第25話 その日を待つ

 真衣と2人で話せた。

 どれくらいぶりだろう。それが嬉しくて嬉しくて、結花はその日一日ご機嫌だった。前だったらこんなささいなことでは喜ばなかった。何気ない会話は当然のこととしていつも身近にあった。


 帰りのホームルームが終わってすぐ、真衣は帰った。詩織と沙紀の席に行くと、結花と同じように真衣の席を見ながら「いつもながら早いね」と沙紀が言った。

「体調悪そうだけど大丈夫かな」とつぶやくと、

「結花の薬で少しよくなったみたいだよ。動けるうちに塾の自習室に行って自習するって」と詩織がディバッグを背負いながら教えてくれた。


「さすが、真面目……」

 いつもなら、詩織は「だよねぇー」とふわふわ相づちを打ってくれる。でも「100%自分の意思でやってるならいいけどね、ちょっと心配かなー」と言ったので沙紀と顔を見合わせた。

「どういうこと?医学部には真衣自身も行きたいんでしょ?」

「だってつい1ヶ月前は新しいタピオカのお店だ、服だ化粧品だ、って成績もキープしつつ遊んでたじゃん。もう今は時間あれば塾、塾だよ」

 詩織はつまらなそうだ。元々中学からの同級生だし、沙紀より結花より付き合いは長く、近所に住んでいる。寂しいのかもしれない。


「確かに……時間あれば勉強なんて、私ならやってらんないなぁ」

「息抜きとかしてるのかな」と結花が言うと沙紀は「しーらない!」とちょっとふくれっ面だ。そのまま教室を出て行くので追いかけた。


 沙紀が「さっき返ってきた数学のテスト、結果悪かったみたいだよ」とこそっと耳打ちしてくれた。テスト結果にアイドルのライブがかかっていたはず。機嫌が悪いのに真衣のことが追い討ちをかけているのかもしれない。


「待ってよー」

 こないだ引きずっていったのと逆だ。靴箱前の廊下で詩織に追いつく。

 すると。


「よかった、間に合った」

 後ろから声がして振り返ると、松崎君がきた。真衣と同じくらい早く教室からいなくなっていたから部活かなぁ、それとも友達と帰るのかな、とうっすら思っていたのに、1人だった。


「どうしたの?」

 靴箱にはまだざわざわと人がいて、松崎君の声に、同じクラスの男子がこちらを見ているのを感じた。彼も急に気恥ずかしくなったのか結花のところに寄ってきて、音量を下げて言った。


「さっき今日の部活中止になってさ、あの、一緒に帰らない?」

「えっと」

 詩織と沙紀を見る。2人はまたにやにやと笑っていた。あれ、この光景どっかで見たような。


「私たちのことは気にしないで!」詩織が手をぶんぶん振って、「では、あとは若い2人でごゆっくり〜」と沙紀が口元に手を当てて「年寄りは退散しますのでね」とゆっくり去って行く。なんだろうこのデジャヴ。詩織なんかさっきまで機嫌悪かったのにこの変わりようだ。

「ふふふ」

「ははは」

 笑い声をあげて2人が遠ざかる。

 同い年でしょ、というツッコミも松崎君がいると思うとできなかった。


 結花たちの高校は駅近く、ビルが立ち並ぶ街中に建っている。日が高い今の時期、歩いているとたまに窓ガラスで反射した太陽が目を射る。少しうつむいて歩く。

「暑いね」

「うん、暑いね」

「一緒に帰ってくれてありがとう」

「そんな、お礼言われるほどじゃないよ……」

 語尾が消え入りそうになってしまう。


 それきり何を話せばいいんだろうと思ったけど、松崎君から話を振ってくれた。

「最近、放課後3人でいることが多いんだね」

「え?」

「瀬戸さんと今井さんと北川さん。……立石さんはやたら忙しそうにしてるけど、クラス変わるかもって噂、マジなの?」

 もう噂になってるのか。

「職員室に出入りしたときに聞いたやつがいてさ。……俺あんまり話したことないけど、瀬戸さんは寂しいんじゃない?」

「……そうだね、寂しいかな。でも真衣が決めたことだから」

「そうか。いい友達なんだね」


――ううん、実は前に真衣とゴタゴタしちゃってさ。私その件に関しては自分で自分を責めてるくらいなの。でも今日は普通に話せたんだよ。

 心の中でつぶやく。付き合いたての彼氏に言う話ではないように思えた。

 

 赤信号で止まる。街路樹の影に2人とも入って待つ。影は狭くて手が触れそうなほど近い。制汗剤つけとけばよかったと軽い後悔。駅はもうすぐ。

「それにしても暑いね」

 あ、これさっきも言った、しまったと思ったけど松崎君は平気な顔で話してくれる。

「もう梅雨明けたって」

「そうなの?」


 青信号になり歩き出す。もう街路樹の影はないのになんとなく距離感キープ。クラスの男子と話すことはそれなりにある。あるけど。

 この人は私のこと好きなんだと思うと、白い半袖から伸びた腕がやけにまぶしい。

「おかげで外での走り込み復活だよ。いいんだか悪いんだか」

 見上げると彼の顔が近い。あわてて目をそらす。

「あ……ごめんね、私松崎君の部活知らなくて」

「別にいいよ。俺、バレー部なんだ」

「そうなんだ。あの、もしかして、週末も忙しい?」

「試合が近い時はそれなりに。先輩たちのときは土日みっちり練習入ってたらしいよ。でも今は保護者からの意見もあって土日どっちかだけのときもある」

「そうなんだ」

 駅に入った。どこの路線か聞かれたけど、残念ながら逆方向だった。じゃあ、と改札に向かう前に呼び止められる。


「あのさ、土曜日って暇かな」

「……ええと」

「映画とか、水族館どうかなって思ったんだけど」

 ドキッとする。デートのお誘いだろう。少女漫画のワンシーンが頭に浮かぶ。二人とも私服で、ふとした時に視線が合ったり、手をつないだり、想像するだけでドキドキしてきた。

 でも。真衣の顔がよぎる。


「あ、嫌だった? 急かな」

「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと用事が入るかもしれなくて」

 不安そうだった彼の顔が明るくなった。

「そうか、わかった。もしダメでも、また予定合わせて行こう! ……あ、いいかな?」

 結花は思わず笑ってしまった。この間の告白といい、松崎君はこういう嬉しそうな時の笑顔が魅力的だ。

 なんというか、かわいい。

「いいよ」と、答えた自分の笑顔は、彼にかわいいと思ってもらえただろうか。



 帰宅したら玄関に光と俊樹さんがいた。汗びっしょりで、ちょうど今帰ってきたところだという。

 俊樹さんに「なんかいいことあった? あったね?」と言われて思わず赤面する。そんなに顔に出ていただろうか。光が靴のまま廊下を走って行き、俊樹が追いかけてそのままお風呂直行になったのでそれ以上追求されずにすんだ。


 その夜、ようやく真衣からLINEが届いた。

 開いて読み終わるまで息が止まった。


「今日はありがと。話、土曜日ならいいよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る