1-16 勝利と別れの美酒

「おうおう、お前たちがあの悪ガキ共のボスを倒したのかい? すげーじゃねーか!」

「は、はぁ……ありがとうございます」

 現在は夜の七時のマーセナリーズ・ネスト ポートアレア支部一階の受付兼酒場と、その前に広がる街の市場で、バッドスターズ掃討作戦及びシスター・ルカの救出作戦成功を祝した打ち上げが、街ぐるみで行われていた。大柄で屈強で強面で見るからに酒好きの傭兵や、海竜騒ぎによる鬱憤を酒で晴らそうとする船乗り、そんな男たちを囃し立てるようにドンドン料理を運んでくる街の女性たち。勝利の輝きと言わんばかりに、煌々と輝くガス灯と松明の明かり。紺色の夜空は街の活気と灯りによって、ほのかにオレンジ色を含んでいた。

「ほぇー、にいちゃんの武器、タイタニア用のブロードソードだろ? 指、回んねぇのに、よく振り回せるな」

「おぅるあ! 胸張れや!!」

「ふごっ!」

 そして、酔っぱらいの渾身の張り手を胸に喰らい、いらぬダメージをもらったところだ。このように、自分は現在、年季の入った強面の先輩たちに可愛がってもらっている最中である。

「成人したんだっけ? なら、ほれ! のめのめ~」

 手には無理やり握らされた掌の倍ほど長く大きな木製のジョッキを握らされており、ガス灯の光で赤みの増している葡萄酒がドボドボと勢いよく注ぎ込まれていく。

「で、では」

 ここは勢いが大事と、注がれた酒を一気にあおった。喉を通る酒成分の刺激と、発酵によって甘みを増した葡萄の味が渇きを満たしていく。(※お酒は成人してから、楽しみましょう!)

「おおおお! おめぇ、いい飲みっぷりだな!!」

「いいねぇ! 気に入ったぞ、ボウズ!! ガハハハハ!!」

 どうも先輩方のツボを刺激したようで、空になったジョッキには再び葡萄酒が注がれるのであった。

「よ。絡まれてるねぇ」

 何杯かいただいた後、先輩方は次の獲物を求めて、人ごみの中に消えていくのと入れ違いに、支部長のジョージが近づいてきた。

「ええ。可愛がってもらってます」

「言うようになったな。それと、改めて合格おめでとう」

 そもそも自分たちがこの傭兵会社とご縁になったのは、自分の路銀稼ぎの手段として案内された会社であり、採用試験自体がシスター・ルカの救出作戦であったことが始まりだ。案内及び採用自体が予定調和だっとはいえ、改めて振り返れば、素人に任せるなと叫びたいほど、実際の作戦内容は濃密で濃厚といえた。成功したから良いものだが、失敗していた時の事を考えると、身震いしてしまう。

「ありがとうございます」

「うんまぁ、予定通りというか、うれしい誤算だったから、礼を言うのはこっちなんだけどね」

 うれしい誤算とは、自分とカキョウの行動力と戦闘能力についてらしい。

 まず、行動力は作戦内容から逃げ出すことなく、自分から進んで向かっていったことが加点。それぞれの役割を果たしたことも加点。カキョウについては、建物内に勝手に入ったことから命令違反による減点があったが、おおむね合格だったという。

 次に戦闘面だが、今回の大ボスであるグローバス、雷拳のラッツ、小剣使いのガナンは、いずれも賞金首であり、それをトールとラディスも含めた四人だけで倒してしまったという大幅加点。

 さらに自分はラッツとガナンに対しての戦闘が、カキョウは船上でのケンギョ戦の功績がトールとラディスから報告されており、総合的に見ても文句なしの合格をもらったということだ。

 自分としては運と先輩二人の活躍があったから生き残れたのだと思ったが、こうやって自分たちを見てもらい、その上で形として評価が残されると、嬉しさがこみあげてくる。

「期待しているからな」

 そんなうれしい言葉を投げかけつつ、ジョージは手に持っていた酒瓶を掲げた。

「応えれるよう、努めます」

 自分も応えるように空になったジョッキを差し出し、上司から祝い酒を注いでもらう。ジョッキが酒で満たされると前に差し出し、ジョージはそれに合わせて、持っていた酒瓶をジョッキに当ててきた。

 一年早く成人しているネヴィアが言っていた言葉だが「酒と拳は共通言語」だなんて、言われたその時は意味が分からなかったが、今なら分かる。こうやって祝杯を挙げる風景に種族や国の垣根はない。討伐作戦の味方側には巨人族(タイタニア)や魚人族(シープル)の傭兵も数人いたようであり、目の前で楽しそうに酒を交わしている。(重ねて言いますが、お酒は成人してから飲みましょう!)

「おお! 本当にホーンドの女の子だぜ!!」

「まじだ! しかも小柄だなぁ! いやー、華だねぇ」

「お、おぅ……」

 さて、この場において、自分の知っている有角族(ホーンド)の女子となると、一人しか思い浮かばない。

 自分と似た背丈の屈強な男たちに取り囲まれ、見事に注目の的となっているカキョウ。本人は嬉しくも、また嫌がるともなく、その取り囲まれた威圧と好奇の眼差しにひたすら戸惑っている。

「まぁまぁ、まずは一杯クイッと行こうぜ! ほらよ!」

「うわっ! アタシ、まだ未成年だから、飲めません! 飲ませないでくださーい!」

 差し出されたジョッキを前に必死の抵抗をしているが、何気に敬語を話す姿は初めてであり、これはこれで新鮮である。

「君が噂の刀使い? 剣の腕が立つってまじ? ねぇねぇ、どう? 俺と一緒に行かない?」

「え、ええっとぉ~……」

 彼女を取り囲んでいる中でも、屈強や強面からは少し遠いめの長身準人族(ホミノス)男性が妙に食いついており、その光景に僅かなイラ立ちを覚える。ナンパ野郎ならトールも当てはまるだろうが、目の前の男は明らかに鼻の下を伸ばしており、妙に癇に障った。

「おーい、そろそろ止めとけ。その子はこのナイト様のものなんだから~」

「「「ええええええ~……」」」

 ジョージの言葉からまるで所有物のような言い表しに感じたために、内心わずかに苛立ちを覚えたが、仲間として囲うという意味でなら間違ってはいないなと、苛立ちをすぐに取り下げた。少し酔っているのかもしれない。

 そんなジョージの言葉を受けたナンパ野郎どもは、一斉にやる気をなくした……かにおもえたが、数人は自分と勝負して、勝った暁にカキョウを貰えないかと模索し始める奴が出ていた。

 有角族としての物珍しさが際立っているが、女性としては見た目も可愛らしく、小柄であり、この空間の中では明らかに華といえる。その上で、小柄な体から生み出される瞬発力は常に舌を唸らせるものであり、刀を扱う所作は流水のように美しく、熟達した戦士なら現在の所作からも読み取れるかもしれない。

 残念ながら、彼女は自分との旅の約束をしている。少なくとも、養父から渡された手紙に書かれた宛先に行くまでは、決まっている旅路なのだ。

 つまり、誰にも渡すつもりない。本当に勝負を仕掛けてきたら、全力で相手するまでである。……やはり自分は酔っているかもしれない。

 しかし、その向こうから現れたトールによって「野暮ったいことするな」「馬に蹴られるぞ」とナンパ野郎どもは釘を刺され、名残惜しそうに人ごみの中へ消えていった。

「はぁ……、トールありがとう」

「どういたしまして。可愛い後輩ちゃん。ほら、ナイト様のところに行ってこい」

「……ごめん、ないと、ってどういう意味?」

 今の彼女は純粋に騎士というナイトを知らないのか、比喩表現としてのナイト(守り手)を知らないのか。鎖国ばかりを繰り返すコウエン国ならば、案外前者の可能性もあるのか。

 ただ、彼女のほうが実戦慣れしている様からも、現状は自分が守る側よりは守られる側のほうが正しい。

(いつか、彼女を守る側になれれば良いのだが……)

 自分が外の世界の流儀に慣れるという意味でも、今後の課題の一つである。

「あー、まぁ、今度教えるから、早くダインのところに行くぞ。野郎のそばなら、変によってくる奴も減るっしょ」

「そうだね。そうする」

 トールはどちらか、はてまた別の意味を捉えたのかは分からないが、カキョウをこちらに行くように促してくれた。

「お前さんも、ちゃんと彼女を見ててやんなよ。何せ、彼女はホーンドだ。これから先、何が舞い込んでくるか分からんからな」

「……分かりました」

 ジョージの忠告はもっともであり、職業柄から見る性別および種族としての希少性を鑑みれば、将来的にも一人という状況が生み出されることは好ましくないだろう。自分がそばにいるだけで虫払いになるのなら、それでいい。



「よかった。みんな揃ってるね」

 時間も夜八時となり、酒盛りから食事、そしてしゃべり場と化した祝勝会の会場に、ようやく最後の主役であるラディスがやってきた。これで全員がこの場に揃ったことになる。

 しかし、彼の表情は周りの弾む空気に比べると少々ずれており、やや神妙な面持ちをしている。顔を上げれば、これまでの中で最もはっきりとした苦笑である。それどころかよく見れば、荷物を持っており、まるでこれからどこかに行く雰囲気である。

「実はね、さっき連絡があって、急遽、今夜中に船を出すって」

 ただその言葉だけで、すべてが理解できた。彼の本来の仕事である“ダイン・アンバースの護送及びマーセナリーズ・ネストへの案内”はとっくに終了していたことであり、たまたま船が出向できなくなったからという形で、シスター・ルカの救出作戦に参加させられていただけ。本来の終わり時が、別の形で延長されていただけである。

 分かっていたはずなのに、生死を分けた戦いを共に生き抜いてしまうと、“次”も自分たちなら生き残れるなんて、在るはずのない未来を思い描いていた。名残惜しいなんて言葉では片づけられない感情に襲われつつも、この過ぎたる刻限は絶対受け入れなければならない。

「そっか、帰っちゃうんだ……。でも船を出すって、海竜は?」

 カキョウも彼と会って、まだ二日しか経っていないが、自分と同じく明らかに名残惜しそうである。それぐらい、この二日は濃密過ぎたのだ。

 そして巡ってきた彼の帰還のチャンスだが、カキョウが指摘したとおり、海竜の危険性が伴うのではないだろうか?

「僕らがルカちゃ、……シスター・ルカの救出に行ってる最中に、ミューバーレンとヒュージェン間に出現したっていう報告があったって」

 一瞬の言い間違えが意味するものは少し気になるところだが、今は海竜の件に耳を傾けることにする。

 今日は本来、自分たちが正午に到着した定期船を最後に、出向自体が取りやめになっていたはずであり、その後に報告があったということは、違法操業船がまた勝手に被害を受けたということだろう。

「なーるほど。今からの船を最終に、輪番の再調整をするってことだな」

「そのようだね」

 トールの言う輪番は、先日の海竜関連で聞いた囮の小舟を出す輪番についてだ。自身の近くにいる航行中の船一隻を襲う海竜だけなら、航行中の船と囮船の中から相手に選ばせつつ、順次出港停止していけば、自然と輪番も整う。問題は海竜に付随してくるケンギョのほうであり、出現すれば海竜の代わりにと周りの船まで襲いだす始末であるために、一度すべての航海計画自体をやり直さないことには、被害が無尽蔵に増えるだけなのだ。

「んで、いくら海竜の速度でも、船に追いつくのに三日……。最終日がギリギリってところか?」

 そもそも海竜が出現する三カ国間の航路は常になだらかな海の状態だとしても、最短航路が三日、最長航路では四日必要となる距離に位置する。それなりに広い海であるために、一つの航路で海竜が見つかると、次の日に別の航路に出現する確率はやや低く、およそ二日間ほどは安全な航海ができる状態となる。また、船自体も移動しているために、初動の段階から海竜との距離も稼げると思われる。

 言い換えれば、輪番を再調整するためには、すべての船が港に入ってしまう必要があり、今から出港する船は最長航路の四日の停泊が必要となる。誰かの違法操業が及ぼす影響はただの人の流れを止めるだけでなく、海運による物流そのものを四日も止めることになり、経済損失は計り知れないだろう。

 ルールを無視して違法操業を行い、自他ともに人命を含めた被害にするか、協力し合うことで最小限の経済被害で済ませるか。結果は前者いよって、四日という巨大な経済損失が被られた形となったわけだ。

「そうなるね。だから、必要最小限の積荷や人だけを選び、今ある中で最高速度を出せる船で行くことになる」

「じゃぁ、ラディスその船の護衛をしつつ、帰るってこと?」

「そういうこと。ほんとに急な話でごめんね」

 ラディスは心苦しそうにカキョウと自分に顔を向けるが、彼がそんな顔をする必要はないのだ。

「いや、遅かれ早かれの話が、今となっただけだ」

 また、心の準備ができなかったのは悔しいことだが、今回のようにいずれ訪れる終わりのことを言っても仕方がない。むしろ、彼は数少ない帰路の枠を掴めたのだから、ほんの少しでいいから喜ばしい顔をしてほしい。

「ダイン……、ありがとう。今後のことについては、予定通りトールが引き継ぐから、彼からたくさん学んで。トールも二人をよろしくね」

「言われなくても、かわいい可愛い後輩たちは、バッチリ磨き上げてみせるさ」

 心苦しそうだった表情が苦笑とは違った朗らかな笑みに変わると、自分たちもつられるように心が温かくなる。胸を張るトールも同じく、これらすべて見守っているジョージまた、チビチビと酒を飲みながら微笑んでいる。

「君やカキョウちゃんと出会えて良かったよ。海竜の件が片付いたら、遊びに来てね」

 聞くにミューバーレンという国は、今朝見た絵にかいたような青い海と空とはまた違い、海は常に宝石のような煌めきを放ち、海底の白い砂までも見えるほどの美しい透明度を誇る海に囲まれている。視線を向けるたびに色とりどりの魚たちが泳ぎ、空は吸い込まれるような深い青と、山や城を思わすほど巨大な三角形をした雲しかなく、まさに常夏と表現してよいといわれる諸島群だ。人生で一度は訪れたい地域として、ガイドブックには常に掲載される地域である。

「行く! 絶対行く! ね? ダイン」

「ああ。その時はぜひ、案内してくれ。……無事を祈る」

 差し出された手を取りながら、彼との再会を願った。

「うん、それじゃ、またね」

 彼から返ってきた言葉もまた、別れの言葉ではなく再会を約束した言葉だった。また、握った手が強く握り返されると、約束はまるで誓いのような硬く強固なモノへ変わったと確信し、それまで感じていた名残惜しさは消え去った。

 ラディスは手を離すと、改めてこの場にいる全員に会釈を済ませ、まだまだ酒を酌み交わす賑やかな雰囲気の中を縫うように、船着き場の方角へ消えていった。

 夜闇に消えゆくラディスの背中を見つめながら、遠くない未来、またどこかで会えるという確信が胸に広がっていく心地よさを肴に、トールから注がれた新しい酒を一気に飲み干した。

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