第24話 景色が変わる瞬間
結局その日も次の日も真衣から返事は来なかった。既読すらつかない。まさか自分のことを拒否してメッセージの表示すらされていないのでは。悪い考えばかり浮かぶ。
塾で模試があって集中していたんだろうかと思って、うろ覚えの名前を検索した。高校最寄り駅近くのビルに塾はあり、スケジュールを見ると確かに模試はあった。
そう、きっとこのせいだよね。
安心したそばから「いつもは真衣の塾なんて気にもとめてないくせに、こういうときだけ気にするなんて」と自己嫌悪。
やっぱり私は私のことばかりで、早く仲直りして楽になりたいからLINEも送ったんだと思うと自分がひどく意地の悪い存在に思えた。
母も俊樹も光も、朝早くから祖母の家に行っている。開放的な日曜日のはずなのに。お昼代をもらってたけど出かけるのが
朝から雨が降り続いていることもあって結花の気持ちはどんどん沈んでいった。ソファに寝転がり、窓の外を落ちて行く水滴をぼうっと眺める。一日が長い。
松崎君は部活か何かしているのか、連絡は何もなかった。この雨だ、部活だとしたら屋内でできるスポーツだろうか。それとも友達と出かけているとか?
男子の友達というのはわかりにくい。クラス全体が友達だと言わんばかりに男子同士で声をかけているように結花には感じられる。グループを作って派閥ができている女子と大違いだ。広く浅く、そんな人間関係なら、こんなに悩むこともないんだろうか。
その日の夜、ケータイが振動した。
飛びつくようにして見ると、グループLINEに詩織が写真を何枚も送ってきていた。
思わずふふっと笑ってしまう。美味しそうな肉をバッグにピースで自撮りする詩織。幸せそうな笑顔だ。
家族で焼肉を食べに行ったらしく、両親らしい人たちも端に写っている。
大量の写真の後、締めに「おなか苦しい」と詩織からのメッセージ。
「肉の量えぐない? 皿何枚積まれてんの」と沙紀がコメントする。結花も「おいしそー!食べ放題かな?」と参戦する。
既読はいつまで経っても「2」以上には増えなかったが、2人の友達とわいわい会話すると少し元気が出た。
週明けは晴れた。結花の周りは一気に騒がしくなった。
登校中に「おはよ、瀬戸さん」と普段話さない同じクラスの男子から話しかけられ、びっくりしながらも「おはよう
「瀬戸さん、
「あ……うん」
告白した時の松崎君の真剣な顔が思い出される。朝から赤面する。松崎君、結花がOKしたことまで話したんだろうか。何を話したらいいんだろう。火のついた爆弾を急に渡されたようで持て余す。
「週末すげーテンション高かったよ。あいついい奴だからよろしくな」
それだけ言ったところで「田辺ー! 何話してんだよ!」と前方から松崎君の声がして、田辺君は「やっべ見つかった」と人を避けながらそちらに駆けて行く。視線が自然とその先を追いかけて、門の前にいる松崎君と目が合った。
はにかんだ彼の口が「おはよう」と動く。
「おはよう」
小声で言いながら片手を上げる。彼がにこっと笑って、田辺君がその頬をつつく。
「始、お前あんな大きな声、普段出さないのに必死すぎ!」なんて言われて松崎君が軽くお腹にパンチを返して、にぎやかに笑いながら校内に入って行く。
教室に着くと、早々に沙紀が寄ってきた。
「沙紀、土曜日はありがとう」
「こっちこそ。ばあちゃんが、食パンすっごく気に入ってた」
「よかった」
その後も話は盛り上がったが、視界の端で詩織が真衣の席で何事か話しているのが気がかりだった。
真衣は座っていて、詩織の姿でよく見えないが、顔色が良くないような気がする。
話しかけようか、でも。
迷っているうちにチャイムが鳴る。
「瀬戸、よそ見とは余裕だな。ここの訳やってみろ」
真衣の方、斜め後ろを見ようとして中間地点の席の松崎君と目が合った。黒板を見つめていた彼は肘をつき、口元を隠していて表情が読めない。
――指、長いんだな。
どぎまぎしつつもなぜか視線をそらせなくて、そうこうしているうちに先生から当てられた。慌てて英語の訳を答える。予習しててよかった。
無事に答えられた後、もう後ろは見れなかった。
休み時間に詩織が寄ってきた。からかわれるのかと思いきや珍しく深刻な顔をしている。
「結花、ナプキンと……もしかして鎮痛剤持ってない?」
「持ってるけど」
「あたしじゃなくて真衣がね。生理前かもって。持ってるなら貸してもらえないかな?」
「ちょっと待ってね、真衣に渡すよ」
顔色が悪かったのはそのせいか、と腑に落ちる。真衣は生理前が一番きついタイプだ。詩織はなにも考えず言ったのだろうけどたとえ少しのやり取りでも、結花は緊張し始めていた。
ごくり、と唾を飲み込んで廊下側の席に向かう。
真衣は机に突っ伏している。寝ているのだろうか?
話しかけるのに勇気を振り絞った。2人で話すのはすごく久しぶりだ。
「真衣、大丈夫?」
真衣が顔を上げた。
「なに」
機嫌悪そう。それでも結花が相手と知ってわずかに目を見開いた。
真衣も私と話す時緊張するんだろうか。そんなことを一瞬思った。
「詩織から聞いたんだけど、これ鎮痛剤。ナプキンはバッグに入れておくから。もし足りなくなったら言って。ちょっとごめんね」
机の横にかけてあるバッグ外側のポケットにねじ込む。
一瞬、「LINE見た?」と言おうとした。
でも思いとどまった。
――私が楽になりたってだけじゃ、ダメだ。
「じゃ、なんかあったら遠慮なく言ってね」
去ろうとした直後、真衣は立ち上がった。視線がバチッと合って、でもすぐそらされる。
「……と」
「え?」
「ありがとう」
これ飲んでくる、と言い残して真衣は教室のドアから出て行った。
結花の中に、一陣の風が吹いた。
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