第38話 海
「うーみー!」
詩織が叫ぶ。まるで子供だ。結花は思わずあたりを見回したが、視線が気になったのは数秒で、皆それぞれ遊ぶのに忙しいらしい。8月も終わりに近づいた日の午後。青い空に入道雲。UVカットのパーカー越しでも腕が熱い。帽子の下に汗をかいている。
それでも、海に来るとテンションがあがるのはなぜだろう。
「海って、青春の定番だよねぇ」
沙紀がしみじみ言う。
「なんでこんなに解放感あるんだろうね」と結花がつぶやくと、真衣がすました顔で横に並んだ。
「目の前の景色に人工物がないからじゃない?」
「真衣はシビアだね」
「いいでしょ、別に」
沙紀と真衣の会話はクールで、聞いていてひやひやする時もあるけど、当人同士はどうも思っていないらしい。楽しんでいるふしすらある。四人で話している時は皆無難な話し方をするのに、一対一になると話し方も変わる。前はそれに戸惑いもあったが、彼氏ができてから結花は自分だってそうか、と思った。相手のことが好きだから、見せたい自分も変わってくるんだろうな。
海で泳ぐ人は少なく、どちらかというと海の家や、海岸沿いのカフェに人が集まっていた。結花たち四人は人が集まっているところから少し離れて、思い思いに海を眺めていた。海の家から流れる音楽もBGMというには遠い。手頃な流木があったので腰かけて、「ここに光を連れてきたら砂浜に絵を描くかな」と結花は思って、つかの間四人でいるのに寂しくなった。それを打ち消すように波打ち際にいた詩織が走ってくる。「ねー、売店行こうよ! ソフトクリームかかき氷食べたい」と大きな声が届く。
真衣と神社で話してからしばらく経ち、そろそろ1か月が経とうとしていた。
結花は真衣と同じ塾に通うようになった。
とは言っても、真衣みたいな医大進学コースではなくて、とりあえずメインの3教科のコース。「お金のこと気にしてないでもっと本格的にやってもいいのよ」と母は言ってきて押し問答になった。結花の中には母がシングルだった頃の金銭感覚は残っていて、表向きは「生活も変わるし、慣れたいから」と言い切った。
いざ入ってみると授業も受験に特化していて得るものはあったが、自習室を使える、という利点の方が大きかった。
家ではやっぱり1階が、特に光が何をしているかが気になる。
真衣とはクラスが違い、あまり会わない。何度か見かけるが、塾にいるときの真衣はまた学校と違って表情が険しい。自習中も集中している。きっと家にいるときもそうなのだろう、しかし不思議と嫌な気はしなかった。真衣は自分と戦っている、そんな気がした。時折、神社に行く前に話しかけられた男の子と話す姿を目にした。彼は真衣をからかっているらしかった。真衣は面白くなさそうな顔をしていたが、たぶん、本当に嫌なら無視するだろう。後から、彼は塾でも一、二を争う頭の良さで真衣のライバルなのだと、塾で同じクラスの子に聞いた。
沙紀も詩織も、それぞれ家族と夏休みを満喫しているようで写真がLINEで送られてくる。「塾に行く」と言うと「デートの予定会わなくなるなぁ」と松崎君は寂しそうだった。しかしあちらはあちらで部活の予定がつまっているらしい。どうにか夏休み最終週にデートの約束を入れて、夏休みのメインイベントはそれで終わりだと思っていた。
「夏休み中に海に行こう」とLINEグループで言い出したのは真衣だった。
「えっ水着どうしよう学校のやつ?」と詩織が大真面目に返して、沙紀からもわくわくしている猫のスタンプが送られてくる。LINEグループはひとしきり盛り上がった。
「真衣、模試とか忙しいんじゃない?」
「毎週じゃないから大丈夫。あたしだって休みは欲しいもの」
真衣はここのところ自分のことを「あたし」と言う。それが先生たちの前では決して出ない、四人でいる時だけだと気付いて結花は嬉しかった。
誰も触れなかったが、真衣はきっと思い出作りがしたいんだろう。もう夏休み。遊ぶ機会を作らないと、休み明けから真衣とは別クラスだ。
スケジュールを合わせると結局遊ぶ予定はお盆後にずれこみ、そうすると「海はいいけどクラゲが出るから泳いじゃ駄目よ」と結花の母親が言い、沙紀の祖父母もニュースで海難事故を目にしてから泳ぐことに難色を示し、どうしようと考えているうちに、「そもそも皆そんなに泳ぎたい?」と詩織からのメッセージが届いた。
「皆でランチして、海をぼけーっと見ながら話をして、買い物でもすればいいんじゃない?」
「ダイエット間に合わなかったんでしょ」
すぐさま真衣が茶化すが、詩織は取り合わない。
「世の中にこんなにおいしいものが溢れているんだから食べてあげなきゃ可哀想でしょ」と開き直る始末だった。推しのライブに行ってからというもの、「生きてるうちに楽しまなきゃ損だよね!」と言い聞かせてはグッズを買ったりおいしいものを食べたりと忙しくしている。
最終的に詩織の案でいこうと話がまとまって、今四人は海にいる。
「あっついね」
口々に言って、それぞれソフトクリームを頬張る。道路から海へと降りる広い階段に、四人は腰かけていた。どちらかに決めきれなくて選んだチョコバニラミックスが冷たく結花の喉を通っていく。
「真衣、今日は顔色いいんじゃない? 塾ばっかでもっと疲れてるかと思ってた」
沙紀に聞かれた真衣は、すでにコーン部分をかじっている。「うーん」と言ったっきり次の言葉を迷っている様子だったが、全部食べ切ってから口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます