第28話 ためらいと覚悟

 ここには仲直りするために来たはずだ、と結花は三回くらい心の中で唱えた。

 もちろんぶつかることもあると覚悟はしてきたはずだ。でもすっぱり切るような回答をされると思わなかった。


 どうしてこんなことになるんだろう。


 山を登ってきて、やっと頂上が見れると思ったら崖があって、突き落とされたような気分。 

 示された選択肢は「当たり障りのない友達」か、フェードアウト。

 瞬間、「嫌だ」と思った。そして真衣を見た。

 

 冷たい言葉を言った真衣の横顔は、なぜだか悲しそうに見えた。「じゃあ」と言って立ち去ればそれで済むはずなのに、隣に座ったままだ。ベンチから動かない。


 ――私の返事を待っているんだ。心の底から切り捨てようと思っているわけじゃ、ない。


「わたし、は」と言ったところで結花は言葉が出ない。何を言っても間違いになる気がした。母や俊樹の顔が浮かぶ。大人だったらここで正解を言えるのだろうか。結花にはそんな力はない。思ったことをそのまま言うしか。


「私はいい顔で仲良しこよしして、合わせて上っ面で笑って……そんな関係じゃなくて、真衣の悩みも聞きたいよ。

 綺麗事じゃなくてもいい、寄り添えるなら寄り添いたいよ」

「……」

「しばらく話せなくて、苦しくて、でもその分真衣と話したいって思ったの。

 向き合いたいって」

「……」

「ねえ、真衣。思っていることがあるなら聞かせて。私に言いたいことがあるんでしょ。友達に戻れないって……なんでそう思ったのか、聞かせてよ」


 親が歳の差婚で、小さい弟がいて、普通と違って。不幸とまで思ったことはないけど、自分が「普通の子と違う」という壁を感じていた。自分ではどうしようもないと。


 でも、違う。壁があっても乗り越えたい。

 結花と同じように、壁に囲まれている真衣のところまで行って、梯子はしごをかけたい。「普通」じゃなくてもいい。同じ景色を見て、違うことを語りたい。わかりたい。


 結花は立ち上がった。そうして真衣の正面に回った。真衣の鋭い視線に一瞬ひるんだが、口からはもう言葉が出ていた。


「私、上っ面じゃなくて、きちんと仲直りしたい。

 改めて、私と友達になってください!」


 最後をセミの声に負けないように言い張る。


 まるで、告白みたいだ。

 結花は真衣を見つめる。真衣は結花を見ているようでいて、その身体を突き抜けたどこか遠くを見ているようでもあった。

 

 返事が返ってくるまで、長い沈黙が通り過ぎた。

 こんなにまじまじと顔を見ることはなかったな、と結花は思う。

 大きな目に睫毛が長く、そこらのアイドルグループにいそうな容姿。うらやましいと思っていた。

 でもきっと、うわべしか見ていなかった。


「結花がそんな子だとは思わなかった」

 ざっ、と目の前が真っ暗になる。

――私はまた何か間違ったんだろうか。


 いつか見た悪夢が頭をめぐる。学校で得体の知れないスライムに追いかけられた、非現実的な夢。「私を見下したくせに」と突き放した真衣。その言葉も表情も、正夢となりそうな気配。


 だけど……真衣はふっ、と笑った。


「意外と根性あるのね」


「え?」と反応するのに、少し時間が必要だった。


「本当に、言っていいの? 私が思っていること。

 全部言うよ。ぶつけるよ。いいの?

 泣いたって知らないからね」


 言葉の激しさに結花は一歩後ずさった。

 地面がスニーカーの下でざり、と鳴る。


 不意に「ありがとう」と言う沙紀の顔がよぎる。

 あの時だって、予想外の話で驚いたけど、聞かないよりよかった。


 ――どんな話でも、きっと聞かずに帰ったら後悔する。

  この壁は私が作ってしまった。本当はもっと早く、気持ちを聞けていればよかった。学校でも傷つくことを恐れずに話しかければよかった。

 壁を怖がっていたのは私だ。私から壊したい。

 拳をぎゅっと握る。


「いいの、聞きたいの。聞かせて」

「じゃあ、言うけどさ」


 「もう戻れない」――わずかな後悔と、これから真衣が話すことへの興味。向き合ってから感情はぐちゃぐちゃだ。

 それでも、ここから逃げたくはない。

 友達の想いを受け止めようと、ベンチに座る彼女を見る。


 真衣は頷いて口を開き、「私、結花のこと見下してた」と言った。

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