2-8 時間違いの面倒な刺客

 モールの町へ引き返し、襲撃してきた浮浪者六人を衛兵に引き渡すと、グランドリス大陸南部への旅路を再開した。改めて出発した時には、すでに日は登ってしまっており、朝靄もすっかり消え去っていた。日が高くなると、左手の鬱蒼としていた林にも木漏れ日が差し始め、歩いている街道全体が仄かに新緑色に輝いている。右手の若草色の草原とも相まって、緑あふれる空間となっている。

「まさか指名手配犯だったんだね」

 自分の手の中には朱塗りの筆でバツ印がつけられた一枚の手配書があった。そこには先ほど襲ってきた六人組の人相書きが印刷されており、賞金額も一人五〇〇〇〇べリオンと記載されている。

「そりゃー、元企業の炭鉱夫が追いはぎに強盗、殺人未遂に闇取引と、まぁ養護のしようがないほどの前科重ねてたらねぇ」

 そう語るトールの手の中には、指名手配犯を引き渡したときにもらった賞金が入った封筒がある。思わぬ軍資金に、当面の旅費は確保できたと満面の笑みが零れている。

 なんでも、今回引き渡した六人は、国内でも大手の採掘会社に所属していた炭鉱夫であり、坑道の枯渇による人員削減で解雇された者たちの慣れの果てだったようだ。

「その割には弱かったけど」

 数々の罪を重ねた重犯罪者というからには犯罪技術や戦闘力が高いからこそ、いくつもの犯罪を行えるものだと思っていた。確かに自分に襲い掛かってきた牙獣族(ガルムス)の瞬発力には肝を冷やされたが、最初の武器構えの段階から不慣れ具合がひどく、チグハグな印象があった。

「ようはさ、初めの内はテキトーにしてても上手くいっていたんだけど、指名手配されるようになると、隠すや隠れる技術もないから身動きが取れなくなって、食うものに困り始めたってことだろ」

 特に元々所属していた企業の名前まで知れ渡ると、採掘会社が印象悪化を防ぐための落とし前と言わんばかりに賞金を重ねたために、さらに身動きが取れなくなったらしい。

 耐えかねた限界の末に狙った相手が自分たちだったとなれば、完全に運に見放されたということだろう。加えて作戦でもあった『金持ちトール坊ちゃんとその取り巻きたち』に見事引っかかってくれた形となり、おいしく吊り上げさせてもらったということだ。

「ですが、解雇させられたからと言って、次の仕事を探さずに盗みや恐喝で即金を得ようとするあたり、人員削減以前の理由での解雇も考えれますよね」

 自分よりも四〇cmも高い壁(トール)の向こうから、ネフェルトの考え中という感じの声が聞こえてきた。彼女の邪推が仮に正解だとしても因果応報であり、間違っていたとしても人道から反れてしまった以上は、もはや犯罪者という烙印しか残らない。

「俺たちも手を染めた以上は、考えさせられる話だな」

 それは後ろを歩くダインからの言葉。職業柄や任務のためとはいえ、自分たちの手は真っ赤な血に染まっている。先ほどの戦闘も激化していれば、ルカの護衛を名目に相手を切り伏せることもあったはずだ。人の道ということなら、自分たちも十分に反れているのではないかと思う反面、これがこの世界の常識であるなら受け入れるのもまた常識なのだと考えさせられる。

「そういうことを十分考えた上で、俺たちの仕事を理解したのなら、守るべきもののために武器を振るえばいいさ」

 これでも一応、まだ女性を侍らせている坊ちゃんの形をとっているトールからの発言であるために、「トール様、素敵」などの言葉をかけることも選択肢の一つなのだろうが、そんな茶番を差し込むほどの空気でもなく、ただ先を行く先輩の力強い言葉として、胸に刻んだ。

「さてと……さっそく、武器を振るわないといけない場面がやってきてしまったわけで。全員止まって武器を構えろ」

 トールは立ち止まると再び林の奥を睨みつけながら、本日二度目の停止および抜刀命令。林側を歩いていたネフェルトを草原側に下げさせ、自分とトールが前に出る。ダインもルカの盾になるように移動した。

 ほどなくすると、左手の木漏れ日がさす林の中から、真っ赤な双眸を光らせつつ、身を低くしながら近づいてくる四足歩行の獣。オオカミの形をしており、体は限りなく黒に近い紫の毛並み。眉間に種族の力を象徴するように黒曜石に似た黒光りの一本角が生えている。数は四体。

「獣臭いと思ったら、ナイトウルフだと? こんな朝からどうしてだ?」

 コウエン国での名前は黒夜狼の名前で知られる完全夜行性の狼型魔獣(モンスター)であり、日の昇っている内は巣穴で眠っている。しかし今は日もそれなりに登りつつある朝七時。口から滝のような涎を流し、手負いの小鹿を前にする飢えた狼そのものだった。

「わわわわわ、私たち、絶対、おいしく、ありません!」

 ダインの小脇からビビり顔を覗かせているルカ。大柄な彼に守られるように後ろに隠れているが、見事にきれいに入りきっているあたり、ダインは完全な肉壁状態だ。

「一応、魔法で追い払えるか試しますね。

 雷精が敷きし裁きの軌跡、嵐となって蹂躙せよ――サンダーストーム!!」

 ネフェルトは自身の宣言通り、魔法の形状や属性といった様式を表す詠唱と魔法名を言い放った。直後、背後から弾けるような稲光が走り、車輪の走行痕に似た二本の並行する雷の軌跡が数組分出現すると、自分たちの周囲を囲うように螺旋を描きつつ、ナイトウルフたちへと螺旋の直径を広げつつあった。自分たちは、さながら台風の目の中にいるような、不気味な静けさと安心感に包まれている。

 追い払うと宣言した通り、ナイトウルフたちには直接当たらない程度の位置まで広がると、雷の軌跡は一瞬だけ強く弾けるように発光すると、雲散霧消のように静かに消え去った。

 しかし、その先には追い払われている予定のナイトウルフたちが、いまだによだれを垂らしながら、狂気の眼差しをこちらに向けていた。

「あらら……怖気づきませんね」

 夜行性のナイトウルフなら、強烈な光の明滅には極めて弱いはずだと踏んでいたが、相手は物ともせず……むしろ光そのものが目に入っていないかの如く目を皿にしたまま、最も近い位置にいた一匹が噛み殺さんばかりの牙をむき出しに、飛び出してきた。

「仕方ないねぇ、行くぞみんな!」

 トール自慢の巨大な三日月形の刃が、飛びかかってきたナイトウルフの脳天を直撃し、そのままの勢いで頭から真っ二つに引き裂いた。これが開戦の狼煙となって、人間及びナイトウルフの双方が駆け出した。

 自分のほうには一匹の大柄なナイトウルフが跳びかかろうとしたが、相手は空腹の極みなのか、短絡的で直線的な攻撃行動であったために、抜刀した刀をそのまま大きく開いた狼の口に滑り込ませるように走らせ、口から体を真一文字に切り裂いた。

 残るは二匹。その内の一匹がダインとルカのほうへ襲い掛かろうとしたが、大剣を盾のように前に構えたダインによって防がれ、押し返されるように弾かれると勢いよく地面に落ちた。ゆらりと立ち上がろうとしてきたが、弾いた勢いを利用して振り上げられた大剣がまっすぐ狼の頭を捉え、これを粉砕。

 残る一匹は、自分とトールの間を抜けて後ろに控えたネフェルトを狙うべく駆け出したものの……。

「我放つは雷帝の一閃、あらゆる全てを射ち貫け! ――ライトニング!!」

 待ち構えていたネフェルトから放たれた高圧縮の直線雷撃魔法の直撃を受け、強烈な電撃の前に一瞬で焼死体となった。

「も、もう終わり……でしょうか?」

「そうだといいんだけどねぇ……」

 ダインの後ろから不安げに治癒が必要な人を探すルカの言葉に、林の先にある新緑の外套をまとった山脈を見上げるトールは、決して楽観することなく、むしろ山脈を睨みつけるように低い声音で言葉を返した。



 野盗集団に襲われ、一度はモール出発自体をやり直し、夜行性の狼であるナイトフルフと遭遇してから三日が経った。

 周囲は新緑に生い茂った木々や草原の草花が徐々に減っていき、代わりに黄金色に輝く砂が入れ替わるように山を作っていた。空気からは水分が抜けたように口が乾きやすくなり、いよいよ砂漠の入り口といわれるカラサスの街に近づいてきた感じがしてきた。

 だが、そんな感傷に浸る余裕もなく、今は再び……否、三度(みたび)血のにおいの混じる空間にいた。

「もうっ! しつこいって言ったでしょうがああ!!」

 現在は正午を過ぎて、日が傾き始める昼三時。日の光が街道と林を照らす中、相も変わらず日の光と雷撃に怯えることのないナイトウルフの噛みつきを半歩ずらして回避すると、露になった相手の背中目掛けて刀を振り下ろした。背から入った刃はそのまま抜け、体を上下に離れたナイトウルフは二つの肉塊となって地面に転がった。

 最初にナイトウルフに遭遇してから今日までの三日間に、現在交戦中の分も含めて昼夜合わせて五回ほどの襲撃を受けた。昼間はともかく、夜間は前衛職となる三人が交代で見張りを行いつつ、魔術師であるネフェルトは周囲に感電気絶を起こせる程の電流によって作られた柵状の結界を張ることで、ナイトウルフの襲撃に備えた。

 結果、二回やってきた夜はどちらも襲撃が行われ、ネフェルトの結界が盛大に発動し、相手を感電死もしくは気絶させたのはよかったが、狼たちの悲鳴と感電音、稲光によって全員が目を覚ますこととなり、連日の戦闘も相まって疲労と眠気が限界まで来ている状態だ。

「ハァッ!」

 そんな体調不良とともに大柄で鈍足と読んだのか、ダインに対して二匹のナイトウルフが飛びかかってきたが、彼の巨人用ブロードソードが水平に薙ぎ払われ、地面に四つの肉塊が転がる結果となった。

「雷精が敷きし裁きの軌跡、嵐となって蹂躙せよ ――サンダーストーム!」

 この三日間で何度も見たネフェルトの強烈な雷撃は、これから攻撃を仕掛けてこようと構えていた三匹の狼を包むと、もともと黒かった毛皮を白い灰に変えてしまうほどの熱量を持って、三つの動かない塊を地面に作った。

「っと、今回はこれで終わりか?」

 自身の周囲に三匹分の死骸を転がすトールが、周囲を見渡し、耳を立てて、警戒する。襲撃の回数を追うごとに襲い掛かってくるナイトウルフの数は増加していき、今回の襲撃は十匹になっていた。そのために、トールがどんなに鼻を聞かせても周囲の死骸から放たれる匂いによって、新たな襲撃者の匂いを探り当てるのに苦労するらしい。

 生きるためとは言え、連日の襲撃すべてを合わせれば三十匹を超える狼たちを屠ってしまったことに、多少の罪悪感を覚える。

「ああもう……こんなの、いつまで続くの……」

 奪わずに済む命なら、そうしたいところなのだが、相手が殺しにかかってくる以上はこちらも相応に対応せざるを得ない。壁の向こうが弱肉強食の世界というのが、ヒシヒシと肌に伝わってくる。

「平原では、あんなに平和だったのに……」

 疲労の色が濃いのは皆同じであり、特に体力の少ないルカは、言葉に力が入っていない。彼女の言葉どり、商人のタブリスと共に横断したオルト大平原では、魔物(モンスター)や野盗の襲撃は一切なかったために、全員が波の変化ぶりに困惑状態の三日間だ。

 自分たちが通ってきた草原の街道は、サイペリア国の主要な港町であるポートアレアと西部地域の中継拠点となるモールといった貿易品の陸上輸送において、主要路であるために、自分たちの想像以上に整備され、定期的な討伐等が行われている可能性がある。

 だが、そこまで整備が行き届いているなら、知人だったとはいえ、わざわざ護衛を雇ってまで通過するという意味は何だろうか。

(あ……逆に何もしていない?)

 先日、トールとタブリスから西側と東側の間にある差別とも言っていい区別の話を思い出した。東側の思想ならば、たとえ東に流れてくる貿易品の保管や保証ですら、自己責任として西側で負担するよう義務付けられている可能性のほうが高くなる。故に、タブリスは念のためにと護衛を雇い入れ、往来する人々はすべて自己責任の下で行動している。

「でもさ、草原がたまたまだったのなら、こっちでの狼の出現頻度が高すぎるというか、あまりにも学習能力がなさすぎるというか……。なんか変なんだよね」

 狼のような嗅覚と知能の優れた種族なら、野生動物であろうとも仲間の死の匂いなどから、自分たちと相手の戦力差を把握し、忌避するか報復するかの判断はできるはずなのだ。

「単純に俺たちが彼らの縄張りを荒らしている可能性はあるのか?」

「夜の襲撃はそう考えてもいいが、昼間の行動に関しては納得がいかないな」

 ダインが疑問視するように、自分たちが相手の怒りを買った可能性もあるだろう。

 しかし、トールが怪訝そうに答えるように、本来なら今の時間はナイトウルフたちは巣穴で眠っている時間であり、夜襲のために体力を温存しているはずなのだ。それが初めの一回きりならば、体内時計が狂ったか昼間にでも行動を起こさないといけないほどの飢餓状態だった、群れからはぐれて行動している者たちなどという、偶然の産物と考えることができる。

 そして、今日と昨日の昼間まで襲撃が行われたために、狼たちの行動は偶然からは遠のいたと思える。

「……でしたら、この地域の生態系が変化……いえ、壊れてきているということかもしれませんね」

 そこへネフェルトが神妙な面持ちで、狼たちの巣があると思われる林とオルティア山脈に視線を向けた。

「え……それって、こう人間が生息地をめちゃくちゃに破壊したとか、かなり大ごとのことじゃないの?」

 近年、建材用の木材確保のためにコウエン国の山々で大量の伐採が行われ、熊や狼といった山林を生息地とする生物たちが人里に出没し、農作物を荒らしたり、人間や家畜などを攻撃するという事件が相次いでいた。これに危機感を持った朝廷は国家事業として大規模な植林を行い、年間の伐採量や業者の認可制など林業に関する法律を一気に改定した。ただし、効果が出るまでには数年の時間を要するために、しばらくは害獣化した生物の規定数駆除で対策していく状態だ。

「そういうのもありますけど、気候やマナ密度の変動といった自然の変化でも起こりえますので、実際の原因を特定してみないと何とも言えません。なので、これはあくまでも私の憶測です」

「あー、そっか。確かに自然災害で住めなくなったら、移動しなきゃいけないよね……」

「そういうことです。ただ最近、私たちが今いるグランドリス大陸では、野生動物の魔物(モンスター)化や、植物の奇形化が起きているんです。ダインさんとカキョウさんはフレス大陸出身でしたよね。そちらはどうでしたか?」

 フレス大陸とは、現在立っているグランドリス大陸の北西に位置する大陸である。自分の出身であり有角族(ホーンド)の国コウエンと、ダインの出身である巨人族(タイタニア)の国ティタニスが陸地の八割を領土としている。

「んー……、ここ最近は熊や猪が大型化してきてるってのは聞いたことあるけど、魔物と表現するほど獰猛になったっては聞かないよ」

 コウエン国はここ十年ほどは記憶に残るような大規模災害や魔物の発生はなく、他国での迫害や人身売買を除けば、比較的平和な情勢が続いている。

「すみません、俺はティタニスの内情については疎くて……。ただ、海竜騒動の一連として、ケンギョの大群の襲撃を受けた身としては、モンスター自体がさらに狂暴化しているのではと感じました」

 同じように国内情勢について聞かれたダインだったが、監禁に近い箱入り息子をしていたと言っていただけはあり、住まいの外側に関する情報はほとんど持ち合わせていないのである。

 加えて、彼の育ったティタニスという国は、巨人族(タイタニア)が住まう土地であることと関連して、すべての動植物が他国に比べて巨大化している。その影響は隣国であるコウエンの国境周辺でも多少はあるものの、両国を分断する山岳地帯によって中和されているのか、コウエン国の平野部では巨大生物を見たという話は聞いたことがない。

 ただ、彼の言葉に出てきたケンギョについては、自分も一緒に遭遇し、殲滅戦に参加したために、異様なまでの凶暴性を肌で感じている。元からそういう生き物だとしても、計画的に往来する船を大群で襲うという戦略性を持った行動は、野生生物という枠から外れていてもおかしくはないと思った。

「噂には聞いていましたが、海竜騒動の内容がかなり危険な状態になりつつあるんですね……。なんでしょう、考えすぎかもしれませんが、まるで世界が変質していってる気がします」

 それまでオルティア山脈を見上げていたネフェルトは視線を移し、砂の混じる新緑の草原や澄み渡る青空を見つめていた。

「こんなにも……綺麗な世界が、変わっていくんですか」

 ネフェルトの視線につられるように、ルカも空を見つめた。魔術師であるネフェルトと癒し手であるルカは、空気中に漂う自然の力であるマナを感じ取る力が自分たちよりも優れているために、一緒に見ている風景のどこかに違和感や変化を見ているのかもしれない。

 しかし、自分には魔力がほとんど備わっていないために、彼女らが見ている景色を一緒に見ることは永遠に訪れないだろう。

「変質ねぇ……。本当にそうなら、俺たち個人にできることなんて限られてくるから、あまり深く考えすぎるのもよくはないと思うぞ。まぁ、今は頭の隅に置きつつ、目の前のことを一つずつ片付けていこう」

 現実的もしくは乾燥気味な答えとも取れるようなトールの発言だが、実際に世界規模での何かが起きているとなれば、一個人であり流浪の旅人状態となっている自分たちにできることは、魔物化した生物が人間社会に危害を加えないように駆除するなどで数を調整するなどしかできない。

 その言葉には皆も同意であり、トールがカラサスのほうへ歩き出すと、自然と彼の後を追った。

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