第15話 お迎え
とても気持ちがいい。
クーラーの風もベッドの上も心地よく、布団はサラサラ。テストが終わった安心感。
そう、テストが終わった。
そんで甘いもの食べたしー、今日は勉強しなくていいしー家族が帰ってくるまでもう少し……。
特に騒がしい
弟が
私、光を迎えに行くんだっけ!
「うわぁあやばい今何時!?」
結花は飛び起きた。うっかり寝ていたらしい。
ケータイを見ると、17時46分だった。血の気が引く。保育園はここから歩いて10分。
「やっば!」
せめてアラームつけとくんだった。ええと、お迎えって何もいらないんだっけ。曇りだけど一応傘は持っていかなきゃ。
コンビニスイーツ食べて、「テスト終わったら見よう!」と思ってた動画を消化して、まだ皆が帰ってくるまで時間がある!ひゃっほー!!と浮かれてベッドでゴロゴロしているとLINEで両親がお互い遅くなりそう、延長保育かなと話していたので「私が迎えに行くよ。もうテスト終わって帰宅してるし」とテスト明けのテンションで提案したのが15時半くらいだったように思う。
「ありがとう!」「感謝!」とスタンプが送られてきてヒーローになったみたいで気を良くしたのだけれど……。
ドタバタして1階に降りると、光の傘は玄関にあった。
今朝は持っていかなかったんだな。降ってたのに。
不思議に思いながらスニーカーを履く。17時49分。ダッシュなら間に合うかも。普段から走っててよかった。
家を出て左右を確認すると結花は走り出した。
ぽつ、ぽつ。
小雨が降り出した。
いそげ、いそげ私ー!
傘を2本持っているのでバランスが悪い。いっそ両手に持とうかと思ったけど想像すると余りにも不審者だったのでやめた。
保育園の送り迎えは久しぶりで、前は春休みに何日か、晴れの多い日だった。傘を持っていくのは初めてだ。
帰宅途中の中学生たちが楽しそうに話している。同じ保育園帰りらしき、自転車の後ろに小さい子を載せた女の人も通った。皆降り出した雨に少し急ぎ足だ。
横断歩道の信号待ちで結花は空を見上げた。昼の晴れ間はどこへやら、空には暗い雨雲が敷き詰められていて、「ゲリラ豪雨」という言葉が
いやいや、やめて欲しい。このあと光を連れて歩いて帰るんだから。
保育園についた。建物はカラフルで、門を入ってすぐの掲示板にも、うさぎさんやらくまさんがあしらわれている。いつもかわいいでいっぱいの空間だ。
ゆっくり見てほのぼのしたいところだけど今日は急がないと。
「あら、今日はお姉ちゃんのお迎えだねぇー!」
お迎えから延長保育になりそうな子供たちは園の一室に集められていた。迎えに来たのはものすごく久しぶりなのに、ちらっと見ただけで先生が光に呼びかけてくれた。
「ねーね!!」
光がピョンピョンはねて教室から出てこようとする。
「光、ごめんちょっと待ってね!」
教室の右手にある事務室前のパソコンに急ぐ。画面に「ことり組」「こりす組」「うさぎ組」……とこれまたかわいいクラス名が表示されている中から「こりす組」を選択、したけど光の名前が出てこなかった。
「あれ?」
「ねーね!」
光が足にまとわりついてくる。そうだった、4月から進級したんだっけ。「うさぎ組」を選択し直すと「長谷光」が出てきた。
「17時58分お迎え完了」の画面が表示された。これで両親のアプリにも通知が届くはずだ。
ま、間に合った……。せっかくクーラーで涼んだ身体がまた汗ばんでいる。19時までの延長保育だってたかだか数百円だけど、ヒーロー気分で
「お待たせ」と言って振り返るとそこに光はもういなくて、靴下箱から自分の靴下をとって履いている最中だった。こないだまで履かせていたのに。朝も結花の方が早く出るから見てないけど、家でもやっているんだろうか。子供の成長って早いな。
さてさて、帰り支度。
いつものバッグがないな、と探していると「これどうぞ」と先生からリュックを差し出された。
「光くんのリュックです。最近トイレ成功することが多くなって、オムツ減ってるんです」
「トイレ……えっすごっ」
光の荷物は使用済みオムツの袋が1番大きい。トイレが成功するようになったということは使うオムツが減って、大きなバッグが子供用リュックでも足りるようになったということだろう。
「よかったねー光くん、ほめられたよ!」
光はえへへ、と笑い、頭に自分の手をやったと思ったらセルフよしよしをした。
「いかる、いーこ!いーこ!」
か、かわいい!
自分の名前がちゃんと言えていないところもかわいい。さすが私の弟。
イタズラされても、こういうときはかわいいんだよねー!
急いで来たこともつかの間忘れてニコニコしてしまう。
「また明日ねー光くん」
「ばっばーい」
雨靴を履いた光と先生に手を振って保育園を後にした。
かわいい手を握って、そのまま2人で傘をさして並んで歩いて帰る。
――そんな光景を保育園に着くまでに想像していた。「行きもドタバタだったし着いてからも戸惑ったけど、間に合ってよかったー!」と思っていた。
甘かった。
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