2-5 拾われたことの意味
寝具に入ってからも悶々とした気持ちが消えず、眠れないだろうと思っていたが、色々と考えるうちに脳が疲れたようで、いつの間にか眠っていた。目が覚めた時には、星の輝きに負けないほど光る月が真上に来ていた。草原は青白い月明かりに照らされ、薄っすらとだが牧草の一本一本を数えることができる。
そんな月明かりを跳ねのけるほど焚き木の灯は煌々と輝き、見張り役であるダインの背中に大きな影を落としている。
(結局……、ダインはどう思ってるんだろ)
彼は箱入り息子状態で世間を知らないとはいえ、頓珍漢な行動を取るということもなく、いたって普通の青年に見えてしまう。だからこそ、何をどこまで知っている上で、有角族である自分をどうしたいのかというのが見えてこないことに、こちらがヤキモキしてしまうのだ。
(ダインは……『君の剣の腕を見てみたい』って……)
あの時は、自分の命がかかっていたために即決したが、社会情勢的にはそれすらも迂闊だったのもしれない。
果たして、その言葉は真実だったのか。実は人権擁護法の実態を知ってるが故に自分を保護したのか。それとも希少種を手元に置きたかったのか。……闇商人に売るというのは、まずないだろう。彼とは出会って四日しか経っていないが、死線で背中を預けあった仲とも言え、密航時にも自分をかばってくれたために、彼に対しては信じていると信じたいの二つの気持ちがある。
(ダメだ……気になってしょうがない!)
雑念を振り払うために体を起こせば、衣擦れの音に気付いたダインが自身の武器である大剣に手をかけつつ、こちらに振り向いた。
「……どうした?」
敵襲でなかったことに安堵したのか、彼は武器から手を遠ざけ、張り詰めた肩を下げた。
「ちょ、ちょっと目が覚めちゃった。……あ、あのさ……隣、いい?」
勢いのあまりに彼に無駄な気を使わせてしまったのと、ヤキモキの対象本人を目の前にすると妙に気が動転してしまい、許可を求めたにもかかわらず返事を待つことなく、彼の左隣に座った。
その行動に驚いたのか、ダインはこちらが座るまでずっと動きを見てきたが、座ったのを確認すると焚き木に視線を戻していた。
そして自分も、揺れる炎に視線を落とす。それこそ時折吹く草原の春風に、炎がユラユラと踊る。燃える薪のはじける音が心地よく、同時に先ほどまでとは違った不安を引き寄せてくる。
(もし、自分の力でこの炎を熾せていたら……)
夕食前のトールを思い出してしまう。自分は火すら生み出せない、半人前以下の見た目だけ有角族。そんな自分に価値があるとすれば、一応の有角族であるという部分だけ。となれば歩く高額商品以前に、人間としての価値はないのかもしれない。
「あ、あのさ……、じ……人身売買の話さ……」
新たなる不安に胸が張り裂けそうになり、とうとう口に出してしまった。
互いに目の前の炎を見つめているのに、こちらの言葉に反応して、彼の肩が震えたのが分かった。
彼からの返事はすぐには返ってこず、体感で長い感じてしまうだけの時間、牧草の揺れる音と弾ける薪の音だけが沈黙の空間に響いていた。
「……正直……ショックだった」
ようやく返ってきた返事は囁きに近いほど小さく、また力が無かった。ショックという言葉が、極めて激しい驚きを意味する言葉というのは知っている。その言葉の意味を意識するまでの数秒後、彼の顔を見た。
その顔は、夕食後に地理と歴史の勉強をしたあの時の顔と同じ。口元を隠すように手を当てつつ、青ざめた顔をしている。こちらの視線に気づいたダインは、ゆっくりと視線を合わせるように顔を向けてきたが、その顔は横顔以上に悲痛と申し訳なさを混ぜた苦々しいものだった。
「もし知っていれば、仲間になってほしいと言わず、国へ帰るよう説得したと思う。あと、人権擁護法の話自体は知っていたが、ティタニスとの交易が時折あると聞いていたから、俺たちと同じ擁護下の種族とばかり思い込んでいた。俺が何も知らなかったばかりに……本当に、すまない……」
考えれば考えるだけ、答えれば答えるだけ、彼の顔はどんどんしわくちゃに崩れていく。それぐらい彼にとってもこの国の実情は衝撃的なものであり、本当に知らなかったことを物語らせていく。
(ああ、自分、バカだなぁ……)
突然木箱に押し込められて、気が付けば船の中で、意図的に世間知らずにさせられてる雰囲気もあって、彼自身が訳も分からない状態で、こちらをどうこうなんてできるわけがなかったのだ。
「だ、ダインは何も悪くないよ。アタシだって、何も知らずに飛び出したんだし……。ダインが誘ってくれなかったら、故郷に戻されるんじゃなくて、誰かに捕まって売り飛ばされていたかもしれない。だから……ほんと感謝してる! その、ありがとう!」
だから、そんな顔をしないでほしい。
「そうか……。それなら、よかった……」
彼もまた大いに悩んでいたのか、まるで肩の荷が下りたかのように、強張っていた彼の頬が緩みだし、表情も次第に柔らかくなっていく。
「むしろさ……有角族だからって、みんなに変に期待させちゃって……、蓋を開けたら、本当にただの歩く高額商品ってだけの価値しかないアタシって、どうなんだろうって……」
普通の有角族なら目の前の炎も自力で熾せるが、自分はそんな些細なことすらできない半人前以下である。皆からは剣の腕で相殺できていると言っているが、あくまでもこの国の闇を知る前の話だ。
「カキョウ」
炎に落ちた視線が、呼び声によって引き戻される。見上げた先にあった彼の顔はいつになく真剣であり、炎の橙が混ざる群青色の瞳がまっすぐこちらを見つめてくる。
「“よろしく”と言ったトールやジョージ殿を信じるんだ。ホーンドという部分が、傭兵としての仕事にどんな影響を及ぼすかは分からないにしても、それを差し引いても“確保したい価値や素質がある”と判断されたはずだ」
「でもそれは……、あくまでも一般的な有角族であることが前提だったからだし……」
「実はな、トールに言われたんだ。カキョウは魔力をうまく隠しているんじゃないかってほどに薄く感じると。なら、設置魔法に長けたジョージ殿は探知魔法とかでとっくに気づいているんじゃないだろうか」
二人はいつの間にそんな会話をしていたのだろうか。なら、自分の魔力については遅かれ早かれ明るみになっていたのだろう。
また、自分たちの大上司であるネストのポートアレア支部長ジョージについても、ダインの意見にも賛成だ。ネストの建物入口になんらかの看破魔法を設置しておくなどもあり得るし、経験の差などでも見破られる可能性も高い。
「確かにそうかも。……って、それだと全部分かったうえで、トールに何も言ってなかったことになるじゃん。それ、相当意地悪だよね」
ならば自分は、現状を含めたうえで、今はまだここにいてよいのだ。やはり自分は、ダインを含めた多くの人たちに拾われているんだ。
そう思えるようになると、自然と声が弾み、自分としての調子が戻っていくのが分かる。
「そうだな。だが、殲滅作戦の前後を見てれば、本当にありえそうだからな。……それも仲間を理解する、戦力を把握するという意味では重要なことだから、一種の試練だったのかもな」
ダインもこちらの弾みに釣られてか、まっすぐな真剣顔からやかに小さな笑みを浮かべる優しい顔になっていた。
(仲間を理解するための試練か……)
まだ出会って三日、集団となって二日だからこそ、互いは知らないことが多く、これから知っていかなければならない。それはこの国の闇と同じように、互いの闇もいずれ知り、衝撃を受けつつも受け入れていくのだろう。
(んま、私みたいな欠陥持ちは中々いないよね)
そう思うからこそ、自分は他の仲間たちがどんな闇を抱えていようとも、受け入れれる自信がある。
「それもそうだね。……ダインと話ができて、スッキリした。ほんとにありがとぉ……ふぁ~」
特に自分の闇である『魔法が使えない』は、この世界の人間として重大な欠陥であるため、早い段階で知ってもらえたことや受け入れてもらえたことは、幸運だったのかもしれない。
この優しい仲間たちに安堵した途端、身体が緊張するのをやめてしまい、睡魔が押し寄せてきた。
「ハハッ。あとは俺たちに任せて寝てくれ」
「うん、そうさせてもらうよ。んじゃ、おやすみ」
微笑みだけではなく、彼の笑い声まで聞けてしまい、お得感を得たところで、再び寝具に潜り込んだ。
――コツン。
小さいとはいえ、一応は頭の輪郭から飛び出ている角が、頭部の近くに転がっていた石にぶつかった。
(そうだ……街についたら、一応隠すようの何かを考えないと……)
何か良い案はないかと考えながらも、得られた安堵のほうが大きかったのか、意識はあっという間にまどろみの中へと落ちて行った。
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