【幕間】一点物集団

 赤壁と天蓋の町カラサスを出発してから五時間が経った頃。北の高台にうっすらと見える首都の尖塔を眺めながら歩いていたが、日も中天を過ぎ始めたので昼食にするために、街道から外れた草むらに腰かけた。

「お腹すいたねー」

「はい、すきました……」

「慣れない徒歩の旅ですので、足が痛いですね」

「ネフェさんはブーツ履いてるから、靴擦れ起こしてるかもな。ルカちゃん、後で治癒魔法をかけてあげて」

「分かり、ました」

 自分は大剣や軽装とはいえ金属製のブレストプレートやグリーヴなどを履いているために、一番疲れそうな装備をしているものの、多少は体力や忍耐力に自信があるためにまだしばらく歩くことができる。しかし、女性陣は不慣れな旅ということもあり、すでに疲労の色が見え始めている。

 昼食といっても、持てる荷物の量に限界があるために、そこまで大きくがっつりしたもの用意することはできない。本日の昼食内容は、焼きあがった後にわざと押しつぶされたコッペパンに豚の干し肉を挟んだものと水である。

「さて、新しい任務の前に俺たちの全員の戦力を改めて把握したいと思う。というわけで、みんな嘘偽りなく言ってくれると、お兄さんは大変うれしいです!」

 押しつぶされた干し肉コッペパンをかじっている最中に、トールから進言があった。確かに魔術師のネフェルトも増え、カキョウは魔法が使えないことが明るみになった今、実際自分たちの能力がどれほどのものなのか、一度全員で確認しなおしたほうがよいことには大いに賛成である。



<カキョウの場合>


「はーい、じゃぁアタシから。知ってのとおり、有角族(ホーンド)だけど火が扱えません。魔力もほぼありません。一応、なけなしの魔力をこの子を通せば、相手を火傷ぐらいにすることはできます。あと、剣の腕には自信がありまーす。今まで一人で倒した中で一番大きいのは二mぐらいの熊です。あと、巨人族(タイタニア)の足を一刀両断しました! 以上!」

 一番に手を挙げたのはカキョウだった。先日、魔力がないことや魔法が使えないことは知らされたものの、その後に起きたネフェルトだけは知らない状態であったので、いの一番に手を挙げたのだろう。

「あら、魔力はやはりそうでしたか」

 さて、この場で一番気づいてほしい人物であるネフェルトは、驚いたというより納得がいったという涼しい表情だった。

「あ、気づいてました?」

「気づいていたというよりは怪しかったというか、隠しているにしてもあまりにも自然すぎたので、勝手ながら術式看破の魔法や、魔力透視なんかして見てしまいました」

 確かに魔力の感知能力が高い術者ならば、カキョウの状態は一見すると魔力隠蔽などによって見せていない状態に見えてしまうのだろう。知的好奇心の高めなネフェルトならば己の術を駆使して、相手を図ることもあり得るだろう。

 だがそれは相手の個人的に隠したい部分を暴こうとする行為であり、失礼に当たってしまう行為ではないだろうか。

「うわぉ……、本当に魔術師っぽい。なんか、かっこいい」

「勝手に覗いたこと怒らないんですね」

「えーだって、気になったら見たくなっちゃうのは分かるし、もう隠すようなことでもないし」

 しかし、暴かれた当人であるカキョウは気にする様子はなく、むしろ様々な魔法を駆使して看破したネフェルトに対して、羨望のまなざしを向けている。他人から見れば寛容的ともとれるが、いくらなんでも多少は危機感を持ったほうがいいのではないだろうか。

「そうですか。かっこいいも含めて、ありがとうございます。私から聞きたいのですが、その刀は術具(じゅつぐ)ですか?」

 術具とは魔道具(マジックアイテム)に分類される、持ち主の魔力を受けて内部に刻印された魔法術式を発動させることができる武器や防具のことを指す。

「そうですよ。持ってみますか?」

「いいのですか? ありがとうございます。ではちょっと拝見……」

 カキョウは自身の左腰に差していた愛刀を鞘ごと帯から抜き取ると、ネフェルトに差し出した。差し出された側は丁寧に扱うように刀を両手で受け取ると、優しく鞘から刃を二十cmほど抜き、陽光に輝く白刃や柄、鞘などを舐めつくすように観察している。

「なるほど……この子は魔力を受けると、周囲のマナを吸収して発熱する術式が起動する仕組みなんですね。確かにこれなら起動時の小さな魔力だけで充分効果が出せる構造になってますね」

 特にネフェルトが関心を寄せているのは、柄の部分であった。刀は自分持っているブロードソードと同じく、柄の中には刃から続く金属の地金が収まっており、この部分を茎と呼ぶ。おそらく、茎の部分に術式が彫り込まれているのだろう。それを柄として覆っている装飾の外から、中に刻み込まれている術式を読み取っているとみていい。

「そうか、それでカキョウが依然使ったときに、刃が赤く光っていたのか」

 依然というのは先のバッドスターズ掃討作戦で大将格であるグローバスと戦った時のこと。自分が切り落とし損ねたグローバスの足を、カキョウが居合の技によって切断した時に、彼女の刃はほんのりと赤く輝いていた。今の話を聞いて、あの時のカキョウの刃は単純に輝いていたのではなく、熱を帯びていたのだと理解した。

「そそ。この子は、アタシのなけなしの魔力でも反応してくれるんだ」

 カキョウの場合、魔法として発生させるだけの魔力量はないが、愛刀である術具に通せば反応する当たり、魔力そのものが完全にゼロというわけではないようである。彼女がなけなしと言っているのも、あくまでも体の外に発し、魔法として形作るための量がないだけということだろう。

「……これはこれは、使用者がしっかりと制限されてますね」

「使用者が、制限?」

「ええ。恐らく有角族(ホーンド)の方々か、カキョウさんしか使えない仕掛けになってます。私がどんなに僅かな魔力を通そうとも、反発……いえ、拒絶されちゃいますね。なので、これはカキョウさん専用の武器と言い換えれます。はい、ありがとうございました」

 ネフェルトは静かに語りながらも、自らの顔をしっかりと反射する磨き上げられた刀身を食い入るように覗き込んでいたが、結論を言い終えると静かに刃を戻し、両手で優しく刀をカキョウへ返した。

「へぇ、そんな仕組みが入っていたんだ。アタシの専用武器か……エヘヘ、どういたしまして。ただ、アタシの魔力が少ないばっかりに、この子を全力の形で使ってあげれないのが悔しいところだけど……」

 受け取ったカキョウは愛刀が自分専用と言い添えられると、ほほを赤らめながら誇らしくも嬉しそうに小さく笑った。しかし、すぐにその笑みは悔しさをにじませるようなもの悲しさを映した。

 全力の形と表するからには、彼女の魔力量がもう少し多ければ、光り方や熱量自体が変わっていたりするのだろう。使い手として、武器の本領を発揮してやれないことを悩むのは、一種の武器に対する愛着が強いことを示している。

(そういえば、初めて会ったときに『相棒』と言っていたな)

 箱から飛び出た自分に対して驚いていた彼女は、愛刀を大事そうに胸に抱え、刀に興味を示した際には必死に取り上げないでほしいという姿勢を示していた。同時に、愛刀と積み重ねた戦績を述べた際の瞳には、真実を語る気迫と強い意志を感じた。それぐらい彼女にとっては、すでに手足と同等の価値となっているのだろう。



<ネフェルトとルカの場合>


「では、次は私が。私は知っての通り、氷と雷、それと風の攻撃魔法特化の魔術師です。自分が扱える最高ランクの魔法は、小規模儀式魔法なら時間さえいただければ一人で行使できる……と言えばいいですかね?」

 次に手を挙げたのは、カキョウとの話の流れから発言数の一番多かったネフェルトであった。仲間入りした中で一番の新人であるとはいえ、すでに先日の戦闘において魔法関連の能力を遺憾なく発揮した彼女の実力は、すでに折り紙付きであると思っている。

 先日の戦闘では雷属性の攻撃魔法と氷の壁や道を作るなどの補助魔法を見せてもらったが、それ以外にも空の民である有翼族(フェザニス)として、風属性魔法も扱えるようである。

「小規模儀式を一人でかー、高位魔術師や宮廷魔術師レベルじゃんか」

「ええっと……アタシには想像できない」

 その上で時間さえあれば最低必要人数が二人以上、最大五人規模の小規模儀式魔法を単独で行使、発動させてしまえる技術と魔力量を持つと言い出した。小規模といっても、通常の単独で発動可能な魔法の対象人数が一人~十人とすれば、儀式魔法は倍以上の対象人数を設定することができるなど、効果そのものが段違いに高くなり、支払う魔力量も数段上がるのだ。

 いわば、一人魔術砲台といっても過言ではないことを告白され、トールは感嘆の声をあげ、カキョウは想像を放棄してしまった。実際、自分とルカも似たような感想を持ったような呆気顔となっている。自分たちはとんでもない人物を拾ってしまったのではないだろうか。

「そのうち、お見せできる機会があるかもしれませんので、お楽しみにということで」

「いやいやいや! そんな状況って、結構ピンチか重要な仕事ってことだからね?! 俺はなるべくそんな状況勘弁してほしいな!」

 ネフェルトは微笑むが、トールが青ざめるように儀式魔法を使う場面が訪れるということは、それ相応の危険度や難易度の高い任務を受けていたり、使用せざるを得ない危機的状況となっているということだ。

「フフフ、確かにそうですね。ただ、その反動というわけではないのですが、近接戦闘は全くダメですね。一応、体の周りに電流を走らせたり、氷塊を浮かせたりして、ちょっとした防御っぽいことはできますが、格闘術とか護身術はからっきしで……」

「あ、わ、私も……運動音痴で……ほ、ほんとうに治癒とか聖の魔法しかできないんです……」

 ネフェルトに追従するように、ルカが気恥ずかしそうに手を挙げた。

 二人はいわゆる魔法や魔術に特化し過ぎて、自衛手段である近接戦闘技術を身に着けなかった純然たる魔術師であるという告白である。あくまでも近接戦闘術を学ぶ時間や機会を魔法や魔術の時間に置き換えてきた結果であるために、魔法や魔術に対する理解や行使は常人を遥かに上回る専門家である。ネフェルトは攻撃魔法を中心とした幅広い魔術を、ルカは治癒魔法と聖サクリス教特有の聖属性魔法に特化した、それぞれの専門家ということだ。

 この近接戦闘と魔法・魔術の習得に対するバランスは、それこそ個々の自由であり、個性となってくる。自分の知る範囲だと養子先で一緒に暮らしていたネヴィアが近接戦闘術と魔法攻撃を組み合わせた“魔法剣”を駆使する魔法戦士という両立型である。

(あいつの場合、近接と魔法のどちらかを削るんじゃなく、もっと別のものを削ったというべきか……)

 炭味のカレーライスだったりと、何かと私生活を削っては戦闘訓練に明け暮れ、それに付き合わされる自分という日々を思い出した。



<ダインとトールの場合>


「俺は逆に、技(アーツ)に魔力を回すだけで精いっぱいで、攻撃魔法や治癒魔法への余力はほとんどない。トールのような遠距離攻撃用の技も魔力もないため、せいぜい皆の壁役を買って出るしかできない」

 魔法専門職の話が出ならば、逆にカキョウと同じく魔法に対して不得手な自分が発言するべきだと思い、手を挙げた。

 技(アーツ)は分類上は魔法の一種であり、攻撃動作の中に魔力や魔法による様々な強化を施したものである。自分のグラインドアッパーには水平からの振り上げ動作に遠心力強化を付与しており、トールのブラストネイルは爪の振りによって発生した空気の乱れを拡大させ、風の刃を生み出す強化が付与されている。

 一応、技以外にも自己強化系の魔法をいくつか知ってはいるのものの、現状の魔力量では戦闘中に昏倒してしまう可能性が大きいために、あえて使用していない状態である。

 いうなれば、先ほどの二人の魔法・魔術特化とは逆に肉弾戦や接近戦に特化した完全な戦士型ということだ。魔力がほぼないカキョウも、こちらに分類される。

「ただ、筋力と持久力なら多少の自信はある」

 魔法が使えない、ないし使うほど魔力に余裕がない自分は、ひたすら肉体の強化や動きの洗練など戦い方そのものに重きを置いていた。加えて生活環境が巨人族(タイタニア)に囲まれ、常日頃の訓練相手がネヴィアや養父のグラフであったために、頭上からの叩き込みや強力な打撃に対する受け止め方、受け流し方の訓練が多く、それに伴った筋力強化と胆力としての持久力強化を行ってきた。

 故に、このメンバーの中でなら、自分が一番筋力と持久力を持っているのではないかと、多少は自負できる。

「ほう? それは俺よりもか?」

 ここに疑問符を出してきたのがトールだった。確かに彼は実戦経験も豊富であり、それに伴った筋力強化や体力消耗を抑える戦い方を知っているために、筋力も持久力も高いものがあるだろう。

「そうだな……経験を生かした戦い方ならトールのほうが断然上だが、仮に俺たちが正面からの打ち合いをしたとすれば、モノを言うのは筋力量と体重、受け止めや受け流しの技術となるだろう。そうなったときに、俺にも勝機が出るとは思っている」

 身長差でいうならトールのほうがわずかに四センチほど高いが、戦場においては微々たる差でしかない。むしろ自分のほうが肩幅も筋肉量も圧倒的に多いために、体格で言うならこちらのほうが大きいという扱いになるだろう。

 となれば、同じ武器による純粋な力任せの打ち合いならば、自分にも十分に勝機は見いだせるはずである。

「なるほど、正解だな。体格勝負で俺が負ける可能性は十分あるし、何より担いでいる武器の耐久度と重量が段違いだ。あと、腕相撲したら、俺負ける自信があるぜ」

 実際、腕や腿の太さならば、自分のほうが一回りほど太い。トールの筋肉は必要最低限の引き締まったものであり、カキョウの筋肉に近い。比べて自分の筋肉は重い武器や防具を装備することに特化した分厚いものであり、その分の重さというハンデが出てしまい、二人に比べると鈍足気味になってしまう。

 式で表すならば、筋力と防御力はダイン>トール>カキョウ、素早さはカキョウ>トール>ダインとなる。

「その点、俺は魔力量もお前以上にあるために、魔法も織り交ぜた戦い方をして、近距離だけでなく遠距離や広範囲にまで攻撃を広げることができる」

 トールは自分やカキョウと違い、実戦経験も豊富であらゆる動きの無駄を抑えつつ、身体強化を行ったうえで魔力に余裕があるために、攻撃そのものを拡張する中距離(ミドルレンジ)を意識した戦い方をしている。

 ある意味で彼が中距離を担うからこそ、自分とカキョウが最前線(ショートレンジ)に立ち、遠距離(ロングレンジ)からのネフェルトによる魔法攻撃とルカによる手厚い支援というバランスの取れた“隊列”が完成したといえる。



<まとめ>


「おっけー。全員の状態は把握できた。今は一応バランスが取れた構成だけど、一人でも欠けたら瓦解しかねない危うさもあるから、互いをしっかりサポートしあう体制をとることが俺たちの課題となる」

 自分とカキョウも最前線位置とはいえ、防御性能に特化し鈍足な自分と、紙耐久ながらも俊敏さに特化したカキョウでは立ち回り方が違うために、それぞれが別の職種といっても過言ではない。

 そのために、全員が個々の特化した役割を持ちつつも、別の者がその役割を肩代わりすることができない『一点物』揃いである。

 それは、誰が欠けても成り立たなくなり、誰かが欠けることを良しとしない、互いを必要としあう依存性の高い危険な集団であることを、常に頭の片隅に置かなければならないと認識させられた。

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