第40話 明日の修羅
魔人シャザムを語ろう。
アメントリルの率いた七聖人に数えられなかった最弱の魔人シャザム。
どの魔物より弱く、人よりも弱い。特別な力など何一つ持たず、それ故に誰よりも人と魔人に恐れられた最弱の魔人シャザム。
千の軍勢を言葉だけで寝返らせた。
魔王ですら恐れた妖精を言葉巧みに操り聖女と引き合わせた。
旧王国の王に禅譲を認めさせ、教会の理念を作り上げたのもまたシャザムの弁舌にあった。
見た目は優男。
力は子供にも劣る。
犬の一頭を狩るのにも半死半生の有様。
生まれ落ちた瞬間に現世に堕ちた魔人。
最弱の魔人シャザムがいなければ、アメントリルは誰の記憶にも残らずに死しただろう。
最弱の魔人シャザムがいなければ、帝国に今の繁栄はなかっただろう。
最弱の魔人シャザムがいなければ、教会はこれほどの権勢を持ち得なかっただろう。
最弱の魔人シャザムがいなければ、学院は存在しなかっただろう。
最弱の魔人シャザムがいなければ、世に役立つ様々なものは生まれなかっただろう。
弁舌の悪魔とも呼ばれた魔人シャザムよ。
アメントリルですらも恐れ、理解できなかった恐るべき魔人よ。
妖精に囚われ、
シャザムは夢で世界を見る。
妖精の目として、シャザムの複製は大地のいたるところにいる。
迷宮案内の冒険者として。砂漠を渡る旅商人として。港町の人足として。田舎の渡世人として。
複製のシャザムは、妖精とアメントリルの望む世界を作るために働く。
自覚せぬ細作として。時には甲殻戦鬼として。
最弱の魔人シャザムがいなければ、この未来に至らなかっただろう。
◆
大森林の民を避難させるのは不可能であった。
彼らは森と共に生きるが故に、どれだけ理を説いてもそこから動くことはなかった。例外があるとすれば、リッドの氏族だけは子供たちをリリーに預けた。
久方ぶりの再会は重苦しいはずのものであるというのに、一年前に出立したあの日と同じように穏やかだ。
村は何一つ変わらない。
森は異様な静けさで、エルフたちは嵐の前触れを感じ取っている。
昼一つ。
秋の終わりを告げる冷たい風が吹いていた。
リリーは氏族の長である老爺と共に、弓を射る。
人の形に束ねた藁の頭部に矢は吸い込まれた。それは、長のものだ。
リリーのそれは胴体に当てられるという程度でしかない。それでも、ただ使うというだけであれば充分なものである。
「弓の
長はどこか面白いといった様子で言う。
教えたからこそ分かる。リリーが一生を費やしたとしても、それなりの腕前にしか至るまい。それは剣であっても同じことだろう。
「わたしの剣は、上手くありませぬ」
リリーの剣は、人を斬るに鈍い。そして、物を斬るに超越していた。
斬鉄がそれを証明する。鉄を鉄で斬るのは無意味である。剣は相手の隙間に刺しこむものだ。鎧甲冑ごと斬り伏せるものではない。
黄金騎士という例外のことを思い出す。あれは、鉄ごと叩き斬る益荒男であった。
「誇り高きことよな。覚えておられるか、裂け目から現れた魔に憑かれた
「はい」
「裂け目は、森の奥深くに座す禍津大神に惹かれて現れる。この森が人を拒み、
長は空を眺めた。
鳥すらいない。静まり返った空だ。
「蟲人の姿を多く見るようになった。人間たちが甲殻戦鬼と呼ぶ呪わしき蟲人は、かつては五十年に一度見るか見ないか。そんなものであったというのに……、無数の蟲人は都と東へ飛んでいきおった」
甲殻戦鬼シャザムか。
あの男が何者であるのか。どうして妖精と共にあるのか。
考えても仕方ないことだ。
「それは、敵です」
「神殺しをなされるか、人喰い姫や」
「あれが神であるというのなら、そうなりましょう」
エルフから勇者は現れなかった。
三百から五百年近くを生きるエルフの多くは、二百歳を過ぎると自死を選ぶ。曖昧に頭が霞み始めたことを自覚した段階でそれを決める。
森エルフにとって、それは太古の昔より続く自然なことであった。
「あの馬鹿息子めが。どうして、ここにおらんっ」
吐き捨てるように言う長の顔には、憤怒ではなく悲しみがあった。
リッドは森エルフを超越し、人と亜人を結ぶ英雄へと至るだろう。それが役目であった。だとしても、森の静寂を打ち破るのは同じ森エルフであってほしかった。
「ミラールは婚姻の証だと聞いています。どうなるかは分かりませぬが、あれの嫁であるというのなら、わたしがやるのもまた必然でしょう」
帝国貴族の理である。
人の世の理がエルフに通じるものか。
「リリーや、人食い姫や、まさに森の変わる時であったか。この老骨も連れていってくだされ。禍津大神の創られた森エルフの末として」
「いいでしょう。しかし、軍に組み込むからには従って頂く」
長は頷いた。
後の歴史からすれば、帝国に森エルフが
帝国軍には亜人の兵士や異形の魔法使いたちが多くいた。
かつては帝都を歩くだけで石を投げられた彼らは、齊天后直属の兵として帝都防衛の任に就いている。
蜥蜴人の短槍兵や鬼人の戦人が、一糸乱れぬ整列で正当な主であるラファリア皇帝陛下を迎える。
野心に満ちていたころに創り上げた軍勢は、かつての前世と変わらぬ練度と忠誠を皇帝陛下に捧げていた。
ラファリアは帝位を得る以前より、底辺にいた彼らの光明であった。
齊天后に裏切りを伝えられたというのに、彼の兵士たちの心は乱れていない。
我らと同じ目で、天を睨む這いずる者の皇子。道化を演じて叛乱の炎を集めた希望の光。
無数の瞳に刺し貫かれて分かる。
逃げたのは大いなる過ちであった。
俺は間違っていた。
あった。ここに、裏切れぬものがあった。
自らの造りだしてしまった鬼たちを、裏切っていいはずがない。
「神よ、ここに立たせてもらったことに感謝します」
地獄に堕ちてなお信じなかった神の存在を感じる。ずっと頭上で神は見ていらっしゃった。俺が何を為すのか。
「我が兵よ。このラファリアに集うた兵たちよ。長きに渡り待たせたことを詫びよう。そして、貴様らに告げる。俺は帝国を
亜人の兵士たちは様々な声を出した。それは大気を鳴動させて悪魔の呻きのごとき音となる。
見るがいい、領主軍よ。
齊天后憎しで担ぎ上げた神輿である俺は、大火であるぞ。齊天后が堕落した帝国を焼く天の火であるのなら、俺は憎しみが産み落とした地の火種。
小さな憎しみの火は、もはや
「正統たる皇帝である俺がお前たちを率いよう。齊天后マフもまた、俺に
指差された蜥蜴人の兵士はラファリアから目を離さず、口をわなわなと蠢かせた。
「俺たちの、皇帝陛下っ」
水辺を支配していた種である蜥蜴人も、いまや人の下にある。汚れた沼に追いやられ、治水工事では牛馬のごとく労役を課される。
「俺たちのっ、皇帝陛下っ」
鬼人が続いて叫ぶ。
灰色の肌と豚のような面相が特徴の鬼人もまた、傭兵働きで各地を流浪する敗北した種族だ。
「お前たちは俺の兵士だ。齊天后マフのものでも、黒騎士ジーンのものでもない。貴様らは、俺の兵である。よいか、戦いに死すれば俺に集え。地獄へ行くなど許さぬ。魂となって俺に仕えよ」
かつての演説と同じことをしている。
『俺たちの、皇帝陛下っ』
大気が鳴動せんばかりの声。
前世で帝位を簒奪しようとした時にやった演説と同じものだというのに、あの時と心根は正反対だ。
かつては手駒を心酔させるために使った。利のために吐いた薄っぺらな綺麗事であった。
今は、彼らの心に灯してしまった希望の灯に責任をとるための言葉である。
罪滅ぼしだというのなら、彼らを背負わねばならない。
ラファリアは自らがどれほど愚かであったか気づいた。野心で造る言葉と正義は、野心を持つ者を惹きつけるにすぎない。
「お前たちは俺の臣である。齊天后の前に妖精を、いや、禍津大神を駆逐する。神殺しを為し、この大地に我らの世を創り上げるのだ」
今なら分かる。
負け犬が天を憎み世を羨む言葉に、彼らは溺れたのだと。
武器を振り上げて熱狂する亜人たちに、黒騎士ジーンの放った細作は震えあがった。この機会に皇帝陛下を拉致するつもりだったというのに、それはもはや不可能だ。熱狂する亜人たちがそれを許すはずがない。
神輿でしかなかった無気力な世捨て人の第三皇子は、いまや皇帝と成った。
齊天后マフと黒騎士ジーンは利と超常の力でしか配下を御せない。彼らの力は敗北と共に消え去るものだ。
ラファリア皇帝陛下の狂熱は配下を臣へと変える。
野心で昇る輝きに惹かれ、惨めさに共感させられる皇帝陛下。言うなれば、憎しみの太陽、負け犬の一番星。
ラファリア皇帝が帝都を脱した時に将兵は何を考えたか。
齊天后を討つという号令を待った者と、ラファリアを
「この世に永遠は無く、それは俺たちにも妖精にも神であっても同じことだ。帝国はこの戦いでより強くなろう。血を流さねば手に入らぬものがある。それは、今まで顧みなかった者たちだ。俺は後世に狂皇とされるだろう。しかし、それで良い」
皇帝陛下は言葉を切った。
空を睨んで大きく息を吸う。
「問おう、貴様らは正気か」
その言葉は森に響き渡った。
割れんばかりの歓声が上がる。
『狂っているぞ』『狂っている』『狂ったぞ、今狂った』
狂気の声は伝播する。
こうして、総勢四二一名の兵は皇帝の烈士となった。
派手にやったな、とフレキシブル教授は独りごちる。
皇帝陛下はようやく長い眠りから覚めた。
兵士たちの進軍を見ていたフレキシブル教授は傍らのリリーに向き直る。
「陛下も、道を決められたか」
リリーの言葉には一抹の寂しさがあった。
「キミのおかげだと思うよ。あの男は、どうにも頼りなかったが、いまはどうだい」
「陛下をあの男と呼ぶとは、不敬だな」
「キミもとんでもないことをしただろう」
小さく笑う。
森の中には静けさの代わりに戦の狂熱があった。
この道を初めて通り抜けた時、半分までは馬だった。残り半分は大鹿のミラールで帝都へ向かって、長い旅の末に戻ってきた。
「教授、一つ聞きたい。一度始めてしまったものは、止められないものか」
「ああ、止められない。終わらせるか、死ぬまではね。陛下は幸運な男だよ。死んだ後にそれに気付けた上に、やり直せている」
「……信じているのか、地獄や前世を」
「ああ。この世界は何があってもおかしくない。僕は魔界語に堪能で、この世界のシステムとやらのことも知っている。どうしてだと思うね?」
リリーは腕を組んで首をかしげてみせた。
「僕の両親は、共に三百年以上生きて、死ぬ二十年前に僕を産んだ。天のエルフに、
「そうか。どんな人だった?」
「驚かないのかね」
「なんとなく、納得した」
フレキシブル教授もまた、笑う。
黒眼鏡で相貌を隠したフレキシブル教授の表情を読むのは難しい。付き合って分かるのは、彼は顔色を読みやすい男だ。だから、わざと隠している。
胸の奥にある悲しみや苦悩を見せないようにしている。浮世離れした奇矯な男だと見せつけるようにして、現実離れした生まれを隠していた。
「父と母は、二つの言葉を話した。魔界語と公用語だ。幼い時からだったから、自然と覚えたよ」
黒眼鏡を外した教授は空を見る。
「両親は空の色と月と太陽、星の輝きは故郷と同じだと言っていたよ」
カグツチもそうだった。
斬らねばならず、痛みを遺して再び逝った。敵であったが、憎しみは互いに無い。
「父と母は、ずっと一八歳の姿で生きた。僕が、彼らより見た目が年上になってから、死んだよ。互いの胸を刺し合っていた」
その姿を今も思い出せる。
その時が来たのだと知っただけで、不思議と落ち着いていた。
「両親の遺書には、僕への詫びと、疲れたと遺されていたよ。魔人の生は長すぎるんだろうね。僕は、それから世界のことを知るために、西から東、歩き回った」
「何があった」
「別に何も。ごく普通のことが世界の隅々にまであった。どれも普通のことだった。死を控えた年齢の今になって、キミという異常と出会った」
リリーは心外だという顔をした。
「分かってないなキミは」
「何をだ?」
「いや、それが良いのかもしれない。これを見届けるのは両親の供養にもなるだろう」
「そうなのか?」
リリーは言いながら質問ばかりだな、と苦笑した。
「ああ、きっと、そうだ。父と母はこの世界と喧嘩して、逃げたのさ。どうやっても勝てない相手だと知って、仲直りをしなかった」
それは分かる。
リシェンはこの旅で世界と仲直りをしようとしている。そして、多くの魔人は逃げて絶望した。
世界の秘密を知る者はどれだけいるだろうか。あの妖精や吸血鬼の女王はその数少ない存在だろう。
「アメントリルという人は、最後まで戦ったんだよ。それで悟ったんだろうね。望みは叶わないと。僕の両親は戦う前からそれを知っていた。どっちが良くて悪いかは、分からない」
「お前らはいつも余計なことを考えすぎだ。目の前にあるものだけ、昨日と今日だけだ」
「どういうこと、かな?」
リリーは苛立って舌打ちを一つ。
どうして、こんなに口下手になったのか。アヤメほどよく回る舌が欲しい。
「巡礼の旅で分かった。人など、昨日と今日に何をしたかだけだ。それ以外など、飯を食って寝るだけ。雷に打たれて明日死ぬかもしれん。蕎麦の実で行き倒れて糞に塗れて死ぬかもしれん。それ以上のことは全て、苦しみだ」
「その通りだけど、あまりにも暗いよ」
全ては苦しみで積み上げる石塔だ。
「明日はいいことがあるかもしれんだろう。わたしはいつも、厭なことがあった日は、明日は美味しいものを食べれると思うようにしている。今日の埋め合わせを、明日するんだ」
フレキシブル教授は小さく笑ってから、父母を想う。
埋め合わせができないほどに、深く、深く苦しんだのだと分かる。明日が信じられなくなって、人は死ぬ。長すぎたのだろう、明日を数えることが。
「気に入らんよ、お若いの」
髭の先端を整えながら、教授は言った。
「僻みだろ、お古いの」
リリーは口元を皮肉げに歪めて言う。
「若いな、とても」
「二十歳にもならん小娘だよ」
フレキシブル教授は小声で意味をなさない音を発した。
「なんだ、早口言葉か?」
「僕の名前だ。本当の
「わたしなら、子供にそんな名前はつけない」
「気に入らんよ、僕より若いヤツはみんな」
二人は同時にニヤリと笑んで、冗談めかして肩を叩き合ってから前を見据えた。
誰もかれもが、何かを背負っている。
口には出せない苦しみがあって、それは傍から見れば等しく下らない内容である。背負っているものに貴賤は無い。どうせ、死ねば同じことだからだ。
「教授、明日は、何か美味いものでも食うか」
「いいね。でも、何か美味いものは漠然としすぎだ。そうだな、森の恵みでも」
「もう虫はいいよ。あれは、臭いんだ」
「キミは本当に言葉が下手だな」
何度も死線を越えてきた。
特別な何かを思ったことは、一度も無い。
戦いは予定した通りに始まった。
リシェンは警護の兵士たちに囲まれて、神具の杖を虚空から取り出した。
神話に語られる魔女のイメージそのものだ。
「我は宵闇の魔女リシェン、闇と褥を共にする毒婦。ふふふ、くだらぬが、今はそれをやろう」
そうでもせねば、足が震える。
とうの昔に、命を繋ぐ復活の神具は尽きた。
かつて、妖精、邪神、銀巨人、邪妖精、始祖の吸血鬼、それらは特別な敵であった。
魔人たちが力を合わせても勝てぬほど強大な敵。そして、そのころの魔人は無限の命を持っていた。
どれだけ死んでも死なない。不死の魔人は、この世界で暴れ始めてから天の怒りに触れて死を賜った。
「死だけは平等であった。誰にも訪れ、拒むことはできなかった。ああ、父よ、母よ、もう会えない。いや、死すれば会えるか」
板に付いたな。
付くか着くか、よく分からない。魔界語の言い回しも、たくさん忘れた。
東の高台から強大な魔力の発露を感じた。
「あれが、マフか」
リシェンは遠見の術でその姿を垣間見る。
転移ポータルから虚空を越えて現れたのは、魔人の中でも高いレベルにいる者だ。骨の貴婦人の姿と、手にある神具で分かる。
「老いて死ねれば、どれほどよかったか。それさえ失くした我らのクエストが、これか」
リシェンが手に持つのは、神具の
過去に縛られ、今に裏切られ、明日に呪われている。
「耐久値八千以上の結界、三人いれば削り切れるか」
かつてと違うのは、その後の戦いに戦力にもならぬ人が挑むこと。
リシェンの息子であるグロウも、お頭のリリーも、アヤメも、教授も、ウドも、魔人と比較すればあまりにも脆弱だ。だけど、その内に秘めた物は魔人よりもずっと強く、熱い。
「明日のことなど、考えたこともなかった。アメントリルよ、お前は明日のために生きたのだな」
優しき狂人アメントリルと会いたかった。世界に絶望する前に。
彼女はどれだけの人間に影響を与えたのだろうか。
影法師は教会の信徒たちに囲まれて神具の杖を掲げていた。
アメントリルの影法師は、このような人たちに戸惑う。
祈るという行為はスキルを使用する際に必要と設定された動作に過ぎないというのに、彼らはそれを神聖なものと信じている。
自らのやるべきことを知る。
アメントリルはかつて言った。
「いつか、わたしと同じ人たちや、主人公でも敵役でもいい。助力を得たいというのなら、力を貸して」
その言葉を自らの口を使って再生する。
信徒たちは驚いた顔をした後で、彼らの信仰に沿って都合よく言葉を解釈した。
アメントリルの言葉も、リリーの言葉も、その意味は推し量れない。人は難解だ。単純なものは、平等に訪れる死のみだ。
ずっと、ずっと、気になっていることがある。
どうして、アメントリルは笑うことができたのだろうか。
閉じられた聖女の墓所でずっと考えていた。
主と同じ姿と同じ能力を持つ影法師。ただ違うものがあるとしたら、一度死ねば神具の奇跡でも復活ができないこと。
「何が違うというのか」
人と魔人にどれほどの違いがあろうか。そして、神具である自らも。
かつてアメントリルが身に着けていた長杖の神具は、虹色の輝きを放つ。
影法師に装備できる神具では最大の強さのあるそれに力を込める。
「始めましょう。結界を壊します。あなた方は祈るのではなく、敵を倒しなさい」
結界を破壊した後、直接の攻撃に移る。
齊天后マフは、二本の杖を装備していた。
右手と左手の装備スロットに、本来は両手武器として扱われる長杖を装備できる。ペナルティは存在せず、その力を十全に振るう特性を持つ。
禁忌の神具を使用することにより、人の身より異形へと変化した。
屍解外法(リッチ)は強大な力を持ち、多くの利点と弱点を併せ持つ存在だ。幾つかの致命的な弱点は神具により無効化しても、拠点からうって出るという選択が自殺行為であるのに間違いは無い。
『合同クエストか、味な真似をしおるわ』
齊天后マフの吐き捨てた言葉の意味を理解できた者はいない。
それほどに、長い時間が経った。
二本の魔杖を振れば、空に不吉な魔法陣が書き出される。その意味を、マフは知らない。ただそれが、術の直前に現れる色合いであるとしか知らない。
『妖精の討伐かや、久方ぶりのケイケンチとなろうな』
帝都を破壊することさえ為し得る巨大な力が、大森林を揺るがす。
三人の魔人が同時に放った力は、妖精の結界を、その耐久値を削りきった。
魔人たちもまた妖精を倒すため、それぞれの方法で前線へと向かった。
◆
大森林の中心部から異常な光が漏れた。
誰もが、息を呑んだ。
結界の破壊と共に、セカイジュより何倍も大きな巨木が姿を現していたからだ。
「なんと、あれは花か」
巨木と見誤ったものは、一輪の花である。
天を貫くばかりの巨大な白百合の花が、陽光を反射して毒々しく輝いている。
リリーも目を丸くしてそれを見て、ミラールの嘶きに我に返る。
「そうか、あれが敵か」
あまりにも大きな花からは、自然を感じ取れない。
姿を現したそれが、この世にあってはならないものだという事だけは、本能が教えてくれた。
この場に集った戦士たちに、それを感じ取れない者はいなかったのだろう。
ミラールが激しく地を蹴った。
「行くか」
もはや聞き慣れてしまった巨大な羽音が響いてきた。
妖精の手先、甲殻戦鬼である。
「皆の者っ」
リリーの大声が響き渡る。
「天下分け目がこの時ぞ。帝国の陰に蠢いた妖精を討つ好機、修羅とならん者はこの人喰い姫に続けいっ」
大鹿ミラールは主の意志を汲み、地を駆けた。
修羅共が目指すのは、妖精の命と明日である。
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