1-3 初戦-ケンギョ掃討-

 船倉の次に繋がっていた世界は、“矮躯と揶揄されてきた自分と同じ背丈”の者たちがギリギリ一人ずつすれ違える程度の狭い通路や階段だった。先の大きな揺れによって船員や乗客たちが慌てふためき右往左往している。床に置かれた荷物に加え、人ごみによって一層狭くなった通路では、すれ違う人々と何度も身体がぶつかりつつ、進行を遮られる場面もあり、ラディスの背中を追うのがやっとだった。

 それでも……すれ違う人々の背丈が酷く目に付きく。

 老若男女それぞれに差はあれど、ティタニスにいたときに味わった『自分だけが世界から切り離された』と思わされる身長差はない。むしろ、自分とすれ違う人々は、目線よりも低い位置に頭の先が見えることが多々ある。カキョウが言ったように、外の世界においては、自分のほうが平均よりも背が高いらしい。

 乗員の多くは、ラディスのようなヒレ状の耳を持つ魚人族(シープル)で構成されている。また、動物の耳や尻尾を持つ牙獣族(ガルムス)と呼ばれる人々や、俺のように動物的な特徴を持たない純人族(ホミノス)と呼ばれる種族も乗客として多くいる。

 船の構造からも読み取れるものがあった。巨人族(タイタニア)が世界の最多人種なら如何なる船の構造も、その巨躯に対応した大きな構造体になっているはずだ。

 しかし、この船は魚人族や純人族の成人男性が二人すれ違うだけで幅を使い切るほど狭く、天井も巨人族ではぶつかるどころか、常に前のめりでないとその場に居る事すら難しい。もちろん、巨人族が乗り合わせることもあるが、その場合は巨人族用に大きさを調整された専用区画が与えられる。

 カキョウが言うように、外の世界では自分と似たような背丈の者たちで溢れているならば、巨人族用の区画とそれ以外の種族の区画割合は、必然と後者のほうが多くなる。この船だけの特別仕様かもしれないが、自分と似たような背丈の人々に合わせた高さの通路が、延々と続くのだ。

 つまり、これが『世界の本当の姿』なのだと、ヒシヒシと感じ取っている。

 こうして見ると、自分の今まで置かれていた状況が如何におかしく、世界と常識から切り離されていただろうか。小さい頃は、周りの大人たちから成長の遅れから奇形児だの、矮躯だのと罵られた時があった。俺自身の身体的問題が原因で元の家には不要と判断され、養子という形でグラフ殿に押し付けられ、自分の葬式なんてものまで見せられ、徹底的に存在を殺された。

 自分だけが世界に適合できない異端児だと思っていた。

 だが、ここには彼らの言う奇形児、矮躯、異端児たちで溢れかえっている。

 今なら、ティタニス国民が巨人と表現されるのも納得できる。

(俺は……、生まれる世界を間違えていたのかもしれない)

 これまで生きてきた十八年間が、ただの悪夢か他人の物語とさえ思えてくるほど、胸に生まれた戸惑いは小さくなかった。



 だが、今は何らかの非常事態であるために、頭の片隅に押し込め、ラディスの後をひたすら追う。このまま進めば甲板にたどり着くだろう、人工的な光源から自然の強烈な光に切り替わることによって、目が眩んでしまうかもしれない。

 そんな外の世界に対する淡い期待を描いていたが、到着した甲板の先には、想像していた景色とはまったく異なるものが広がっていた。

 空は雨が降りそうな暗い曇り空。はじめて見る海は、本で見た透き通る青ではなく、曇天の空がもたらす色彩の奪われたのっぺりとした灰混ざりの青色。

 そして、先ほどまで船体が傾くほどの大波が立っていたとは思えないほど、気持ちの悪い穏やかなものだった。

 どんなに荒れた後であろうと、海には『これぞ大海原!』というような青い空、青い海を期待していたので、不謹慎ながらも一人小さく落ち込んでしまった。

 不気味な穏やかな海とは違い、甲板は船内と同じように船員の魚人族を中心に、純人族や牙獣族が入り乱れるように右往左往し、耳に慣れた金属のぶつかり合う音がいくつも鳴り響いた。

 船員たちはそれぞれ薪割用の片手斧、自分の背負っているものとは違い明らかに小さいながらも、純人族や魚人族の者が片手で扱う同じ両刃剣のブロードソード、先端に返しと呼ばれる逆さ向きの突起を持つ銛(もり)と呼ばれた槍を携え、自身らの身長と同じか、それよりも大きな……。

「さ、魚!?」

 カキョウが叫ぶとおり、船員たちが戦っているのは巨大な魚だった。

 食卓に並ぶような魚ではなく、桃色に輝く大小不揃いの鱗、頭頂部にはカジキを思わせる前方へ伸びる細長い角。牙が剥きだしの巨大なアゴ。名は体を現すように、先端が異様に伸びた剣状のヒレ。

 見た目も奇妙ながら、最も異常に思えたのが器用に尾ビレと剣状のヒレを使って、ヒトや二足歩行生物同様に甲板上に“立って”いる。

 しかも、起用に片手腕を身体の支えに使い、空いた片腕で袈裟斬りや横一文字など、起用に攻撃していた。剣状のヒレに応戦する船員達の光景は、正に鍔迫り合いの戦場である。

「こいつらは、一体……!?」

「君も聞いたことがあるよね? あれが魔物(モンスター)だよ」

 動植物、またはヒトの中から生態が激変してしまい、従来の生態系を破壊する行動を取る異質な生命体を魔物(モンスター)と呼ぶ。

 大きな特徴としては、原点となる動植物よりも大きかったり、保持する毒素等が強力且つ濃縮されていたりと進化に似た変異を時間を掛けず、何らかの急激な作用によって、引き起こされている生物である。

 また、戦闘本能に若干の理性が入っており、動物的行動の中に戦略性が含まれる事が多く、的確に攻撃対象の弱点となる部分を捉えてくる。

 聞き及んではいたものの、正直、想像を超えた異形な姿と行動に吐き気を覚える。

「見てのとおり、カジキ系が変異したモンスターで、名前はケンギョ。ヒトを含めた様々な大型生物を食べるよ」

 肉食性の魚がいる事は聞き及んでいたものの、船員の魚人族や純人族と代わらない背丈の魚なら、想像に難くない。

 それなら、自分達もこれらの集団に混じって戦うべきなのでは?

「って、危ない!!!」

 背負っている巨人族用のブロードソードに手を掛けようとしていたその時、ラディスの叫びと共に、それは視界に入った。左前方、高さにして十m。距離にして五十mも離れている海面から、放たれた矢のように、こちらの頭部目掛けて飛来する一匹のケンギョ。

 見えている。化け物と視線が合う。このまま背中の大剣を抜いても、間に合わない。左腕のガントレットを盾代わりに前に突き出して、防御体勢を取る。それが間に合ったとしても、角がガントレットと腕を貫通し、本体まで到達するだろう。

 ダメだ、総じて間に合わない。


 ……しかし、自分がダメもとの体勢を完成させる前に、事が決した。

 視界に割り込んだ深紅。白銀に煌く縦の一閃。


 気づいた時には、自分の左脇の下からぬるっと這い出るようにカキョウが現れ、細身の曲剣である刀による高速の上段斬りが放たれていた。奇声を上げることなく、頭から真っ二つに下ろされ、自分達の両隣に半身となって転がっているケンギョ。

 その光景は圧巻の一言でありつつ、小さな違和感を覚えた。

 刃が鞘から抜かれる音、踏み込まれた床の音、あらゆる音が一緒くたになる程の高速剣。

 にもかかわらず、一切と言っていいほど、“魔力の流れ”を感じない。この世界の常人なら、意識無意識の差はあれど、一歩を縮めるために足に筋力増加と俊敏性向上、空気抵抗緩和の魔法を掛けるところだ。

 だが、彼女からはこれら魔法や魔力の類が感じられない。自身の肉体が持つ性能と、無駄の無い刀捌きによって生み出された、極めて純粋な一撃。

『君の剣の腕を見てみたい』

 その答えは、こんなにも早く返ってくるとは思わなかった。

 一言でいうなら、強い。

「ダイン!!」

 そう、見惚れている暇はない。振り向くカキョウの怒号で我に返ると、今度は右前方から二匹のケンギョが船員達の壁を抜け出てきた。

 しかし先程の一匹とは違い、床からの直接跳躍では速度も遅く、体勢を整えるにも十分な距離がある。

 背の大剣を抜きつつ、左足を大きく一歩前へ。左手で柄頭を握り、右手は完全には回り切らない指で握り壊さんばかりに柄を掴む。あとは、大剣そのものの重さを生かしながら、左手で引き落とすように、掲げた大剣を振り下ろした。

「フン!!」

 馬鹿正直に一直線に進んできた得物を狙うのは容易く、振り下ろされた大剣がケンギョ二匹を一度に両断。肉と骨の潰される音と共に、ケンギョ二匹の肉片と体液がカエルを潰したような音を立てて、巻き散らかされた。

 真剣での戦闘訓練は行ったことがあるが、この剣で実際の肉を斬ったのは、これが初めてだ。微弱ながらも刃から伝わる肉を引き裂く感覚は、料理用の肉を切るのとまるで違う。そもそも整形された切り身じゃないから、抵抗する骨と筋肉の感触が伝わる。

 加えて、視線の合ったケンギョの瞳には、明らかにこちらを喰らおうとする捕食者の意志が宿っていた。


 そう、これが外。

 これが俺の、これから生きる世界。

 街の中、壁の中というのが、どれだけ安全な場所だったか。 

 殺らなければ、殺られる世界。


 ここから、俺の生存戦争が始まる。


 そこからはもう、自分達を狙ってくる敵を、船員達に纏わり付く怪物を一心不乱に討った。

 自分の左でカキョウが切り捨てれば、自分が彼女の右で叩き切る。時には、刃が身体に対して水平になるよう前に構え、大剣を盾として利用した。

「――アクアショット!!」

 そして後方から、ラディスは周囲の水分を手の平に集めて、弾丸のように打ち出す水系の簡易魔法を、自分達が討ち漏らした個体や、鍔迫り合いで苦戦している個体へ当てて行き、次々に甲板へ転がしていく。

 転がったのを見計らって、自分や周りの船員達がカジキのモンスターの頭に、止めの一刺しを入れる。

 甲板にいる全員が、ひたすら、ただひたすら各々の武器を振った。

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