第47話 そして、春を待つ
寝台から下りようとして、転ぶ。
片目というものがこんなに不便だとは思いもよらなかった。
なんとか起き上がってみるが、右目だけの視界というものは実に不快だ。頼りないとか不安とか、そんなものより不快が遥かに勝る。
「くそ」
リリーは悪態の後にため息をついて、じわりと熱を持つ左眼窩を包帯越しに撫でた。
頭の芯がびりびりと震えるような痛みに、陶酔する。どうしてか、この痛みを分かっているのに味わってしまう。
痛みに震えていると、痛みはなかなか引かずに冷や汗が滲む。
天蓋付きの寝台の柱で体を支えて、次は壁へ向かった。手さぐりで壁に張り付けば、ひんやりとした石の感触が心地よい。
「なるほど」
感覚よりもズレている。
見ている世界の質感が変わり、片目というものの不便さを知った。
喉が渇いている。
壁を伝って小机に置かれた水差しに辿りつけば、直接口をつけて飲み干した。熱くなっていた全身が冷たくなって、今度は肌寒さを感じた。
天蓋付きの寝台まで戻るのがまた大変だ。
こんなことをしていたらまた怒られるな、と思う。
勝ったというのに、アヤメとリシェンはとてつもない怒り方をした。
特に、リシェンは幼子を叱りつける母親のような有様であった。
二人の魔女は怒りながらも、左目の治療はきちんと行ってくれた。
時戻しと同じ効果があるはずの神具の秘薬も、どうしてかリリーにはその効果を発揮しない。ただ、目から地の毒が身体に回ることだけは防いでくれた。
地の毒とは傷口が汚れることから発症する致死性の病である。傷が土で汚れていると罹患しやすいことから、その名が付いた。
摘出された左目はなんとも不気味だが、古代の英雄のように食べてみようとしたら、これまた怒られた。
寝台に這い上がって、また眠る。
ふかふかの寝台ほど心地よいものは無い。
幼い時、熱を出して寝込む感触が好きだった。苦しみと心地よさの同居する
ああ、眠いな。
熱っぽい頭でシーツにくるまった。目を瞑ると、ずきずきと眼窩が痛む。
痛みに耐え、泥のように眠る。温い泥だ。
痛いというのに、心地よく感じる。
痛みはずっと長い友達だ。何かを得るためにはいつも痛みがあった。
今は眠ろう。
熱のある頭が痛む。どうしてこんなに苦しいのに、どこか心地良いのだろう。
リリーは夢を見ない。
魘されているリリーに、影法師が時戻しの回復魔法をかけた。神具の杖より放たれる光はリリーに効果をもたらさない。
他の者であれば、四肢を失ったとしても、時を戻すかのようにそれは再生する。しかし、リリーという少女にだけは、それは痛みを僅かに和らげる淡い光でしかなかった。
「……システムから逸脱した、にんげん。アメントリル様の願いは叶っていたのですね」
傍らのアヤメにその言葉の意味は分からない。
アヤメも時戻しの癒しは身をもって体験している。
敵であった秘剣ツチノコを遣う
魔人の末裔はことごとくリリーに倒された。その証が黒髪と黒い瞳しか残らなかったアヤメもまた、リリーに触れて変化した。
「影法師殿、アメントリル様の希望とは、この世界を造り物ではなくすことだったのですね」
「今となっては、その真意は分かりかねます。けれど、きっと」
世界への復讐は成就した。
「筋書きはもはや無く、結果だけが残る。始祖の吸血鬼が言った言葉です。影法師殿、この先は、人間の戦いとなります」
「アヤメ様の言いたいことは分かります。私とリシェン様には、出るな、と言いたいのですね」
「勝つためには大きな間違いですけど、リリーもそれを望んでいないでしょう。それに、負けるつもりは毛頭ありません」
「……」
影法師は答えなかった。
アヤメはしばし逡巡したが、迷いを捨てて口を開いた。
「影法師殿にも、したいことがあるのではないのですか。アメントリル様の願いではなく、貴方の願いが」
影法師は再び杖を掲げた。
癒しの光で、リリーの寝顔は和らぐ。理外の力は、この人間には必要ないのだろう。だから、効かない。
この世界にある彼らは役割を終える。
「私の、願い?」
それに応えられるのは、他ならぬ自分自身だけであった。
◆
寝台に射し込む朝日と共に目覚めて、頭を抱えたくなった。
カリラの自室には、物があまり無い。
金は貰っているが、染み付いた旅暮らしの癖が余計な物を買おうという気持ちを封じてしまっていた。
だから、余計にそれは目に付く。
脱ぎ散らかされた服が入口から続いていて、ああそうだったなと思い出される。
帝都に戻り、二つの首を埋葬した。
その後、報告を入れた帰りにジーンと会って酒を飲んで、結果がこれだ。
「おはよう」
目の前には、上半身裸で朝の茶を差し出してくるジーンがいる。
「あ、ああ。おはよう」
カリラは言った後で、どんな顔をしようか迷った。
武人らしくしかめ面がいいのか、それとも女らしく笑うべきか。決めかねている内に、憮然とした顔を作ろうとして失敗してしまう。
カップを受け取って口をつけると、渋い。上品ではないが、眠気を飛ばしてくれる不味い茶だ。好きな味である。
「ああ、俺の好みで入れていた。苦かったか?」
「好きな味だよ。ありがとう」
「どういたしまして」
見つめ合うと、照れる。
カリラが何か言う前に、ジーンの唇で口を塞がれた。
たっぷり口を吸って、口の中の苦さが濃くなる。手慣れているのが腹立たしいが、嫌な気持ちにはならなかった。
「ジーン、先に行ってくれ。顔と身体を洗ってから、寵姫殿の所に行く」
「そうか。昼に迎えに来る」
この男は何を言っているのか。
「一度寝たくらいで」
「美味い店を知ってる」
「そ、そうか」
ジーンは背を向けてから、振り返った。
「寝ている時に、夢は見るか?」
「帰ってきてから、見ないよ」
現世に帰ってきてからの眠りは、死の眠りだ。泥のように眠り、夢は見ない。
「俺もだよ」
「……お前、いつもは『私』じゃなかったか?」
「寝た女の前だ、許せ。じゃあ、後で」
「ああ」
ジーンが出ていってから、カリラは茶を飲み干した。カップを置いて、シーツで悶える。
やっちまった。
何を小娘のようなことをしているのか。
昨夜は酒を飲んで色々と話した。だいたいは生前の愚痴だ。
ジャンを追い詰めたのは私だとか、仕官が叶わなかった恨み節だとか、子を為さなかった後悔だとか。そして、ジーンも失敗だらけだと愚痴った。
部屋まで送るのが騎士の務めだというから送らせて、茶でも入れるといって部屋に招き入れて、ドアを閉めた瞬間に、どちらからともなく口を吸った。
あとは互いに服を脱ぎ散らかしながら寝台へもつれ込んだ。
「どうしてこうなった」
言葉にしてみたが、分かっている。
カリラもまた女だ。そして、弟子の成長を見て寂しくなった。きっと、切っ掛けはそれだけだ。
「いや、まだあるか」
壁に立てかけた剣は、ドゥルジ・キイリという銘を持つ。
長きに渡る旅の友であり、弟子に与えた。そして、帰ってきたカリラの、いや、息吹の剣だ。
使用人に朝風呂を用意させて、カリラは身支度を整える。
シャルロッテの自室に向かい、事の顛末を語った。
「そうですか。ありがとうございます、カリラさん」
物憂げに、シャルロッテは言う。
カリラはあったことをそのまま語ったに過ぎない。
ユリアンは始祖の吸血鬼の甘言に惑わされ自滅した。不戦の約定を破るという禁を犯し、敵に敗れた。そして、ジャンはただ戦って死んだ。
シャルロッテにはなんの責も無いことだ。それどころか、彼女はユリアンの暴挙を止めようとまでした。それでも、悲しい。
「寵姫殿、アレらは自らの望むままに行った結果にございます」
「それでも、悲しい」
優しい少女だ。
カリラは口を噤む。
優しさとは弱さだ。世にいう優しい人とは、自らの意志を押し通す力が無い故に他者に従属する弱者である。諦めることに慣れきった弱さが他者に心地よく優しく見えるに過ぎない。
カリラにとって、世界とは力だ。
無辜の人を殺すのはいけないことだと、帝国の法は言う。
実際には、何も悪いことではない。好きに殺し、犯してもいい。ただ、法を遵守させるための暴力を帝国が備えているからこそ、それは罪であり悪となる。帝国法の届かぬ僻地では、力こそが法であった。
カリラからすれば、シャルロッテの哀しみなど虫唾が入る惰弱の類であった。
「わたしに全部を支配できて、なんでもできる力があったら、みんな幸せになれるのに」
カリラは目を見開いて、シャルロッテを見やる。
そこにあるのは、ぎらぎらと輝く太陽のごとき独善であった。
齊天后マフ、黒騎士ジーン・バニアス、先帝陛下、そして、カリラ。皆、この輝きに魅了された。人は根底が似通った欲望に吸い寄せられる。
「その力は、手中に収められましょう。ご安心めされよ」
シャルロッテは物憂げであった。
血を流さねば、それは手に入らない。
変わろうとしなければ、人はそのままだ。シャルロッテはその原動力である。そして、リリーは変わらないがための原動力か。
「ユリアン君には、丁重に供養を」
「取り計らいます」
ユリアン・バアルは幸運な吸血鬼だ。密偵として生き、謀反さながらの行いで死んだというのに、姫に顧みられた。
新年を祝う宴もそろそろ落ち着いてきたころだ。
しんしんと降り積もる雪が、帝都を白一色に染め上げていく。
闘技場も半分は作られていて、新年だというのに人足たちの威勢の良い声とゴーレムの動く音が今も響いている。
齊天后マフは春を目途にヴェーダまでの街道を整備する計画を推し進めていた。
亜人と流浪の民を受け入れた多民族国家としての道のりは、巨大な公共事業から始まる。
アメントリルという狂った魔人が暗躍して興した国家は、長い年月を経て、彼女が願った形へと生まれ変わろうとしていた。いや、今までが芋虫のようなものであったのかもしれない。芋虫は蛹へと変わった。
蝶になるか蛾になるか、それは次の戦いにかかっている。
虫は
ジーン・バニアスは自室で邪妖精と向き合っていた。
遠く海を離れた魔国の蜥蜴山脈におわす邪妖精の女王は、端末として機能する邪妖精を通してジーンと交信していた。
邪妖精は普段の邪悪な無邪気さで囀ることなく、宙に浮かんでジーンに口を開く。
『ジーンや。お前にかけられた
いつにもまして、妖魔の王の言葉は分からない。妖精と同じく、人間には理解できない世界に彼らは存在している。
「俺は、もう繰り返すことはないのか?」
『この世界は観測すらできんようになったからの。願いのとおりに死ねるであろう』
邪妖精の女王の言葉には、感情のようなものがあった。
魔国におわす魔王ユウ・アギラに肩入れする超越存在は、人の心を多少ながら理解する。妖精のように心を手に入れずとも、飼い犬の気持ちを察することはできた。
「ははは」
ジーンは空虚な笑い声を発した。
いつも運命はジーンの知らないところで廻っている。
『どうした?』
「狂ってなどいない。不思議だな、生きたいと思っている。齊天后マフ様に寵姫様、それにカリラがいて、俺の居場所もある」
『未来に絶望したのではないのか。禿鷹の魔人たちと同じく、生きることに倦み疲れたのではないのか』
「今から生きるのさ。まだ死ねん」
邪妖精の女王の感情の気配が端末から伝わった。
それは、どこか暖かなものだ。
『よかろう。魔王にしたように、力を賜ろう。甲殻戦鬼の力、存分に使え』
ジーンは騎士として再起した。
狙うは
寵姫シャルロッテの織り成す物語を見続けた望まぬ
◆
時間は無常に過ぎていく。
痛みが抜けてからの一か月以上を、リリーは見ることと歩くことに費やした。
子供のころにやった修行だ。
ただ、歩くこと。
地に円を描き、その上を歩く。歩くことと走ることは難しいものだ。そして、見ることもまた難しい。
なんとか歩けるようになった。
「お嬢様、いきますぞ」
「おう」
リリーとウドは、ヴェーダ領主館の庭園で布球を投げ合っている。
粘土の球に布を巻いたもので、速度を変えて投げられる。
ウドが投げてリリーが捕る。そして、投げ返す。
最初は定位置で、それから先は歩きながら。
「片目というのは、なかなか辛いな」
「慣れることですぞ」
言いながら、球を投げ合う。最初は取り落としていたが、最近では受け取る程度であれば難なくこなせるようになった。しかし、飛び苦無に対応できるほどではない。
「飛び道具には気をつけんとな」
「気配を読みなさい、気配ですぞ」
無茶を言う。
ウドの投げた球は額を狙っていて、受け取ることはできた。
「明日からは苦無ですんで、剣で受けてもらいやすよ」
「少しは労われよ」
軽口を叩きながら球を投げ合っていると、横から何かが飛んできた。手で受ければ、ワインの空瓶だ。
「邪毒の聖油だったら、残った目もなくしていましたよ」
アヤメである。
口元を意地悪な感じに歪めている。
「割ってないだろう」
「本物だったら割れるように投げてます」
「ふん、言ってくれる」
「まだ、許していませんよ」
「しつこいヤツだな」
目を失くしたことよりも、数で押し潰さなかったことを責められている。確かに、ウドと伊達男の力を借りることはできた。しなかったのはリリーの我儘だ。
「……春まではあと三月。仕上げられますか?」
アヤメの問いに、リリーは笑った。深刻な顔が面白かったのだ。
「なんとかするよ」
それ以外に何があるというのか。
色々なことを考えている。
勝った時のこと、負けた時のこと。そして、勝敗がどちらであっても、流れ始めた物事の帰結を左右しないのではないかという疑問。
「剣一本でやれることなど、たかが知れているんだから」
リリーはそう言って、笑う。
魔国の剣は、体の一部となった。
「あ、しまった」
「どうしました?」
「死神の剣は、わたしのものだった。あれは、どこにやった?」
ウドは大げさにため息を吐いた。
「首を引き取りに来た騎士さんに渡しましたよ。あっしは、てっきり死神殿の墓標にすると思ってやしたんで」
「そうか、それもいいだろう」
師から譲渡された大切な剣だったが、剣自体はただの道具だ。今となっては、この剣がいい。魔王が黄金騎士に下賜し、リリーが奪った。そして、妖精との戦いで雷紋が刻まれた剣は、リリーの剣となった。
「物と人には縁がある、か。あの岩人の言う通りだったな」
シャルロッテと出会った折に買った短剣に幾度も命を救われた。腰に巻いた虎の毛皮も、ずっと共にある。そして、この旅の仲間も共にあった。
「お嬢様、続きといきましょうか」
「鍛錬には付き合いましょう」
ウドとアヤメは、病み上がりのリリーに手加減をする気はないようだ。
「前から思うが、お前らはもう少しわたしを労われ」
吐く息が白い。
体を動かせば寒さも消える。
ラファリア皇帝陛下は、中庭を見下ろして目を細めた。
ヴェーダの領主館の一室である。
「若者は元気でいいねえ。皇帝陛下もそうは思わないかね?」
気安く言うのはフレキシブル教授だ。
「俺も若いさ」
「地獄から還ってきた者を若者とは認めないよ。さて、色々と計画(プラン)は持ってきたけど、既定路線は変えない。それでよかったかな」
机の上には様々な書付が並んでいる。そのほとんどが、教授とラファリアが描いたものだ。
「ああ、それでいい。俺が討たれた後のことは、これで抜かりない」
未来への展望よりも先に、敗北を考える必要があった。
ラファリアに付き従う貴族軍は解体し、貴族家の大半は改易させる。
皇帝陛下と博士号を持たない自称教授は、大規模な国家の再構築(リストラ)案を練っている。
勝っても負けても大筋は変わらないだろう。齊天后マフが為政者になったとしても、この案は受け入れられる。あれはそういう狂い方をしている。いや、女の狂気とはそういうものだ。
「勝った時も、これを本筋にしないと帝国は衰退するよ」
「分かっている。その時は、兄上にでもやらせるさ」
教授は黒眼鏡の位置を直してから、髭を整えた。
「責任をとって自刃か、隠棲(いんせい)かね?」
「どちらでもいい」
「やめておけよ、若いの。お前でないと、ここまで荒れた国は治められん。それに、魔国との貿易もお前がいないと無理だ」
「爺さん、お前呼ばわりはやめろ。それに、若いのもだ」
教授は鼻で嗤うと、水差しから水を汲んだ。
フレキシブル教授は茶を好まない。水が良いという珍しい爺だ。
「皇帝陛下、お前の兄二人は太平の世であれば名君だよ。だけど、ここまで変化した国を治めるのは歳を食っても無理がある」
「爺さん、あんたが宰相をやれ」
「やらないよ」
「やれ」
「やらないって」
ラファリアはため息をついた。
「勅命だぞ」
「僕はリッドと一緒に港を作るのさ。一年くらいは宰相をしてやってもいいが、その後は特別外交官の役目をくれないかな。魔国に行ってみたい」
「海を隔てた魔王の国。あれも禿鷹の魔人か」
「アメントリルのことを話しに行く。キミたちの墓標はここにあるとね」
「書簡ではダメか?」
フレキシブル教授は首を横に振った。
「皇帝陛下、人には持って生まれたなすべきことがある」
教授の口元には笑みがある。それは、どこか悪戯っぽい偽悪的なものだ。
「また何かの問答か。それは、もう知っている」
「知っているだけで、分かってないから言うのさ。なすべきは、立場とか家柄じゃない。何があっても諦めないと自分が決めたことだけが、なすべきことだよ」
フレキシブル教授は計画書の一部を手に取った。
「こんなもの、僕にとってはメシの種でしかない。ラファリアくん、キミの選択は賢いだけで、自分のためのものじゃない」
今度はくん付けだ。皇帝陛下は呆れたように笑う。
「嫌味なことを言う」
「言うよ。老人なんだもの」
嫌味は老いた者の特権である。
「俺は憎しみの的になるつもりだ」
改易させた貴族たちの憎しみを一身に集めるだけでも、政治はやりやすくなるだろう。それに、またぞろ反乱分子が集うはずだ。未来に不必要な変化を拒む者たちと共に心中すれば様々な憂いが片付く。後世に糞を残す必要は無い。
「甘いんだよ、小僧が」
「次は小僧か。帝国のために、俺の歪んだ理想のために死んだ臣のために、なすべきことだ」
「表舞台から退くのはやめたまえ。皇帝陛下、あなた様でなければならない。齊天后マフという恐るべき存在を策謀と蛮勇で打ち倒した毒蛇でなければ、この後は務まらんからね」
毒蛇か。
二度目の生にたどり着いたのは蛇の道。人は行いに縛られる。そして、ラファリアの立場はただの人であることを許さない。
「フレキシブル教授、あなたは確かに世界一の智慧者だ。その力を貸してくれないか。朕が望む人物はそなたに他ならん」
フレキシブル教授は黒眼鏡を外して、片膝をついた。
「お言葉は有難く頂戴致しますが、この老いぼれに務まるはずのない大役。お断り致します。陛下のこれからは新しき人の世であれば、古い時代の墓守に過ぎぬ私めは害にしかなりますまい」
皇帝陛下は薄く、帝の顔で笑んだ、
「神を殺し運命を覆す、か。妙なことになったものだ。あのリリーが違うというだけで、世は新しくなるのか」
皇帝陛下は窓から中庭を見下ろした。
リリーたちの修行は遊んでいるように見えなくもない。目を慣らすためのものであるそうだが、楽しそうだ。
運命はいつも皮肉だ。
諦めた後に、機会が巡ってくる。
年が明けて、雪解けから春の訪れまで穏やかに時が過ぎた。
帝国と解放軍、いや、齊天后マフとラファリア陛下の軍は互いに代表たる五人の選出を済ましている。
血を流さぬための五対五。しかし、両軍の主力は帝都に集結する手筈だ。
闘技場の戦いが終わった後に、総力戦が始まらない保証は無い。
正教会はアヤメを破門にしていることから日和見を決めた。仲裁というものを、両陣営が拒否した結果でもある。
頭の言うことを聞かぬ手は暗殺者を放ち、それらはことごとく刈り取られた。
帝都では寵姫を狙った暗殺者が晒し首にされ、ヴェーダでは密偵が城壁に吊るされた。
静かに血を流して、時は進む。
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