【幕間】無意識
「なぁ、ラディス」
ダインの能力や、カキョウの剣術についての理解が深まったところで、街への帰途を再開した時だった。ダインとカキョウが並んで歩く後姿を眺めていると、耳元で小さくトールがささやいてきた。
「あの二人ってデキてるんだよな?」
確かに先ほどの会話を含めて、二人の様子を見ていれば、まるでお付き合いを始めたばかりの美しき風景に見えてしまうだろう。
「違うよ。本当の本当に一昨日会ったばかり」
船倉での一部始終を見てたからこそ、二人の出会いは突然のものであったと力強く言えるが、見ていなかったら自分も疑っていたはずである。それぐらい、この二人が並ぶ姿自体が自然体であり、なぜか安心感を覚える。
「嘘だろ……」
トールが言いたいことは、よくわかる。
先ほどのダインの発言は、仮にカキョウがネストに入れなかった場合は、彼が彼女の生活を保障すると取れる。ダインはあくまでも雇うという表現を使ったが、端から見れば『俺が稼ぐから、付いてきてほしい』という少々強引なプロポーズの言葉とも取れる、かなり際どい発言である。
「分かる分かる。でもさ、二人とも無自覚っぽいんだよね」
「まーじかよ……。クッソ、口から砂糖が出てきそうだ」
普通ならたった二日で、他人の人間性を読み取るなんて難しいところではあるが、本性がむき出しになる濃密な戦闘を二回も突破したのだから、見えてくる情報の質と量は膨大なものである。
そこで分かったのが、二人とも他者を表面的性別で認識してはいるが、性欲へとつながる男女としての意識が希薄なのだ。カキョウについては私生活についての情報量が極めて少ないために考察できないが、ダインについてはおおよその予想がつく。
監禁という強制的箱入り状態だったことから、家族や出入りの者以外の『他人との接触』が皆無であり、本来は他人との交流で吸収することができる“認識外の情報”を取り入れることができていない。特に色恋の中でも情緒についての情報は、他人同士と繋がりから一つの家庭を築くために大きく必要な外部情報であり、流行等も絡んでくるために、机上の情操教育だけでは補いきれない部分が大きい。
「そうだよな。あいつ、本当に箱入り息子だったんだよな……。ああもう、図体ばかり大きいお子様ぜ。ま、やれることをやるさ」
現状のダインは確かに成人の皮をかぶった、大きな子供状態である。だが、白紙の地図と同じ状態でもあるために、これからトールがどんな道を書き込むかで、彼の男としての資質が変化していくのだろう。
おそらく数日の内に自分は本国のミューバーレンへ帰らなくてはならなくなる。それ自体は最初から決まっていたことなので、トールと合流した段階でダインの教育については、彼に委譲されている。
しかし、できることなら、この二人の行く末という白紙の地図を眺めていたいのだ。
見た目に反して、途方もなく未熟なダインがどんな男になるのか。
そんなアンバランスな男を支える者が、カキョウとなるのか否か。
今は、この二人の未来に、幸多からんことを祈るばかりだ。
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