第2話 明るい我が家

「ねーね!」

 ドアを開ける前からどたどたと走ってくる音がして、次いでばんばん!!とたたく音がする。


 あーあ、この音からすると裸足だな…


 結花ゆいかは小さなため息をつく。

 結局使わなかった傘を傘立て入れて鍵を開けると、小さな怪獣が突進してきた。思わずよろめく。


「ねーね!」

 怪獣は結花の顔を見上げて、にまー!っと笑った。


 15歳下の弟、ひかるだ。


 その後ろから「結花ちゃん、おかえりなさーい!」とエプロン姿の俊樹としきが顔を出す。「ただいま」と言って結花はしゃがんだ。


「ほら光、裸足で来たらダメだよ、汚れちゃうじゃん。そこ座って」


 廊下との段差に座らせ、小さな足の砂をはらう。光はリズムをとるように体を上下に動かしている。


 にこにこ、にこにこ。


「今日もかわいいねぇ」

 オムツ買うのは恥ずかしかった。でもこの笑顔はそんなの吹き飛ばしてくれる。


「結花ごめんねー、保育園の準備してたらオムツ足りなくってさー」

 2階から洗濯物を抱えた母の晴香はるかが降りてきた。ベビーゲートを開けた途端、

「まーま!」

 光が今度は晴香に突進する。「おっとっと」とよろめきながら母は「光ー!力強くなったねぇー!」と嬉しそうに笑う。目尻がこれ以上ないほど下がっている。ほんの数年前までシワを気にしていたとは思えないくらい、表情豊かになった母。

 光はキャッキャッと声を上げて笑っている。

 結花は、ちょっと困りながら笑う。


 いいこと、なんだろうけどなぁ…。


 一昨年、父親になった俊樹、母の晴香、弟の光、それに高校2年生の結花を加えた四人が長谷家はせけのメンバーだ。


「ご飯にするよー」

 俊樹がリビングからいい匂いをさせている。今日はハンバーグにするとお昼にLINEが来ていた。


 結花はオムツをリビング隣の子供部屋、ベビーベッド内の中に放り込む。つい去年まで光はここに寝ていた。

 今は母や俊樹と同じ部屋で寝て、使われなくなったベビーベッド内はすっかり物置き場になっている。オムツ、おしりふきの箱、箱に入ったたくさんのおもちゃ。


「いたっ」


 足の裏に痛みが走り、見ると積み木を踏んでいた。

 積み木はあちこち散乱している。

 ついでについていた米粒をとる。きっと光の服についたかなんかでこの部屋にたどり着き乾燥したのだろう。かわいそうな米粒。またため息をひとつ。


 あ、あとでレシート出さなきゃ。

 詩織が勧めてくれてた動画も観なきゃだし、アイドルの新曲も聴きたい。宿題もある。

 さっさとごはん食べて2階に上がろう。


 リビングでは俊樹がにこにこしながら待っていた。母と光もいる。


「先に食べてていいのに」

「いやーほら、やっぱり皆揃ってる時は皆で食べた方がいいじゃん」

 にこにこ、にこにこ。

 俊樹の善意の塊のような笑顔を前に結花は何も言えなくなる。


 元はと言えば、この人が現れてから結花の生活は変わったのだ。それまで母と楽しくやっていたのに。

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