第34話 四者面談

 四者面談の当日。午前中の30分の枠を希望して二親は仕事を調整し、結花以上にそわそわしていた。

 一週間前から「四者いつだっけ」「四者に着ていく服これでいい?」と「四者」というキーワードをわざと口に出すのを楽しんでいるようで、結花は進路がはっきり決まっていない焦りと共に恥ずかしさも感じていた。


 前日の夜、晴香がダイニングテーブルの向こうから身を乗り出してきた。

「ねぇ、四者にそなえてちょっと聞いておきたいんだけど、なりたい職業とか、行きたい大学とかあるの?」

「それ今聞くの? 遅くない?」

 光を寝かしつけて、三人でなんとなくテーブルについてその話題になった。

「だって僕ら、結花ちゃんがどんな道を選んでも応援するつもりだから」

「私達も好き勝手させてもらったからね」

 うなずく両親。理解がありすぎて怖い。


「そんなこと言われても、正直あんまり大学のことも知らないし……、なりたい職業も決まってないし……」

 もごもご言いながら結花は両親の顔を交互に見る。そして気づいた。

 年の近い、大学卒業して10年も経っていない先輩が、ここにいる。

「どうかした?」

 俊樹はきょとんとしている。

「あの、お母さんの前で言いづらいんだけど俊樹さんは数年前まで大学生だったんだよね。どうやって大学選んだの?」

「その枕詞、逆にイラっとするんですけど」と母が席を立つ。本気で腹を立てたわけではないらしく、残り二人でじっと見守ると「トイレよ!」とリビングを出て行った。

 ふっ、と笑みを浮かべてから俊樹は頭をかく。母とセットだと夫婦に見えるけれど、結花と二人の時、彼はまた違う印象があるように結花は思う。夜になって少し伸びた髭をさわり、遠くを見る目つきをした。


「うーん、うちはお金がなかったからねぇ。家から近くて交通費がかからないところを選んだんだけど結局本命は落ちて、運よく滑り止めで受けてた私立の特待生になれて……」

「えっすごい」

 学生服の俊樹が一生懸命勉強している姿を思い浮かべる。

「いや、でも何を勉強したいとか結局決めきれなくて総合学部でさ」

「でも印刷会社ってことはデザイン好きだったんでしょ?」

 滅多にないけれど、家に仕事を持ち込んだときに楽しそうにしていた姿を思い出す。俊樹の本棚にも、デザインの本や写真集があるし、家にきたチラシですらじっと眺めている時がある。

「在学中にデザインって面白いなって感じてね。そこから勉強し始めたんだ。……ってなんか、大学っていうより仕事の話になってるね」

「ううん、でもそこも考えなきゃいけないし」

「考えなきゃ、ってこともないさ。とりあえず勉強しているうちに見つかることだってあるから」

「ふうん」


 真衣は医者、沙紀も詩織もぼんやりとでも方向性が定まっている。遅くとも高3の春には皆進路を決めて勉強をするのが「受験生」だ、というイメージがあったから、結花は意外だった。

「……お母さんはやりたい仕事に一直線って感じがしてて、ああならないといけないような気がしてた」

「晴香さんは決めたら後の行動力がすごいからね。頼りになるし。でも、『これになりたいから、こうしてこうしなきゃ!』って道を作るのも大事だけど、全然迷ってもいいと思うし、思っていなかった道を選んでも、その中で楽しいことを見つけていってもらいたいな」


「楽しいこと……」と意味もなく復唱している間に晴香が戻ってきた。どこまで聞いていたのか、「まだ高2の夏なんだから決まってなくてもいいのよ」とだけ言って冷蔵庫から缶ビールを取り出す。

「どうあれ、毎日お酒がおいしく飲めるような日々が過ごせたらいいわね」

「いや、未成年だからね?」と流れでつっこむと、母は「ぷはー! この一杯のために生きてる!」とCMのように力強く言い、そのまま話は流れてしまった。



 布団の中でごろごろ考えてはみたものの。

――結局決まらなかったなぁ。

 寝不足の頭で両親と登校し、気づけばもう教室の前である。

「長谷さん、どうぞ」と言った担任は、両親が来ることを聞いていたけれどそれでもやっぱり目を見開いて二親を見た。俊樹は四十代の担任より若い。けげんそうな色が目に浮かぶ。

 ああ、と結花は思う。


――やっぱ思うよね。若いお父さんだって。私の方が歳が近いくらいだもの。

 普通じゃないこと、平気になったつもりだけどやっぱりやだなぁ。


 そう思って下を向いた時。

「はい!」と俊樹が大きな声で返事をした。勢いにびっくりして若い父親を見る。

 彼はまっすぐ担任を見て微笑んでいた。

「すみません親二人で来ちゃって。今日はよろしくお願いいたします!」

 その瞬間、彼の強さを感じた。視界がぶわっと開けた。

「あ……そちらにかけてください」

 担任は圧されたように結花たちに椅子を進めた。

「――ではまず、結花さんから希望の進路を聞いておきたいんですが、どこまで考えてるか教えてください」

 何になりたいか、問われるのは緊張する。だけど両側には両親が座っていて、心強く感じられた。

「はい。すみません、えっと実はほとんど決まってなくて……」

 結花は話し出す。

 情けない答えだとわかっているけれど、正直な今の自分だから。

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