1-15 戦闘終了報告

「ダメ!!」

 今まさに、剣を振り下ろそうとしたその時だった。視界の横から差し込まれた、三度目の赤。流れる髪。大きく開かれた瞳。俊足をもって目の目に割り込み、両腕を広げ、自分を止めんとするカキョウ。

「カっ……!」

 しかし、振り下ろしの慣性はもう働き始めている。必死に止めようにも、自分の身丈と変わらない大きさの剣は、重力と腕力を得て、もはや勢いを殺すことができなくなっている。

 そう、このままでは、彼女を、周囲の真っ赤な池と同化させてしまう。

 再び映る、白の中で黒になり行く、深紅で真紅。

 それを、自分が、引き起こす?

 ダメだ、ダメだダメだダメダ。それは絶対、ダメだ。

 だが、止まらない。止められない。

「……そうそう、待ちなって」

「っ!? ……カッハ!」

 耳元とで突如聞こえてきた男の声と、鼻の奥を貫かんとする濃い煙草の臭い。声と臭いに気を取られた次の瞬間、視界からカキョウが消え去り、鬱蒼とした木々の間から見える青空が見えた。追って、背中と後頭部に強烈な痛みが走り、空気が肺から急激に抜け出る。

「ひっ!! ダイン! 大丈夫!?」

 そして、空を遮るようにのぞき込む、カキョウの焦った顔。一瞬の間に、何が起きたのだろうか。地面に大の字に寝転がる自分。打ち付けられた順に痛みが大きい。カキョウとは違う別の誰かに、引き倒されたのだろうか?

「飲まれるには、早すぎるっての」

 口調は似ているものの、その声はトールのものではない。目線だけを声のほうへ向ければ、衣類にいくつかの切り傷をつけつつ、煙草をふかした浅黒い男――傭兵会社のカウンターでゆるやかに仕事をしていたジョージが立っていた。

 しかしその姿は、カウンターで見かけたときのものから少し変化している。相変わらずタバコは吸っているものの、だらしなくずり落ちていた黒いガウンは肩まで上がっており、首元で金色に輝く留め具によって固定され、まるで戦場の仕事着や正装と言わんばかりに、正しく着こなされている。

 そんなジョージの姿を観察してしまったひと時の間に、ジョージの発した“飲まれる”という言葉が引っ掛かった。

(――そうだ、俺は『殺意』に飲まれ……、カキョウをっ!?)

 状況を理解してしまえば、ありとあらゆる感情とともに、胃の中身が押し出されてきた。それは必要に迫られた『殺』とは全く別のモノ。嫌悪、憎悪、侮蔑。負と分類される黒い感情たち。嫌い、見たくない程度の嫌悪はいくらでもあったが、ここまではっきりと相手を排除したいと思ったのは初めてだった。できるなら、こんな感情を抱かず、また抱かれずに済めばよかったのに。

 そんな感情に身を任せた結果、カキョウを手にかけてしまう寸前だったことに、体の震えが止まらない。

「ダイン! い、いま摩るから!」

 そう言ってカキョウは、上半身を軽く起こしていた自分を無理やり横向きに転がした。再び転じた視界の先には、森の木々とシスター・ルカの半歩前に出て、盾役を買っているラディスが映った。トールの姿は……今の視界内には見えない。

(しかし、君は……なんて、強いんだ)

 グローバスとともに殺してしまうところだったのに、カキョウは今、自分を介抱しようとしている。

 奴の足を斬り取った時もそう、『切ってしまえば』の言葉だけで片づけていた。剣の腕に覚えのある家出娘と言ってはいたが、本当に自分なんかよりも、彼女のほうがずっと先を進み、強い心を持っているじゃないか。

「ごめん……、無理だった」

 おそらく背中を摩ろうとして、鎧に阻まれたのだろう。申し訳なさそうにしょぼくれた顔で覗き込まれた。

 本当にカキョウの表情は、コロコロと変わる。今、情けないと思ったこと自体も和らげるほど、彼女の表情は自分にとって最強の治療薬である。

「気にしないでくれ……。それと、止めてくれてありがとう」

「どーいたしまして」

 ほら、また変わる。今度は誇らしげと言わんばかりの笑顔。じんわりと胸の奥が暖かくなり、吐き気も消え去っている。

「よ。手荒にして悪かったな。ま、休憩してなって。こっからは俺らの仕事だから。な? トール」

「へいへい。向こうの治療と拘束、終わったぜ」

 そんな夢見心地もジョージとトールの声によって終わりを告げる。改めて見たジョージは右手に黒塗りされた大型のクロスボウを持ち、トールが武器をしまった状態で視界の奥、グローバスという肉の山が転がるほうから姿を見せた。

「あー、わりぃが、これもいい?」

 そう言ってジョージはきっちりと羽織りなおしていたガウンの下から数本の棒のような物を取り出し、ぼやいていたトールへ渡した。

「ちょ、そういうのは一度に渡してくれよ」

「互いに片手で持てる量なんて、たかが知れてるだろうて」

「あーはいはい。人使いの荒い先輩だこって」

 トールは渡された物を一瞥すると速やかに、まだ耳障りな再生の音を立てる肉の山の向こう側へ駆けていった。この動きは、渡された物の意味やこれから起きる変化について把握しており、これらがトールの傭兵としての経験や、ジョージとの間に築かれた信頼関係といった、多くの長さからきているものだと分かる。

(ならば、彼は……いつから、どれだけの『殺』と『殺意』を乗り越えてきたのだろうか)

 彼とは年齢が近いのと同性であるということ以外は、まったく共通点が無い。種族、生まれた場所、育った環境とありとあらゆる要素が違いすぎるために、比べようがないことは理解している。

 それでも監禁という家の壁一枚というだけで、世界というのは大差ないと、どこかで希望を持っていたのかもしれない。

 結局、自分が殺されそうになったその時まで、たくさん守られていたのだと。自分の想像をはるかに超え、生きるということが普通に『殺』と隣り合わせなのだと、今なら痛感できる。

 そんな『生』と『殺』に溢れた外を選んだのは自分であり、後悔はしていない。これが自分の在るべき場所。目の前の光景は、まさにこれから歩むべき道。今、目に焼き付けておかなければならないと、カキョウに支えられつつ、重たい体をゆっくりと起こした。

「ギザまぁ、ネずトの……!」

 肉の山が動く。常人であるなら出血多量や痛覚によって、意識が飛んでいてもおかしくない状況で、グローバスは腹ばいになりながら、こちらに近づこうとしている。

「お前さんも、ほんとすげーよな……こんな体になってまで、何が欲しいってんだ」

「……ずベデだョ……スべでナンだよぉ!! おデザまバな……、ヅよいんダァ、ザイきょうなんダ……! 愚民ドモは、オデさまに支配されて、当然なんダぁヨ!!」

 慣れ始めたとは言え、グローバスの咆哮による圧は骨身に染みる。

(全てか……)

 大量に服用したポーションによる影響なのかは分からないにしろ、この者の根底には力への羨望や支配欲、差別意識があまりにも大きく、そして根強く存在していたからこそ、このような状況になっても、同じことを繰り返せるのだろう。

(……結局、タイタニアだからか)

 皆が巨人族と表現するように、恵まれた体格と筋力に溺れ、他種族を矮躯と蔑む、自分が見てきた大多数の大人たちと変わらない思考。こんな考えの者たちばかりじゃないことは知っているからこそ、目の前の存在がティタニス国の、巨人族の膿そのものだと見えるのだ。

「……なぁ、グローバス。俺は警告したよな? その思い上がりを止めないと、出るとこ出るってよ」

「うルぜええエえ!!!」

 呆れを過ぎて、もはや憐れみとなった物悲しい眼差しを向けるジョージに対し、グローバスも渾身の、最後の一撃と言わんばかりに、巨大な拳を振り上げた。

「はぁ……悪い子は、大人しくおネンネしてな」

 だが、巨大な拳よりも早く、ジョージの右手人差し指が、巨人の眉間を捉えていた。

「――パラライズボルト」

 ジョージの指先から炸裂した青白い火花。見慣れた雷属性の輝き。火花が地を這う大量の蛇を思わせる動きで、グローバスの眉間から体を伝い、消えた足先まで駆け抜ける。

「ナ゛、ナにを、じダ」

「なーに、一般的な麻痺魔法だよ」

 対象の体内に静電気を流し込み、生体電流の方向を捻じ曲げ、動きを封じる雷系統の代表的な身体異常を付与する魔法である。見た目の派手さに比べれば、相手に与えるダメージは皆無であり、発光に気づかれなければ、相手をやすやすと全身麻痺に追い込むことができる。幼馴染のネヴィアや雷拳のラッツのように、一度武器に付与しておき、攻撃と同時に麻痺を与える場面が多く、ジョージのように直接放つのは少なくなっている。

「う、ご、ウゴかナいぃ……」

 このように、術者の練度や意識次第では、麻痺させる部位や範囲を任意に変更することができる。対抗策としては、装備品に絶縁性の高い素材を使用するなど行えばよく、鎧の関節やアンダーウェアには頻繁にゴム製品が用いられている。

「設置完了したぞ」

 そして、頃合いとばかりに、山の向こうへ回り込んでいたトールが手を振った。彼の足元には、ぐしゃぐしゃになっていた顔や突き出た骨もすっかり消え去り、麻縄で雁字搦めに拘束された、まだ意識の戻らないラッツとガナンが寝転がっている。

 また、グローバスと寝ているラッツ、ガナンの周囲には、トールが手渡されていた棒のようなものが三人を取り囲むように、等間隔に刺さっている。

「ありがとさんよー。んじゃま……バットスターズのグローバス、ラッツ、ガナン。度重なる脅迫、暴行、強盗などの罪により、ポートアレアおよびサイペリア国衛士に代わり、マーセナリーズ・ネスト ポートアレア支部 支部長 ジョージ・ファンゴが貴様らを捕縛する」

 それまでのおちゃらけた雰囲気とは打って変わり、ほんのりとハスキーの混じる声が場の空気を張りなおす。全方位が操り糸によって張り詰められた空間とさえ思えるほど、息を飲み、体が動かない。

(……ん? 今、支部長って)

 今思えば、自分の素性や作戦の詳細を把握しており、かつこんな大作戦の人員配置の権限を持っていりと、それこそなんらかの“長”が持つものばかり。特に救出隊のほうへの新人起用なんか、ただの窓口役では決定できるはずがない。少し考えれば、分かることばかりじゃないか。それだけ、あの気だるそうな態度によってうまく隠されていたといえる。となれば、トールがドついてやりたいと言っていた相手もこの人であり、今ならその気持ちが少し分かる気がする。

「――トラップ・トランスポート」

 張りつめていた空気は、ジョージの右手に握られていた黒塗りのクロスボウへと集束され、魔法名と共に撃ちだされた。

 クロスボウから放たれたボルトと呼ばれる短い矢は、グローバスやラッツ、ガナンには当たらず、その手前の地面に突き刺ささり、同時に強烈な閃光が炸裂。周囲を雷属性特有の白紫色の光で包み上げた。

 光は程なくして消え去り、また光に包まれていた三人は消え去っていた。

「えっ、えっ、アイツらどこにいったの?」

 自分の隣で一緒に見ていたカキョウが、目を皿のようにして周囲をぐるんぐるん見渡している。驚いたのは自分とシスター・ルカも同じで、周囲のどこかに移動していないか、視線で探している。

「ああ、俺の罠魔法でポートアレアの牢へ直接送ってやったのさ」

 こちらが驚いている中、やり切りましたと言わんばかりの満面の笑みである“支部長のジョージ”が、放ち終わって弦が弛んでいるクロスボウで肩たたきをしていた。

「ジョージさんって、魔術師なの?」

「少ーし違うんだよねぇ。俺は罠師(トラップ・マスター)ってやつで、魔法だったり実際の罠だったりを前もって設置し、活用するのが得意な奴なんだよ。さっきのなんか、一日一回しか使えない大魔法なんだぞ。どーだ? すごいだろ?」

 この気だるい支部長が言うように、対象物を移送させる魔法というのは高位魔法(ハイマジック)に分類されるほど、使用する難易度が高い魔法である。そもそも、移送魔法とは厳密にいえば対象物を長距離移動させる魔法であり、対象物を移動させる動力、正確な着地座標の設定、移動を完了させるための途中を維持するための構築、これら全てを安定させる術と、複数の魔法的な要素の組み合わさりによって、はじめて一つの魔法となるために、術者は大量の魔力を消費させられる。

 彼の場合は、これらの中でも着地座標の設定をあらかじめ牢屋に書き込んでおり、安定化の術として発射したボルトとトールに手渡した分に術式を書き込んでおくことで、術者の負担を減らしてるとのこと。

 このような事前の準備やあらゆる物への術式を“書き込む”ことを得意としているからこそ、罠師と呼ばれるようになったと、いつの間にか横に来ていたトールが耳打ちしてくれた。

「そうだ、ジョージ殿は支部長だったのですね」

 自分も彼のことをまだ事務職員と思っていたのなら、カキョウと同じくさん付けだっただろう。

 しかし、相手は完全に目上、格上。見下していたわけではないにしても、それはネストに就職できれば、相手は明確な上司ということになる。そうでなくとも、あれだけの難しい魔法を扱える人物となれば、強者に対する本能的な恐れが生まれ始める。

「少しは驚いてくれたか? まぁ、どうせ、あれだろ? ぽく見えなかったって言いたいんだろ? ま、あんな戦闘した後だから、無理にとは言わないが、肩の力抜きな。本物かどうかは、そこの二人見れば分かるって」

 自分の中に生まれていた恐れと疑いを、あっさりと見透かされてしまった。

 促されるまま、まずは横に来たトールを見れば、ジョージに対する見事な呆れ顔をしている。先のドつきたい発言といい、この表情といい、先ほどの流れるような連携作業といい、本物なのがよく分かった。

 続いてラディスを見れば、こちらに対してありありと分かる笑顔寄りの苦笑を投げかけていた。こういう場面が過去何度もあったと見ていいだろう。

「まぁ、少しは。ただ、色々と納得しました」

「そうかいそうかい。んま、昔はバリバリ前線張ってたんだが、ポートアレア支部作るときに押し付けられちゃってね。ちなみに窓口嬢や事務職員は、いつでも募集中だぜ? 誰だって、かわいい女の子に対応してもらったほうが癒されるじゃん? というわけで、どう?」

「えー!? いやぁ……遠慮しときます。あんな厳つい人たちに囲まれたくない……」

 まぁ、そんな急に振られたところで、カキョウもすぐすぐには答えようがないだろう。彼女の言うように、自分もあの何をどれだけ仕留めてきたかを競いそうな強面な先輩たちに囲まれながらの事務処理は、考えただけでも胃が痛くなる。オオカミの群れにではなく、もはや熊の群れに放り込むようなものだ。

「うーむ、それはタイミングが悪かったな。あの時は、今回の作戦用に他の支部から、“ああいう顔”ってことで来てもらった連中でさ。うんま、気が向いたら、声かけてね」

 街の若者上がりであったバッドスターズのことを考えれば、相手に舐められないような屈強かつ強面の者を並べたほうが、十分な威圧になるだろう。

「んで、我らが上司様が来てくれたことだから、街のほうも片付いたってことだな。……捕縛した奴らの処分はどうなる?」

 この暖かな雰囲気で忘れかけるところだったが、まだ自分たちは状況の最終確認が終わっていない。脱線した雰囲気の切り替えとして、トールから少し張り詰めた圧を含む言葉が発せられた。

「下っ端連中はポートアレアで拘留し、追って決定。グローバスは明日、首都へ移送。使用したポーション等に関する分析後、大獄送りだそうだ。

 ついでに言えば、今回の作戦は交渉の前に、お相手さんがほとんどの手勢を連れて街に来やがってな、交渉に応じるどころか馬鹿正直に正面切っての物量による侵攻をかけてきたんだ。人質かその偽物のどちらか連れてるだろうと気を張ってたら、これがいなかったんだよね」

「はぁ? 人質なしに? って、正面切ってって、まさか西から堂々と? こんな真昼間から?」

 トールが疑問視した内容については、自分も引っかかる点であった。人質を取っておきながら、交渉場ないし戦場に偽物すら用意してなかったというのも妙な話である。何のための材料なのだろうか。

(街の地形は確か……西側に海、東側に大平原へ出れるたった一つの玄関口、北と南は森と山……)

 ポートアレアの教会に続く丘から見た街の全景を思い出してみた。街は大陸の西海岸沿いにそびえる山壁の合間にできた土地を利用しており、出入りについては海側の西か、平原側の東しかできない構造になっている。

 今回は平原側での攻防戦と思われるが、平原側の出口は一つの巨大な門扉だけであり、攻め入るにも誘き出すにも、この玄関しか利用できない。言い換えれば、平原側の玄関さえ攻略すれば、街を抑えたのも同然といえる。

(それなら少数精鋭で南北の森から強襲をしかけたほうが……、それは街側もわかっているから、まずそこを固めるか)

 街の北側の七割強は海から続く山肌であり、残る三割がシュローズ教会の敷地となる丘であるため、教会を拠点に迎撃拠点を作ればいい。南側はほとんどが山であるため、考慮する必要はほぼない。

「街が手薄状態って情報を流してあったんだよね。なら、物量に物を言わせて、無理やり街になだれ込んでしまえば勝てるって思ったんじゃない?」

「けどさ、いくら手薄だからとはいえ、街の壁を攻略するには、まず防衛についてる奴らを引きずり出さないと無理じゃないか? それをどうやるつもりだったんだってこと」

 ラディスから出された答えも、そこはら発生したトールの疑問も至極真っ当なものだと思う。結局は、相手が人数を揃えたところで、“街の壁”というものを攻略しないことには、そもそも街に入れない。

 そこで役に立ってくるのが人質であり、相手側はこれを最大限に利用して、街自体を空っぽにしてしまうほうが得策であったはず。人質を前に出さないのなら、何のために誘拐したのか分からなくなる。

(待て……、確かに人質の解放は街の目的であるが、そもそも作戦の主目標は、バッドスターズ自体の殲滅。これを理解していたからか?)

 バッドスターズの壊滅作戦自体は、人質救助よりも以前から思案されていたことであり、これを察知していたのなら、あくまでも人質というのはバッドスターズ側から提示された開戦の合図ではないだろうか。

 そして街からも自分らを視認しやすい平原側に陣取っていれば、街側は討伐目標というニンジンを目の前にぶら下げられた馬のように、自然と前へ出てくる可能性もある。また、膠着状態が続けば、おのずと日が落ち、めんどくささ満点の野戦へと突入してしまうために、双方に焦りが生じ始め、どちらかが動き出す可能性はさらに大きくなる。

「ま、結果として遠戦で対処しつつ、お前たち以外の遊撃隊に戻ってきてもらってーの、挟撃による包囲殲滅戦に切り替えたってわけ。そしたら、途中で総大将のグローバスが消えたもんだから、相手さんは大慌てになって戦線崩壊。強面連中を前面に出したら、すーぐに全員降伏してくれちゃったよ」

(将が抜けただけで、戦線崩壊? 指揮系統……いや、相手は軍じゃない。……依存先の消失?)

 戦線崩壊の理由が依存先となるカリスマ的存在の消失なら、消えた時点からのパニック状態もあり得る話だ。

 そもそもバッドスターズの変化自体も、新しいリーダーであるグローバスの出現によるものであり、此度の行動からも、あんな道徳破綻者でもカリスマ性によって人心を握ることはできる。その掌握方法は? カリスマの出どころは?

「そうか……力の誇示」

 移送される直前まで、弱肉強食の強食者側と叫び、弱者に対する支配意識を持っていた。しかもにポーションによる肉体改造を施してまでも、ひたすら求めたのが“力”だった。実際、雷拳のラッツと小剣使いのガナンは、グローバスの何らかの言葉や態度に惚れ込み、付き従っていたように見れた。集まった連中も同じように、力に魅入られた、もしくは力の傘を借りようとしていた者たちだったなら、依存先の消失によるパニックと崩壊も分かりやすい。

「……イン」

 あれだけ力に固執し、見せびらかすような行動となれば、グローバス自身の肉体強化を盛大に披露する場面を欲しがるかもしれない。シスター・ルカの誘拐自体は、開戦の合図というより舞台を用意するための布石、もしくは観覧チケットの配布みたいな意識か? 平地戦闘での利点でもあり欠点でもあるのが見晴らしのよさであり、それこそ大立ち回りを見せびらかすには、絶好の舞台となる。トールの真昼間という言葉も、正午から夕方にかけては、空の移り変わりも激しいために照明と考えれば合点がいく。

 街の外におびき出す方法は、単に自分を狩らなければならない存在として見せつけること。そうすれば、街の守備も自然と外に出てくると踏み、それを華麗に返り討ちにする自分の姿を想像したことによる行動か。

 しかし、その力に惚れた者たちを顧みることはなく、ただひたすら己の力のみを信じ、己の力のみを愛した男であり、まさに弱肉強食を体現する暴君そのもの。必要悪を超えた害悪となり下がってしまったということだ。

 その結果は、部下も含めた全員の捕縛に加えて、自身はこのサイペリア国でも重罪犯罪者が行きつく最終監獄と名高い『大獄』への投獄が決まった。

(終始、自業自得という言葉しか浮かばないな)

 同じ巨人族(タイタニア)のあふれる中で生活してきた身としては、環境による変化がここまで著しいものだと、千差万別の域を超え、その存在を理解すること自体を諦めようとしている自分がいる。

「ダーイーン!」

 その声によって心臓がえぐられ、全身の毛が逆立つ程の痛みに似た衝撃という驚きによって、現実に引き戻された。見下ろせば、軽くふくれっ面顔をしたカキョウが、微笑ましい睨みを利かせている。

「もう、何ひとりぶつくさ言ってるの?」

「ああ、今回の相手側について……って、声に出てたか?」

「小さくだけどね」

「そうか……気を付ける」

 ある意味、彼女がここで声をかけてくれて正解だったのだろう。あのまま考えこめば、人生やらとか考えだし、戻りづらい深みにはまっていたはずだ。また一つ、彼女に救われてしまった。

「……でもさ、なーんか、前にもあったような」

「あったな」

 それは昨日、出会ったその場でのやり取りの中。一日前のことなのに船上での戦い、海竜騒動、そして先ほどまで繰り広げていた戦闘と、あまりにも濃密な時間を過ごしたために、自分たちの出会いはすっかり遠くの出来事のように感じてしまった。

(だが、これから本当に遠くなっていくんだな)

 今日の作戦の後、どんな結末になろうとも、彼女との旅は約束されている。その中で、いろんな物事が思い出となり、積み重なり、二人で遠くを見つめるよう、思い出すんだろう。

「……さて、話を戻させてもらおうか。まぁ、この血の池地獄の中、全員よく無事でいてくれた。支部長として、改めていわせてくれ。――よく頑張ったな。お疲れ様」

 口にしていた煙草を足ですりつぶし、猫背の姿勢をまっすぐ伸ばし、本当に改まった姿のジョージにだらしなさは消え去り、まるで成長した子を見守る親の顔になっていた。似た顔を見たことがある。三年前、幼馴染のネヴィアが見習い騎士の試験を突破したときの養父グラフの顔と同じ。相手を見据えつつ、力強く上がった口角。まさに、今のジョージそのもの。

「んじゃ、そういうわけで、シスター救出任務及びポートアレア防衛戦及びバットスターズ一掃作戦、終了!!」

「長すぎ長すぎ」

「ほんと、ネーミングセンスの無いおっさんだこと」

「うるさい!! ぼやくんじゃない! さー帰るぞ!!」

 そんな厳かな雰囲気も、本人がすぐにぶち壊し、呆れた表情でラディスとトールがツッコミを入れていく。おそらく、これが彼らの日常なんだろう。これが自分の日常となれば、楽しそうだと思いながら、足早にここを去ろうとするジョージの背中を、全員で追った。

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