第32話 いいこと
――ホントに四者面談になってしまった。
夏休みが始まったある日、結花は両親と共に学校へと向かっていた。
正直、面倒くさい。成績も平均よりまし、くらいで気が重い。両手で頭を抱えたい気分。だけど前を歩く晴香と俊樹はご機嫌だ。
「自分の高校とは違うのに、なんだか懐かしい感じがするね」「青春よね~」なんて話している。新婚夫婦みたいだ。
いつも学校前の道は生徒がいっぱいなのに、普段歩かない人達と歩く。それだけで結花は居心地の悪さを感じていた。学校が近づくにつれ、部活動の声がする。「乗り遅れた」と思う、遅刻した時に似ている。
真衣と仲直りしたあの日、帰宅すると晴香にはすぐ感づかれた。
「なんかいいことあったでしょ」
顔がにやついている。
「ん、まあね」
「前はなんでもお母さんに話してくれたのにね」
そう言えばそうだった、と結花は振り返る。俊樹が現れた頃は思えば晴香にべったりだった。友達のように話していた。けれども、最近の出来事はどれもこれも母親に言うのはむずがゆい感じがした。私は少しずつ変わっているのかな、と思った。
「私だって内緒にしておきたいことはあるもの」
ケータイをいじるフリをした。母の顔はきっと微笑んでいる。今見たら何もかも見透かされそうな気がしたから、見なかった。
「そうね、成長している証だわ。でも寂しい感じもあるわね。今夜は飲もうかしら」
「それ、飲む口実探してただけでしょ」
返事の代わりにふふーん、と鼻歌を歌いながら母は冷蔵庫に向かう。
BGMに、光と俊樹が騒ぎながら風呂に入っている音。この賑やかな声も、きっと何年後かには聞くことはなくなるのだろう。
週末明け、また学校が始まって真衣と話すようになった。沙紀も詩織も何も言わないけれど、結花と真衣が話しているのを見ると嬉しそうだった。
お弁当も気を使うことなく普通に四人で食べた。食べ終わる頃に「私、二学期からトップクラスに行くことになったから」と真衣は三人の前で宣言した。思えば詩織から聞いただけで、本人の口から聞くのは初めてだった。
「寂しくなるけど頑張って」と詩織が言って、「まあ、授業受けるクラスが変わるってだけだもんね」と沙紀が淡々とした口調で言う。そっぽを向いていたからつつくと、「やめてよ」と言いながらつつき返される。お互いの目にうっすら浮かぶものを見て、誤魔化して笑い合った。
「なにやってんのよ」
真衣は呆れたように笑う。そうやって笑ってくれたことに安心して、でもこの四人でお昼を食べる回数もこれから少なくなるのだと思うと結花は急に胸が締め付けられるようになった。せっかく仲直りできたのに。
先生の口癖を詩織が真似して、真衣と沙紀が笑う。結花が神妙な顔をしているのに気付いてやがて三人は静かになる。
「ねえ、クラス変わってもたまには一緒にお昼食べたり帰ったり……しようね?」
口に出すと小さい子供のような口調になってしまった。気づけば昼休みの騒がしい教室で、結花たちの周りだけが隔たれたようにしーんとしている。
変な雰囲気を作ってしまった。焦った時、詩織がニヤリとした。
「へー、結花そんなこと言っていいの?」
「付き合い悪くなった彼氏持ちが何か言ってるわ」
「どうせ私達を置いてお嫁に行くんでしょ」
詩織、沙紀、真衣が続けざまにからかいのジャブを打ち込んできた。
「なんで三対一になってるのよ、てかお嫁って」
「結婚式には……呼んでね?」
よりにもよって真衣に、さっきの口調を真似られた。
「まだそんな段階じゃないし、やめてよー」
あはは、と詩織が笑う声が耳を掠めていく。
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