第26話 待ち合わせ

 土曜日。結花は待ち合わせより一時間も早くついた。

 目の前に、学習塾が入ったビル。真衣との待ち合わせ場所だ。



「ごめん、土曜日大事な予定が入っちゃった。また今度でもいいかな」

 真衣から嬉しいメッセージをもらい、しばらく迷ったけど。

 松崎君に断りのLINEを送ることにした。

 送ってから返事が来るまで、待ち遠しかった。


――この文章で大丈夫だったかな。冷たい感じに聞こえないかな。気分を悪くしないといいんだけど。


 告白されるまであまり気に留めていなかったのに、今は松崎君にどう思われるかが心配になっている。変な感じだ、と結花は思う。


――でも、思えば詩織や沙紀、真衣とも数年前は他人だった。

 それが今はこんなに大事にしたい、と思えている。仲良くしたいし、自分も「仲良くしたい子」だと思われたい。

 これから先は、わからない。真衣とだって仲直りできるかわからない、それでも。


 やがて届いた松崎君からの返事は、ほっとする内容だった。

「いいよ、用事入るかもって言ってたし。また今後行こう」

 

 ケータイを両手で握りしめてしまう。

 友情がどうなるかわからないときに彼氏ができるだなんて、どっちつかずな気がしていたけど、今はその返事に不思議な温かさを感じていた。

 じんわりと、何かで満たされ、前を向く自信が出てきた。


 その日結花はぐっすり眠れた。



 待ち合わせ場所は、真衣が指定してきた。真衣が通う塾の前。

 昼過ぎ、塾の入り口はまともに日が差して暑い。コンクリートからも反射した熱気が上がってきそうだ。

 結花は塾に行ったことがない。入り口に「〇〇大学 〇人合格!」という垂れ幕やポスターがずらずらと並んでいるのは見かけたことがあるけれど、こんなに近くで見たのは初めてだ。


 生徒たちが出入りする中、それをぼうっと見ていた。すごくせかされているみたいだと思った。「来年は受験生なんだから」と母も先生も言うけれど、それが地続きに今の結花から続いているように思えず、三年生の四月になったら急に「受験生」になる気がしていた。


――真衣はもう受験生なんだ。ここで頑張ってるんだな。


 自分がひどく子供のような気がした。

 それにしても暑い。汗拭きシートが入っていたはず、とバッグの中を探していた時。


「入んないの?」と男の子の声がした。


「え」

 急に声をかけられてびっくりした。声の主を見て二度びっくりする。

 髪を一つ結びにして、耳にピアスが開いている。切れ長の目が興味深そうに結花を見ていた。「ヤンキー」という言葉が頭の中に浮かぶが、声の調子は優しい。

 結花の周りにはいないタイプだ。


「こんな暑い中立ってたら熱中症になるよ」

 イントネーションが、テレビの中の芸人さんみたい。関西弁、にしては少しスローなしゃべり方で不思議と心地よい。


「模試の申し込みかなんか?」

「あ、友達を待ってて……」

「誰?」

 結花はためらう。会話のテンポの良さに流されそうになるけど、ここで真衣の名前を出していいんだろうか、そう思った時。


「僕知ってる子かもしらんし。言うだけ言うてみ」

 まるで心を読んだかのようにその子が言った。


――まあいいか、本当に知っているかもしれないし。


「えと、立石真衣っていうんだけど」

「え」

 男の子の顔がぱぁっ、と明るくなる。まるで電気がついたみたいに。

 そして結花の方に近づいてきた。あ、この人猫背だけどけっこう背が大きいんだ、と結花は気づく。


「知ってる! 知ってるわ! まいやんなら、たぶんそこの神社におるわ」

「神社?」

――まいやん? やけに親しそうに言うなぁ。

 

「この塾のビル横の細い道入っていったらあるよ。模試の後とかまいやんがよく座ってるの見る」

「ありがとう」

「ええよ」

 男の子は「にこっ」というより「にかっ!」と歯を見せて笑った。結花はぺこりと会釈して階段を降りる。


 思わずつぶやいた、という感じの言葉が結花の背中に届いた。


「よかった、あいつ友達いたんやね」


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