第27話 神さまの前で
ビルの横に回ると、確かに神社の入り口があった。だけど正門ではないらしく、細い道が長く伸びている。足を踏み入れると意外と涼しかった。両側に木が茂《しげ》って、石畳に影を落としている。
街中なのにセミの声がして、うるさいくらい。
不意に細い道が途切れて、本殿《ほんでん》がある広場に出た。
「ゴシュインいただけますか」
なんのことだろう、と声がした方を見ると社務所に見慣れた後ろ姿があった。まさか、と思って近づく。
一つに結んだ髪。横からでもわかる整った顔。
真衣だ。
まだこちらに気づいていない。しばらく結花は見守った。
授業中にも放課後にも見ることのない顔をしていた。思いつめるような目をしている。
「ありがとうございます」と何か本のようなものを受け取ったときに、真衣はこちらを向いた。
彼女の側から、風が吹いて結花に届く。
真衣はいつもいい匂いがする。甘い香水の匂い。
でもそのときは「タバコ、吸ってたの?」と反射的に聞きたくなった。そんな臭いが微かにしたのだ。
そして、真衣と目が合った。
「なんで、いるのよ……」
こちらを向いた彼女は、なんとも言えない表情だった。
結花は、なぜか自分が俊樹と対面した時のことを思い出した。いつもの場所にいつもいない人を見ている複雑な心境。
――真衣は今、何を思っているんだろう。
知りたい。
境内のベンチに二人は腰かける。
真衣はリュックからペットボトルを取り出す。結花もそれを見て、バッグからドラッグストアで買ったジュースを取り出した。レモン味のスポーツドリンクだったはずだが、味がよくわからなかった。
「で、なんでここがわかったの?」
「えと、塾の前で真衣の友達に教えてもらって」
「友達?」
「男の子、髪が長くて関西弁みたいな話し方してたけど」
「……あいつか」
問い詰めるような口調から一転、複雑な色が浮かぶ。「もしかしたらいい感じの仲の子なのかな」と思ったけどそうではなく、真衣の口から舌打ちが聞こえてもおかしくなさそうだった。関係性を聞くのも憚《はばか》られる。
二人はそれきり静かになる。結花は気まずい。
「あ……レナのアルバム、買ったの?」
何を話そう、と思ったときに浮かんだのが詩織だった。推しの話を嬉しそうにする姿。
「買ってない」
切って捨てるように真衣はつぶやく。前はレナのことばかり話す時期もあったから意外だった。
「そうなの?」
「なんかさぁ、本当は親へのあてつけでああいうの買ったりしてたんだって最近気づいた」
「当てつけ?」
「そう」と真衣は続ける。「タピオカジュースだってそう。流行りの店巡りも、映えるスポットに行くのだって、そう」
「そう、なんだ」
真夏の神社、木陰とはいっても風がない日だった。じんわり汗をかいて、それが肌を伝うのを感じながら、結花はつぶやく。
「私は楽しかったけどな……」
語尾がセミの声量に負けていく。
もちろん結花だって友達に合わせる時はある。小遣いだって気になる。だけど三人と一緒に歩き出して他愛ないおしゃべりをすれば気持ちが変わった。楽しかった。
なんだかまた壁ができた気がする。
――違う、今日はそんな話をしに来たんじゃなくて。
「あの、この間は本当にごめんなさい」
真衣はこちらを見ない。
「私、自分のことばかりで……真衣がきつい時に、自分が楽になろうとしてた。真衣の気持ちももっと考えるべきだった」
「……」
「謝ったから許してもらおうなんてつもりじゃないけど、私の気持ちを伝えて、真衣の気持ちも聞かせてもらえたら」
「別にいいよ」
許してくれたのかな、と思ったけど、違った。
「忙しいし、別にこのままお互いフツーに当たり障りのない友達やればいいんじゃない?
クラスも変わるしフェードアウトでも」
「真衣」
「お互い傷ついたでしょ。そばにいないほうが精神衛生上いいと思うの」
「……」
「家のことなんてお互いどうにもできないじゃん。……そうしよ」
真衣の投げやりな態度は、頑固に座った足から根を張っているようでもあり、同時に語り口はするり、とすり抜けてどこかへ行ってしまうようでもあった。
矛盾しているようだが、結花はそう感じた。
「真衣は、私との友情を必要としていないんだ。一人でどこか遠いところに行こうとしている」――そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます