は殺す」


 三回もっ!? 

 なんか数が増えた上、ゲームみたいに僕の命は残機制じゃないからね。伸ばしかけた手を瞬時に引っ込めながら、


「……えぇと。ラミュア、さん」


 死神の名前を、恐る恐る口にする。

 その大きく威圧感のある風貌――正直、話しかけるのをかなり躊躇させる。だからといって、無視できる状況でもない。

 僕の呼びかけに対し、ラミュアは微動だにせず、


「あの、ラミュアさん?」


 あれ、聞こえてないのかな?


「ラミュアさ」

「様を付けろ」

「えっ?」

「様を付けろ」


 こ、こいつ。

 しかし、反論する度胸もないので――内心、このくそサングラスがぁっ! と、意味のわからない悪態を付いた後、僕は口を開き、


「……らら、ラミュア様」

「貴様に名前を呼ばれる筋合いはなぁああああい!!」

「どうすればいいんですか!?」

「ああ。その疑問に対して、一つだけ解決策がある」


 ラミュアは深々と頷きながら、


「まず、息をするな。呼吸をするだけで姫に害が及ぶ可能性がある。貴様の吐いた二酸化炭素が姫の体内に侵入するだけで危険だ。あと、姫に触れる可能性を減少させるため心臓という器官を停止させろ。姫の視界に貴様の動きが入るだけで、視力が下がるかもしれない。まとめると、射殺していいか? いいよな」


 勝手に完結しちゃったよ。


「はっ! 命があるだけ、ありがたいと思うんだな」


 言われてみれば、僕、生きているんだよな。

 確か、ラミュアに捕獲される直前だったような。水野さんのお風呂上がりを前に、吹き飛ばされて――つまるところ、水野さんの裸を前にして。おっと! 思い出したら鼻の奥が熱くなってきた。

 慌てて、鼻を抑える。ラミュアはその動作を見て、


「なにを思い出してるのかな? 逆巻くぅん!」


「いいうぇ。なにも」


 い、言ったら殺される。


「……ふん。姫に感謝するんだな」

「水野さんに?」

「五十三発ほど、貴様を殴ったところで姫が制止しに来てな」

「攻めすぎですよ!?」


 全身が痛むのも納得だよ。あまり聞きたくない情報を仕入れている最中、


「……んっ、みゃぅ」


 ふぁ、と水野さんが体を起こす。

 猫のようにしなっと、柔らかげに背筋を伸ばしながら――こしこしと、可愛らしい仕草で目を擦り、


「あっ」


 僕と視線が合う。

 合うや否や、水野さんは即座に視線を逸らす。心なしか、頬は赤い。それは怒りによるものなのか、恥ずかしさによるものなのか――わからない。


 ああ、当然だろうな。


 僕は取り返しの付かないことを――一、二、三、ワォっ! うん、かなりの数をやらかした気がする。気がするじゃなくて、やらかしたんだけどね。

 謝るなら、今しかない。


「……あの、水野さん」


 横を向く水野さんに、そっと声をかける。

 名前を呼んだ瞬間、水野さんの肩がわずかに震えた。加えて、ラミュアの青筋がビキビキと三本増えた。後者は見なかったことにする。

 水野さんの肩が震えた意味は――本人に聞く以外、知るすべはないだろう。


「水野さん。僕は、僕は」


 声がかすれる。

 覚悟を決めてここに来た――水野さんに会いに来たつもりだった。しかし、いざ本人を前にすると全身に緊張が走る。


 喉が枯れる、唇が震える、視界が歪む。


 最凶の三拍子だ。このまま、壇上で演説なんかした日には、ですます語尾で噛みまくる自信があるよ。でも、言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ。水野さんに――そう、謝るんだ。 


 ……なんて、謝ればいいんだ?


 今さらながら、僕は気付く。普通にごめんと言ったところで、それがどうしたって話だろう。どんな言葉を出せばいい? 水野さんに気持ちを伝えるにはどうすればいい? 


 少し考えて、すぐに思い付いた。

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