第31話 光

「たぶん、結花を妬む自分自身が嫌だったんだ。

 認めたくなくて結花のせいにしてたの」


 泣き止んだ真衣は、すっかり落ち着いていた。

 憑き物が落ちたようだった。


「勝手に同じだと思ったくせに、自分がきつい時は結花のこと見下してた。

 最低だよね。最低だから距離を置いた。こんな心のまま接しちゃいけないって思った。傷つけて、歯止めがきかなくなっていじめたくなる。沙紀や詩織にも上手いこと言って孤立させて……でもその先を想像すると真っ暗で。

 こんな奴が友達やってちゃいけないと思った。

 私……今日は結花のこと責めて、縁を切るつもりだった」

「そう」と言って、結花はしばらく黙った。

 うまい言葉が出てくればいいのに、といつも思う。


「たくさん考えて、葛藤してくれたんだ。そんなに私のこと考えてくれたなんて、真衣はやっぱ優しいよ」

「結花、今日はなんでそんなに私に甘いの。そんないい奴じゃないって、今言ったばかりでしょう」


 わからない子ね、と言わんばかりに彼女の頬が膨らむ。睨まれるよりずっといい、と結花は思った。受け入れてくれているのを感じる。自然と顔が緩む。


「……久しぶりに話せて嬉しいからかな。でも真衣が優しい子っていうのは嘘じゃないよ。あ、否定したら怒るからね」

「なにそれ」

 真衣は笑い、「はぁ」と息をもらす。

「――変だね。別に家のことは何一つ変わっていないのに、今日はなんだか世界が明るい気がする」

 言われて空を見上げると、木々の緑が日に透けて綺麗だった。


 いつか俊樹と見た朝の空とは違うのに、今日の空もずっと心に残る予感が、結花にはした。

 ――こんな心に残る景色をたくさん知っているから、大人は強いのかもしれない。


「この世は自分が感じたようにしかならないよ」

「え?」

 どうしたの急に、と言いたげな顔が結花に向けられて、照れくさくなる。

「なぁんて、今の父親の受け売りなんだけどね」

「お父さんの?」

「そう。私も最初は若いお父さんなんて驚いたし、母と頑張って二人で暮らしていたところに急に出てこられてちょっと嫌だったの。

 でも今の父親は二十代で、歳の差とか相手に娘がいるとか、世間の偏見とか、いろんな壁を乗り越えて、それでも好きだって母と結婚した。自分の想い、感じることを大事にして、気持ちをつらぬいた。


 私がその立場だったらと思うと、同じことできるかな、って思う。大人になったら、そんな強さがつくのかもね」

「そうかなぁ」

「そうだよ。だって私だって昨日と今日で違うもの。

 真衣のことを深く知ることができた」

「……」

「それにね」

 ぷっくりした弟の顔を想う。今頃は両親と公園だろうか。


「光……うちの弟を見るとね、思うんだ。この子はどんな子になるんだろうって。何も決まっていないから、無限の可能性がある。どんなものに興味を持つのか、どんな仕事に憧れるのか。好きな色、好きな食べ物、大人しい子になるか、元気な子になるか……。わからないことが山ほどある。選べるものがたくさんある。


 私達だって遅くないよ。まだまだ何十年も生きるんだもの。

 きっといろんな可能性あるし、周りの環境だって変わるよ。

 真衣だって、失敗しないかっこいいお医者さんになっちゃったりして、ドラマみたいな」

「それはさすがに無理よ」

 馬鹿ねぇ、と真衣は笑った。結花も笑った。


 ずっと不自然に入っていた肩の力がフッと抜けたようだった。


 ――ああ、私、真衣とちゃんとぶつかり合って、分かり合いたかったんだ。こんな風に。


 真衣はうーん、と両手を上に、体を伸ばす。

「でも、そうね。私今しか見えてなかったかも。

 キツイ状況に変わりはないけど、わかってくれる友達がいるなら、がんばれるかもしれない」

 今度は結花が「え?」という番だった。


「真衣、それって……」

「私達、昨日までより、ううん、ついさっきまでよりお互いのことわかったと思う。

 結花、これからも、友達でいてくれる?」


 あれだけ気の強い真衣が、最後は少し自信なさげで。

 彼女もずっと不安があったんだと、結花はわかった。


「……うん、よろしく」


――欠けた者同士だけど、だからこそ心が満たされる。そばにいて、これからを歩める。


「飲み物切らしちゃった。どっかいこうか」と真衣が立ち上がり、結花も続いた。

 夏空の下、少女たちの足取りは軽く、じきにセミの声にも負けないくらいの笑い声が聞こえた。

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