第23話 どうなりたいの?
バスはちょうど二人がけの席が空いていた。というかバス自体空いていた。午後二時前。中途半端な時間だから乗る人が少ないのかも。
外よりマシだが冷房はガンガンに効いているわけではなかった。沙紀も結花もタオルで汗をふく。
「ちなみに、気になってたんだけど」
「なに?」
真衣の話かとドキッとしたけど全然違った。
「松崎君とはどうなったの? 告白されたんでしょ」
いつもクールで、とりわけ今日は落ち着いた表情ばかり見せていた沙紀が瞳をキラキラさせている。
ちょっと面食らった。
「……沙紀って、こういう恋バナとか好きな人でしたっけ」
「うん。恋愛ものの小説とか、わりと好きだよ。それがリアルに身近で起こってワクワクしてる」
「ええ……人の恋愛で楽しまないでよ」
深刻な話ばかりしていた反動だろうか。テンションが高い。
「最近読むのは悲恋ものだけど」
「えっやだ」
一秒と待たず反射的に言ってしまった。松崎君の真剣な顔が頭によみがえる。彼が悲しむ顔は見たくない。まだどこが好きかもわからないけど、それだけは思う。
「やだということは松崎君には脈アリなのかな?」
「えと……とりあえず友達からってことになりました、ハイ」
ふんふん、と沙紀は楽しそう。詩織といい、からかわれっぱなしで反撃したくなる。
「そういう沙紀はどうなの?」
「私? そうねぇ好きな人はいるけど」
えっ?
「いるんだ!! 誰? 誰?」
色めきたって聞くと「この人好きなんだ」とケータイでお目当ての新刊の著者近影を見せられ、結花は「なんだぁ」と浮かしかけた腰を下ろした。
「全作品追っかけてる」
「知ってるけど、そういう意味のアレではなくてぇ……」
脱力。罠にハマった気分。
「ついでにそのワンピース、松崎君とのデートにも良さそうだよね。今日は着替えながらちょっと妄想しちゃったんじゃない?」
「……」
「その顔は当たりだねぇ」
「人の心を読まないでくださいよぉ」
耳まで赤くなってるのが自分でもわかる。
バスは駅につき、大きなビルの中に入ると、沙紀が吸い込まれるように本屋に行くので後に続いた。
エスカレーターを上がるときに「2人でどこ行く?」なんてキャッチコピーが目につきドキッとする。旅行会社のポスターでカップルが楽しそうに手を繋いでどこかに行く写真。
ほんとに私はどうなりたいんだろう。松崎君のことをまだよく知らないのに浮かれているし、真衣とは仲直りしたいし、将来就きたい仕事はわからない。四者面談の日は着実に迫ってくる。
そう、まだまだ先だと思っていたことはいつのまにかすぐ後ろで結花をじいっと見ていることがこれまでもあった。ぼやぼやしているうちに新築に引っ越したし産まれるのはまだ先だと思っていた光はもう結花を振り回すまでに成長している。
時間はもっと自分にスピードを合わせてほしいとすら思う。
無理だけど。
本屋でずっと立ち読みしている沙紀に一声かけて、結花はあちこちの店を冷やかして回った。
雑貨屋さんも文房具屋さんも、高校近くの店と似たような品揃えではあるけれど、ディスプレイが違うだけで印象が変わる。目新しい方がよく見える。
ひとまわりして戻ってくると、沙紀は別な本を読んでいたが新刊の会計を済ませ、結花と店を回った。
「まだ小説の世界にいるみたい。ふらふらするー。フィルターかかってるみたいだ」なんて沙紀が言うものだから二週目だけど気にならなかった。
決めかねていた服をジャッジしてもらって会計。もう使い切れないほど持っているマスキングテープも買ってしまった。
沙紀と別れた後も夕方の空はまだまだ明るい。冬ならもう真っ暗だ。「今しかない17歳の夏」なんてフレーズが思い浮かんで流れてゆく。
途中下車して、本日2回目の高級食パンのお店に寄った。
結花の心配をよそに、午前中寄った時とはレジの人が違っていた。午前中はショートカットの女の人だった。今は一つ結びで眼鏡をかけた人がレジにいる。
そうか、シフトとかあるもんね、それか、持ち場が変わったのかも、と一人で納得。
それでも「ありがとうございました!」という気持ちのいい挨拶は変わらなかった。
あのレジの人も、奥で食パン作ってる人も、進路に迷う学生時代があったんだろう。きっと。
「あなた何があってそこに立ってるんですか」
「私どうなりたいんですかね」
なんて。
帰りの電車でケータイを開く。なぜだろう、いつも用もないのによく見るのに、公園で沙紀と話すあたりから今日は見てなかった。
LINEの新着が9件もある。
松永君からだ。驚いて一瞬硬直してしまった。ドキドキしながらタップすると昼過ぎに何度も送信取消が入っていて、一番最後に「昨日はありがとう」とだけあった。
彼は彼で、告白した後、どんな風に過ごしていたんだろうと結花は気になった。ベッドでのたうち回ったりしたんだろうか。そもそも何がきっかけで詩織や沙紀が気づくくらい見てくるようになったんだろう。わからない。
わからないけど、昨日「異性から告白された」という事実に浮かれていた自分より、もっと彼に近づいた気がする。返信どうしようどうしようと思って、取り急ぎ「こちらこそありがとう」、送った後に少し考えて「これからよろしくお願いします」と再度送った。
窓の外、オレンジ色の空の影が落ちているようにビルや住宅街が暗い。その中に明かりが灯っていく。
たくさんの人の働く場所、帰る家。
私と関わりのある人たち、関わらない人たち。
沙紀とは、秘密を打ち明けてから今日、また近づけた気がする。
友達の家でごはんをご馳走になったのなんて何年ぶりだろう。小学生までは記憶がある。その時は当たり前と思ってたのにだんだんそういうことは少なくなってきた。
いつまでもあるものではないんだ、私の環境も、友達も。
だからこそ。沙紀と話したみたいに真衣のことを知りたい。楽しい話じゃなくてもいい、何を考えているのか知りたい。
真衣と、ちゃんと話そう。
帰宅して、光が今日はこうしたああした、と報告を受けながら夕食。その間も結花は真衣へのLINEの文面を考えていた。
「ごめん、話したいことがあるんだけど、来週にでも時間取れないかな?」
それだけの文章を何度も打ち込んで、消して。いつもならがっつり観ているドラマも頭に入ってこない。イケオジ俳優に騒ぐ母の声にいつもなら同調するのに今日はうるさいと思ってしまう。「結花ちゃんコーヒー入れようか?」という親切な俊樹の声かけにも生返事していたらホットのブラックが出てきて閉口する。せめてアイスがよかったけど自分が悪いので飲んで減らしてから牛乳をこっそり足した。
「ねぇねー!みてみて!」
走り回っていた光がおもちゃの電車を持ってきたのはそんな時だった。顔面にぐいぐい押しつけてくる。操作している指が滑る。
「知ってるよ、毎日見てるよぉー」
ろくに見ようともせずぞんざいな返事をしていたら光は「こんなやつよりこっちをみてよ!」と言わんばかりにあろうことかケータイをはたき落とした。
「あー!」
慌てて拾う。立ち上がって画面を確認。
LINEを送った。送っちゃった。いや送ってよかったんだけど送っちゃった。
「ちょっとー! 二人とも静かにして今いいところなんだからー!」
母は姉弟おかまいなしで盛り上がっている。
その夜、結花はネットサーフィンしながら、ほぼ3分ごとにLINEを確認していた。送信取消にしようかと思ったけど、
「いや、これもいい機会なんじゃない、光に背中押してもらった的な」
「でも大丈夫? 後から後悔するパターンじゃない?」
「こんな気持ちのまま明日一日過ごすの? 平日に送った方がよかったんじゃ」と心の声がうるさくて結論が出ないまま時間だけが過ぎる。
こんなときに限ってスタンプ目当てで友達登録していた企業アカウントからの通知が2回も入り、そのたびに動悸がするのにがっかりして、しまいにはブロックした。
今返事が欲しいのは真衣だけだ。
結局、寝る時間になっても既読にもならず、結花は夢の中でもケータイを確認していてろくに眠れなかった。
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