第21話 本に囲まれる中で

 和菓子屋さんで水羊羹2個と、抹茶ゼリーにあんみつがかかったカップ入りデザートを自分たち用におそろいで2個。会計は沙紀にしてもらった分、結花は荷物を持った。


 帰りの上り坂は少しきつかったけど、ここを戻るとわかっているから体感的には短く感じられた。

 「食べるの楽しみだね」「テスト終わったご褒美だね」なんて言いながら歩くのは暑くても楽しかった。


「ただいまー」

「お帰りなさい」

 智子さんに声をかけて、ギシギシ鳴る階段を上がり、沙紀の自室へ。

 入るなり圧倒された。

「本、すごいね……」

 膨大な本の背表紙、その圧倒的な存在感。

 入って左側壁一面にびっしりと本棚が敷き詰められていた。

「元々じいちゃんの書斎だったから」

 床が抜けるんじゃないかと思うほど本が敷き詰められている。

 これがうちだったら、と結花は妄想した。

 きっと光が手当たり次第本を引っ張り出すだろう。長谷家では触られたくないものは上に上にと置かれている。手が届く範囲に物を置くとなにをされるかわからない。

 沙紀が無造作に机の上に漫画を置いているのを見て、「ああ、絶対光がいたら落とされるか下手したらページ破られるわ」と思ってしまう。

 やっぱり弟には振り回されてるなぁ、私。


 沙紀が階下から呼ばれたと思ったら、お盆を持ってまた上がってきた。

「これ、おやつと一緒にどうぞって」

 智子さんが入れてくれたらしい、冷えた緑茶。緑色がガラスのコップに透き通って美しい。

 四つ足の丸テーブルを沙紀が出してきて、コップを置いた。本棚を背もたれがわりに座るので結花も真似する。開け広げた窓の外に庭の木が見える。扇風機の風が室内を巡る。コップを取ると、中の氷がカラン、と鳴った。


 じんわりと汗をかいた体にすっきりとした緑茶が染み渡る。それでいて深みもありおいしかったので結花は目を丸くした。

「めちゃくちゃ美味しい……ペットボトルのと全然違うね!」

「水出し緑茶なんだ。ばあちゃんがハマってるの」

「へぇ……おいしい」

「ありがと。さて、おやつ食べよっか」

 抹茶ゼリーの濃い緑の上に、寒天、みかん、さくらんぼ。あんこと白玉も入ったカップデザートは智子さんの緑茶によく合った。一口食べると、次の一口が欲しくなる。

 食べ終えるとはぁー、と幸せなため息が漏れた。


「ねぇ、この本って全部読んだの?」

 沙紀の祖父は学校の先生かなにかだったのだろうか、小説が多い中には教育論だとか、コーチングという言葉が背表紙にある。

 沙紀はコップを回して、氷がカラカラ回転するのを見ている。


「いやーさすがに。気になるのだけ読んだりしてる……なんか最近はダメなんだ。読んでてもさらーっと流し読みしちゃうときがあって。言葉が心に染みてこないの。三者面談が近いからかな…」

 最後は消え入るような声だった。それで結花も思い出す。うちは四者面談の予定だった。人数に気を取られていたけど、中身を何も決めていない。どうするんだ私。


「結花は将来やりたい仕事とかあるの?」

「うーん……とりあえず大学には行こうと思ってるけど、仕事まではなかなか。沙紀は?」

「今考えてるのは介護の仕事とかかなぁ」

「へぇ」

 意外だった。かといって他の職業も思い浮かばない。毎日見てるのは制服姿で、例えばスーツ姿の沙紀は想像しにくかった。

「どっちもじいちゃんばあちゃんの影響なんだ。でも反対されてる」

「えっ」

「自分たちのことはいいから、自分の好きな道を選びなさいって」

 それって。

 結花は少し考えた。


「あ、もしかしてお祖父さんお祖母さんが先々介護が必要になるかも、ってこと?」

 沙紀はこくん、とうなずく。

 そうか、生まれてまだ2年の光の世話も大変だけど、歳をとった家族と過ごすということはそういうこともあるのか。

 祖母の京香は元気だけど……あと5年、10年経ったら体調がどうかわからない。そうだ、晴香と、俊樹も歳をとるんだ。いや、私だって。今は元気に過ごしてるけど、いつかその未来は確実にやってくる。


「もし、お祖父さんお祖母さんの介護を心配しなくていいなら?」

 聞いてみた。

「うーん、なんだろうねぇ……弁護士とか?」

「急に極端だね」

「じいちゃんの知り合いに弁護士さんがいてさ、私がここに来たり、父親とのやりとりとか母の遺骨の扱いとか、お世話になってるみたいなんだ。そういう力が身につけられたら世の中渡っていくのに強いかな、人の役にも立つかな……なんて、結局私は家族のゴタゴタから逃れられないのかな。完全に切り離して考えるの難しいや」

「そうだね。全部つながってるもんね」

「結花は大学行くとしたら地元?」

「うーん、どうなんだろ……。私、弟のいたずらにイラッとするときは一人暮らししたくなるんだけど……」

「小さい子いると大変そうだね」

 沙紀が抹茶ゼリーと白玉、あんこを絶妙な配分でスプーンに載せた。ぱくっと食べて、幸せそうな顔。光がバナナ食べてる時の顔に似てる。

「あ、でも弟も大学通ってる間に大きくなるから……」

 卒業して家を出て、大学に4年通う。そうすれば光に会う機会は減る。


 生まれたときはほやほやで触って大丈夫かってくらい不安定な存在だったのがもう家の中を荒らすようになってきて主張も激しくなってきている。

「もし家を出たら、あっという間に小学生…?えっ待って小学生になるの?まだちゃんとしゃべれないのに?」

「大きくなるだろうねー。地元に残って成長を見守るとかしちゃう?」

 にこにこしながら沙紀は言う。

「そこまではしないけど……うーん……」

 腕組みして悩んでしまう。私の知らないところで大きくなる光。そのうち「ねえね!」じゃなくて「結花姉ちゃん!」とか呼んでくるんだろうか。光が成長する間そばにいれないのは、寂しい気がした。

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