第29話 突き刺さる言葉

「高1のときから、なんかこの子普通と違うって思ってた。皆とはしゃぐけど、疲れてるときが多くて。見ているうちに、家族の話になると目が泳ぐのがわかった。

 勝手に親近感持ってたんだ。

 ――ああ、きっとこの子はうちと同じように家庭環境が複雑なんだろうって」


 続いて真衣が話した家庭環境に、結花は覚えがあった。詩織から聞いた話だ。

 病院の院長をしている厳しい父親。跡を継がせようと思っていたのに医学部を中退した兄。父親に従い、学校に理系トップクラス転向を打診した母親。

 真衣の口から語られるとまた違う印象があった。


「小さい頃はよかったの。勉強だって進んでやった。でも父親が私より兄貴に目をかけるようになって、それが兄貴が医学部中退したとたん、もう一人駒がいたのを思い出したかのように急にうるさくなった。

 医者にさせようって話が出てから、ただでさえ帰りたくない家にますます帰りたくなくなった。だから塾に通い詰めてたの。家での時間を少しでも減らしたかった。あんな、子供を成績で評価するような家……帰ってドアを開けるのも嫌」


 吐き捨てるように言う。

 結花は、真衣のことをドラマのように感じていた自分が恥ずかしくなった。光のことでドタバタはするけど、家に帰りたくないほど嫌ではない。何より結花は家族のことが好きだ。


「私は家族のこと知られたくなかった。なのに詩織が話したんでしょ。あの子なんでも話すから」

「……ごめん、聞いちゃった。でも、医者になりたかったんだよね?」

 それならいいんじゃないか、と続けようとしてやめた。

 真衣は苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。


「なりたいよ。でもなんていうか……親に夢を汚された気がしたの。塾も行かせるし環境も整えよう、これがお前の夢だろほらやれよって押し付けられて。私が夢見ている気持ちより先に、病院を継ぐポストの穴埋め要員ってのが見え見えなのよ。

 ぐしゃぐしゃで、どうやっても前を向けない。自分のためになるんだって自分に言い聞かせながらやってる」

「……」

「夏になって、トップクラス転向の話が出た頃、沙紀と結花が話してるのを聞いた。弟の写真も見せててさ。沙紀と話した後に結花の雰囲気が変わったのにすぐ気付いた。

 それを見て、勝手に裏切られた気分だった。

 思わず睨んじゃって、でもすぐいけないって思った。謝らないとって。

 でも、でもね?

 心の中の私が言うの。『私悪いことしてないじゃん。あっちが浮かれているのが悪いんじゃん。一緒に家族のことで悩んでる仲間だと思ってたのにがっかり』って」


 ぐさぐさと結花に言葉が刺さる。

 覚悟していたはずなのに、正面切って聞かされると心が痛む。そんな風に思われていたなんて。

 沙紀の話を聞いているときは違った。沙紀は結花を通じて自分に言い聞かせるように話していた。


 真衣の勢いは止まらない。

「だって、ずるいじゃない! あたたかい家庭があって、彼氏だってできたんでしょ。なんで結花ばっかり。数学のテスト、ううん、どの教科だってあたしに勝ったことないくせに……だから毎日思ってた。

 結花がどっかでひどい目に遭えばいいって」


 ぽつり、と地面の色が変わる。

 真衣は泣いていた。怒りのこもった口調で泣いていた。


「だから、もういいじゃない。

 友達なんてやめよ。こんな風に思ったらもう無理だよ」


 そう言って、完全に下を向いてしまった。


 結花の胸が、ぎゅうっと苦しくなった。

 気づいたら一歩、踏み出していた。

 真衣の方へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る