1-5 種族の特色

 ラディスに連れられ、再び狭い船内の通路を通り、案内された先は『二等客室』と書かれた区画の一部屋だった。

 部屋の内装は右の壁が二段ベッドとなっており、部屋の半分を占領している。左の壁には二辺がおよそ〇.五mほどの作り付けのテーブルと、それにあわせた背もたれ付の椅子が二脚。そして正面奥の壁には、外の海原を見ることができる小さな丸窓がある。ベッドの幅だけで部屋の半分が埋まってしまうほどの小さな部屋であった。

 二等客室と書かれている通り、この部屋は船の中でも比較的広いほうに分類されるようで、更に一つ下の三等客室では両側の壁面が二段ベッドであり、テーブルなどの寛ぎの空間は無く、相部屋にもなりやすいらしい。ちなみに、等級がついた客室は乗船料に室料を加えた額が必要であり、乗船料のみでは、絨毯が敷かれた程度の大部屋で雑魚寝となるようだ。この部屋に案内されたという事は、今夜の布団はこの二段ベッドとなるだろう。

 しかし、カキョウはどうなる? 乗船料だけの支払いしかしていないので、彼女は雑魚寝の大部屋に移動しなければならないことになるのか? いや、女性の彼女を雑魚寝部屋に追いやるなんて、世間知らずの自分でも、そんなことはできない。

「二人ともここで少し待ってて」

 そういうと、ラディスは足早に部屋を出て行った。

 取り残された俺とカキョウは、ただ突っ立って待っておくのも変だなと思い、それぞれの武器を左側の空いた壁に立てかけて、カキョウが部屋の奥側に、自分が入口側の椅子に座った。

 改めてカキョウを見ると、世の女性というものは本当に小さいのだなと感心してしまった。

 比較対象であるネヴィアの場合、こうやって面と向かって着席している状況でも、ネヴィアのほうが頭一個から二個分ほど高いために、俺のほうが見上げないといけない。現在の俺とカキョウでは真逆の状態であり、彼女が俺より頭一個分ほど低いのだ。

(カキョウとネヴィアが面と向かって座ったらどうなるんだろう)

 単純計算なら三個分の差ができるのだろうが、それこそ体格の比率自体が違うために、個数以前に大小での違和感が起きるのではないか?

「えっと……、アタシの頭、なんか変?」

 彼女の頭の輪郭をじっと見ていたために、目線はあっていなかったものの、自身をじっと見られている感覚は、さぞ気まずかったものだろう。

「す、すまない。……その、角って本当に頭から生えているんだなと」

 先程、背についての失言をしている後ということもあり、咄嗟に出てきた返しが角についてだった。

 自分が分類上は純人族(ホミノス)であることや、今まで生きてきた環境での周りの者が巨人族(タイタニア)であるという事を知った今だからこそ、彼女やラディスのような本の中でしか認識していなかった種族との出会いが新鮮極まりないのだ。船長や中年女性、甲板に出ていた乗船客、船内ですれ違った人々だってそうだ。見るものすべてが興味の対象である。

 そして目の前には、自分の目線の位置に最たる興味対象として角があるはないかと、再確認している。

「これ? そうだよ、ほら」

 そう言うとカキョウは机に突っ伏すように頭を突き出し、角の付け根に当たる部分の髪の毛を掻き分け、頭皮から突き出す角をしっかりと見せてくれた。角は元々太い一本の角であるが、根本より少し上の部分から二本に枝分かれしており、大きさにして彼女の手の平と同じぐらいの長さであった。

「角は頭蓋骨から生えてるんだな」

「詳しく話すと、頭蓋骨に角芯っていう突起状の骨がついていて、その上に角鞘っていう爪みたいな硬質の皮膚が被さっているの」

 彼女は頭を戻し、髪も整えながら、さらに詳しい話を話し出してくれた。

 この有角族の角は頭皮から骨が直接飛び出しているのではなく、爪のような硬質の皮膚による保護膜によって守られており、骨が直接外気に触れないようになっている。これは動物の角の中でも、牛の角に近い構造をしている。

「ただ、動物の角と違って、角芯から折れてしまうと、二度と生えないらしいの」

 まず、有角族(ホーンド)の角芯には類似例として出てきた牛と同様に血管が通っており、角を切り落とすと血が出てくるらしい。この血管は脳等の大事な臓器とも繋がった大事なものであり、この血管が傷つくと、それらの臓器を守るために血管を切り離し、外部からの感染経路を塞ぐ防衛機能が備わっている。

 この防衛機能による血管の経路がなくなることによって、それまで身体から送られていた角の成長成分が角に行かなくなることで、二度と成長しなくなるようだ。

 これはどんなに素早く、角の断面同士をくっつけて、治癒魔法を施したところで、防衛機能の発動が優先されてしまい、外見上くっつくこともなく、今後一切の成長がなくなる。

 と、解説はしてくれるが、彼女の周囲では角芯ごと折れてしまうような大事故が起きたことは無いために、彼女自身も半信半疑である。

「でも、先っぽとかは爪と同じで角鞘だけの部分が多いから、転んだり引っ掛けたりして、少し折れてしまっても再生するよ」

 つまり、日常生活の中でも頭をぶつけたり、転んだりしても、角芯部分に影響がなければ、表面となる角鞘は皮膚と同じように再生する。

「なるほどな……。いや、それを聞いて少し安心した」

「安心?」

「例えば、立ち上がろうとしたときに他の人にぶつかったりして、角を傷つけてしまったら、こう……脆くなりやすくなってしまうんじゃないかと思ったんだ」

 初めこそ、キョトンとした表情でこちらを見たが、安心の内容を聞いてると、口元を押さえて小さく笑い出した。

「あー、そうだよね。いやいや、角はそんなに脆くないよ! 角鞘は重ね着の服みたいに角芯を守ってくれるから」

 つまり、角鞘は角芯にとっても緩衝材とも防具とも言える大事な組織ということだ。確かにそんなに脆ければ、彼女のように大っぴらに角を晒すことは無いはずである。

 また、彼女ら有角族(ホーンド)は頭に角を有している関係で、衣服は彼女のような羽織を胸元で重ねるような衣類や、首元が大きく開いた服を好むようだ。タートルネックなど服を下から着用し、最後に頭に吸い付くような着方をする服装では、角が引っかかり、破いてしまうらしい。やはり角鞘があるおかげで、角芯が傷つかないようになっている。

 他種族とは、本当に不思議なものである。角が生えているだけの差しかないのに、身体自体に起きている変化の差や、体に合わせた生活様式の変化が、ここまで違うのかと感心してしまった。

「本当にいろんな種族がいるんだな」

「そうだねー。私も魚人族をまじまじと見たのはラディスと船長さんが初めてだったよ」

「そう? なら、僕らの特徴も見てみる?」

 突如、背後からの声に、声は何とか上げなかったものの、思わず肩が大きく跳ねてしまった。

 振り向くと、ラディスが折り畳み式の簡易ベッドと椅子を持って立っていた。

 背後に迫る気配に気づかないほど、自分はカキョウから得た新しい知識と見聞という経験を愉しんでしまっていたのだろう。

「おかえりー」

 入口側が見えるカキョウには、ラディスの来るのが見えていたので特に驚く様子はない。

 驚かされてしまったこっちとしては、「ただいま」と笑顔で返すラディスにちょっとしたイラを覚えてしまった。

「びっくりした……」

「ごめんごめん。脅かすつもりはなかったんだよ。よっと」

 ラディスは手に持っていた折りたたみ式の簡易ベッドを二段ベッドに立てかけ、俺から見て囲っているテーブルの右側に椅子を置き、そこに座った。

「それで、僕等シープルの特徴についてなんだけど……」

 魚人族(シープル)の大まかな特徴は、人体に魚類と似たような構造体を持ち合わせている。

 分かりやすいところでは、耳の外輪が軟骨で出来た数本の筋が天に向かって伸び、その間を帆のように薄い膜が張られており、魚の各ヒレのような姿形をしている。

 また、手の平を精一杯広げると、指の付け根と第二関節の中間を頂点とした薄い膜が張ってある。カエルの脚と同じく水かきの役割を持っているらしいが、それにしては小さい。

「昔は第一関節ぐらいまであったらしいんだけどね」

 この指の膜は世代を重ねるごとに短小化してきているらしく、原因としては船舶の製造技術の発達など水中での活動時間が減ったことや、他種族の血が混じることによる血の薄まりなど、様々な要因があるようだ。あと数世代重ねれば、この水かきが無くなり、純人族(ホミノス)と同じようなただの手の平になってしまうと言われている。

「そして、見えづらいけど、最大の特徴がこの鰓だね」

 そう言って、今度はラディスが机に突っ伏すように前のめりになり、ヒレ状の耳の裏側を見せるように、耳を前に折りたたんだ。

 耳の裏、顎の付け根の皮膚に、二本の"切れ目"があった。

 切れ目の奥はまるで血管のような真っ赤な色の襞がびっしりと敷き詰められており、脈打つように小刻みに動いている。

 程なくして、切れ目は皮膚に溶け込むように閉じた。

「ごめんね。ここ、長く開きっぱにはできないんだ」

 詳しく言えば、魚人族の耳の下についている切れ目は本物の鰓であり、口から鰓に水を流す事で水の中に含まれる微量の酸素を鰓で取り込む。また、鰓の開閉を利用して三半規管や体内にかかる水圧を調整するために、水中で長時間の活動を行う事ができる。

 水中にいる時は鰓が自然と開き、それに合わせて気道と食道の入り口が同時に閉じられるために、水中以外で鰓を開くと呼吸が止まった状態になる。

 魚の鰓呼吸と大部分で同じ原理であるが、魚人族(シープル)の鰓には栄養摂取機能が無いために、食事は他の種族と同じく食道を通して、胃で栄養を摂取する。

「いや、無理させてすまない」

「気にしないで。僕から見せたんだし」

 ゆっくりとした動作で、押さえつけていた耳を元に戻すラディスは、小さく一息つくと、改まった表情でカキョウの方を向いた。

「さてっと……そろそろ聞かせてほしいんだけど、カキョウちゃんは何で密航したの?」

 旅行目的にしては危なすぎる橋である以上、何かしらの事情があってのことだろうとは思っていた。こちらから旅の同行を願い出たとはいえ、聞いておきたいところではある。

 ラディスも俺が箱詰めで国外で出されたのが計画的なものだとして、素性の知れない計画外の者を、勝手に増やすわけには行かないんだろう。

 彼の言葉に酷く目を泳がせたカキョウは、次第にうつむいた。

「その……家出……なの」

 小さく発せられた言葉の先は、とにかく家に帰りたくない、誰も自分のことを知らない場所へ行き、家に引き戻させないためだと語った。

「にしては、随分と思い切った行動だよね」

 この世界では、中型以上の船は基本的には国外との貿易船や渡航目的の定期船を指すものであり、この乗り合わせている船もコウエン国から交易品を載せ、ティタニス国を経由して、サイペリア国へ行くものだ。港に停泊していたのなら、船の行き先も自ずと国外である事は分かるものである。

 家出とはいえ、国外に出る予定の船に密航となれば、捕縛された際には国に強制送還され、様々な前科まで加算されるほどの危険極まりない行動であることだ。

「いや、つい……というか、港に行ったら、たまたま船があったから……」

 嫌な予想は的中するものだなと、つくづく思ってしまった。

 危機感を持っていれば、計画的に国外へ行く事だってできただろう。

 だが、俺も危機感が足りないと思う。

 素性も知れない相手に、突然旅のお供を頼んだのだから、軟派的行動と捉われるだろうし、彼女側からも危険人物と思われても仕方がない事案である。

 互いに怪しみだしたらキリが無い。

 が、着の身着のままで、何か荷物を持った様子もない今の彼女の姿からは、計画性も無く感情的にポッと家出したという事は、真実のように感じる。

 考え出せば俺とカキョウの行動は、ラディスから見ればつくづく呆れたものだっただろう。

「見つかった相手がいろんな意味で、彼でよかったね」

 いろんな意味の中には、命の危険以外にも何か含まれているのだろうか?

 ただ、ラディスの言う通り、出会ったのが俺でよかったのかもしれない。別に彼女の命を取って食おうという気は起きない。どちらかといえば、傍で常識を教えてくれる仲間が欲しいのだ。

「うん……ダイン、本当にありがとう」

 顔を上げたカキョウは、改まって深々と頭を下げた。

 他人から見れば俺の行動は奇抜なものだったかもしれないが、あらゆるものが無い今の自分にとっては、何かに縋りたかった心の現われなのかもしれない。

 だから彼女にとっての救いは、俺にとっての救いでもあるのだと思う。

「いや、お互い様だから気にしないで欲しい」

 これが今の俺から出てくる精一杯の言葉なのだ。

 彼女から何処がお互い様なのかと問われるが、少なくとも今こうしてゆったりとした時間の中で、世界の常識を吸収できる時間が持てたのも、今の俺にはありがたいものだった。

 そんな事を考えていたら、腹部から盛大な音が鳴った。

 ようやく、腰をすえて落ち着けたために、心も身体も安心しきったところで、身体の生理的機能が本稼動し始めたのだろう。理解してしまえば、腹に生まれた空腹感の支配速度は異様に速く、船の揺れと共に気持ちの悪さがこみ上げてくる。

 こちらの腹の音に呼応するように、カキョウのほうからも大きな空腹を訴える音が響き渡った。

 腹を抑えながらも、頬を赤らめる彼女の姿が、どことなく可愛らしいと思ってしまった。

「アハハ。二人とも戦った後だし、ダインは起き抜けで、カキョウちゃんも船に乗ってからは、まともに食べてないんじゃない?」

 確か、この貿易定期船はティタニス国の港町ヒュージェンよりも前にコウエン国の港町スイレンから出発しており、そちらも海の状況次第で二、三日間かかる。また、ヒュージェンでの停泊は荷物の積み替えなどで一日停泊する。最大でも五日間はまともに食事をしていない可能性がある。

「う、うん……飛び出した際に、持ってたお金で少しは……」

 少しと言っても二日間で、各二食分ずつしか確保できなかったらしい。航程はスイレンから停泊も含めると既に四日経過。つまり、一日一食ずつしか食べておらず、水も今日になって底をついた。一応、最悪の形は回避できた状態ではあるものの、空腹に加えて先の戦闘と、彼女の喉と胃袋は限界に近く、彼女の顔は少し青ざめ始めている。

「そっか。ちょうどお昼だし、急いで食堂に移動しよっか」

 俺とカキョウは、互いに腹の虫が大声にならないよう祈りながら、ラディスに食堂へと案内された。

 それからは、船長の言葉通り襲撃が無く、目的地到着までの間、平和な時間が流れた。

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