第24話 死神のジャン
積み上げられて小山と化した魔物の死体からは、強い瘴気が立ち上っていた。
リリーは知らぬことだが、魔物を呼び、屠り、その血肉を使うことでレガメラなどという大悪魔を呼び出していた。
かつて、世界中に現れ、禿鷹の魔人とも呼ばれた英傑たちが強さを求めるために行った修練と同じ方法である。アメントリルも、これを為した。
瘴気の放つ赤い燐光の中、二人の視線は交錯する。
死神を名乗る男の口元はだらしなく緩み、舌を覗かせて下唇を舐める。
自然体の脱力は、師のそれと似ていた。
「学院長殿、この忌々しい首飾りが示すのはヤツのいる先だ。そちらにこの
「分かった。勝てよ」
フランツが走っていけば、死神はそれを追わない。
「はは、俺に勝つつもりかよ」
「生きて帰すつもりはあるまい」
「お前がもうちっと面白くなってりゃ、殺しはしねえ。ま、俺はマフもユリアンのことも、どうでもいいしな」
互いに地摺りの型のまま、間合いを測っていた。
死神は師より年下のようだ。リリーとの年齢も十ほどしか離れてはいまい。
「やる前に教えてくれ。アイツは、俺のことを外道とでも呼んでいたか?」
「……何も聞いてはおらん」
死神の瞳に殺気が宿った。
地を蹴る足音は一つ。なのに、地摺り、つまりは下段より白刃が迫っていた。
顎から顔面を縦割りにしようとする斬撃に対して、上体を逸らして紙一重で避けながら死神の足首を裂く軌道で木刀を振る。
リリーの思っていた通りにかわされて、木刀を振った勢いそのままに背中と肩を使った体当たりを行えば、死神もまたそれをかわして前に回り込んでいた。体当たりが決まっていれば、そのまま木刀で腹を突き破るつもりだったが、その意図も見透かされていたようだ。
「シッ」
「それ」
剣を知らぬ者が見れば、それは踊っているように見えただろう。
間合いを極限まで近づければ、いかにして相手を貫くかに変わる。互いが互いの動きを邪魔しあうために、一手は二手となり、三手となり四手と続くのを繰り返す。
リリーの瞳には鉄の意志が満ち、死神には喜色がある。
死神は決して加減などしていない。彼にとって、薄氷の上で踊ることは天より与えられた喜悦に他ならない。
死神がいつの間にか剣を左手に持ち換えて振ろうとした横凪ぎの一撃を、リリーは間合いをつめてドゥルジ・キィリの柄の底面に同じく木刀の柄をぶつけることで弾こうとした。だが、死神は異様なまでの力で微動だにせず、そのまま柄と柄による奇妙な鍔迫り合いが生じた。
「やるようになったな、十か、百か、どんだけ殺したよ」
「一人に延々と殺され続けただけだ」
こんな時に言葉を発するべきではないのだが、気が付けばそのように答えていた。
シャザに幾度殺されただろうか。
鍛錬と呼ぶには些か狂気じみたものであった。
活人剣を名乗りながら、鍛錬で振るう槍には殺気が満ち充ちていた。この全身に貫かれていない場所はあるまい。肌に対してぴたりと止まる寸止めでも、痛みを感じた。あの焼けるほどの痛みと死の感触。今の動きはあの鍛錬があったからこそなのか。それはリリーにも分からない。
「は、息吹を捨てやがったか」
死神の声音にこわいものが混じった。
今までの、軽薄で、どこか超越した男の声では無い。それは、怪物が不意に人間のような言葉を吐いたかのような、そんな奇妙な声だった。
「捨てられるかよ」
息吹の剣士には呼吸の法がある。死神とリリーのそれは僅かに違った。
死神は柄を引いて、舞うように跳躍する。
明らかに、人体の理を遥かに超えた跳躍であった。怪鳥が飛翔するように後ろに下がる。
どのような亜人種にもなしえない、奇跡の舞いであった。
「もういいや、息吹じゃねえんならもういい」
死神の気配が変わる。
リリーにとって、それは覚えのある気配である。
先ほどの悪魔に似ていて、仇敵である齊天后マフ、そしてカグツチの持っていた、そこにあるというのに、どこか希薄で薄っぺらな独特の気配だ。
「なんと、これが死神か」
「黙れよ、メスガキ。お前にはがっかりだぜ。ほら、かわしてみせろ、『
投げやりに言った死神は、役者が英雄譚の芝居でやるような動作で剣を振った。大げさで、見た目を愉しませるための冗談のような型だ。
ごう、と音がした。
リリーの足が直感で動かねば、胴と首が泣き別れしていただろう。見えない剣戟が、通り過ぎていた。
「なんだ、これは」
「ほらほら、かわさないと死ぬぞ。ま、殺すんだがな」
リリーは戦いの最中だというのに目を剥いた。
数々の秘剣と奇剣を見てきた。恐るべき理外の剣ばかりである。
死神、自らを死神と名乗る男のそれは、まさに理外であった。
学院長の魔術であれば、そういうものと分かる。魔術とは理外にあるが、このようなものではない。離れた場所から見えぬ刃を放てるものではない。
迫りくる空気の揺れでそれと分かる。
戦いに口を挟めず見ていた奴隷はそれにかすったものか、体が膾に裂けて声を出すこともなく崩れていた。
「なんだ、これは」
死神は戯れに振っていた剣を収めた。
「よくかわしたな。これが何か、知りたいか?」
「……」
死神は、先程までとは違う、どこかふて腐れたような顔だ。
「聞いといてだんまりかよ。別にいいけどな。生まれつき使えるのさ。ガキのころにな、化物をぶっ殺したら使えるようになってたんだ」
「……」
「人を斬ったら斬るだけ、強くなったぜ。百か千か、命を吸えば吸うだけ、強くなるのさ。見とけよ」
死神のジャンは、奇妙な動作で剣を振る。すると、近くにあった木が真っ二つに裂けた。
「なんと」
「はは、驚いたか。こんなもん使っても面白くねえだろ。だからな、息吹を覚えたんだ。お前ならあいつとみたいに遊べる思ったんだがなあ」
リリーには思うところがあった。
「遊びか」
「そうさ、楽しいぜ」
この男は、ここで息の根を止めねばならない。
「お前の呼び出したバケモノのおかげで、たくさん死んだ。お前を人とは思わん、ここで死ねい」
「かは、はははは、師と同じことを言うんだな、リリーちゃんよぉ。お前みたいなひよっ子に俺がやれるかあ」
リリーは間合いを詰めるために駆けた。
死神の行使する奇跡の業には明確な欠点がある。隙があまりにも大きい。芝居のような動作で、それと分かる。
見えぬ刃の嵐を突きぬけて、肉薄する。
「ははは、ほらよ」
リリーが木刀を突きいれようとした瞬間、死神は左手で抜いた短刀でそれを受けた。左手だけ、しかも短刀で受けられるものではない。だというのに、リリーの放った木刀は軽く受け止められている。押し込もうとしても、壁に押し付けているように微動だにしない。
「なんと」
「これは、パリィってんだ」
技に名前があるのか。パリィとやらは奇術か妖術の類だ。まともな受け方をせずに、どうやって勢いを殺せるのか。
判断の遅れた一瞬に、リリーは顔面を殴られていた。鼻血のぬるりとした感触と共に、目の前には死神の剣。無造作な袈裟斬りである。
リリーは木刀で受けた。息吹を乗せているが、同じく魔剣の類であるドゥルジ・キィリの刃が木刀に食い込む。
「それでな、こういうこともできる。エンチャント」
刀身に黒い炎が生じた。
リリーはその場から後退して距離を取る。死神は追うこともなく、剣をだらりと下げた。
「どうだ、凄いだろ。意味が分かんねえだろ?」
死神は口元に笑みを作るが、言葉と表情とは裏腹に鬱屈とした気配があった。
「……、齊天后殿のような力か」
死神は笑みを深めた。
「さあな、俺はただ殺しただけさ。初めて人をやった時によ、パッて光輪が輝いたのさ。それで俺は、剣の使い方を覚えてたんだ。ははは、さっきみたいな技もな、そうしてたら勝手に覚えたんだ」
命を刈り取ることで得た超常の力である。
「
「お前には飽きた。もう死ねよ」
リリーは大きく息を吸った。
相対する敵は、見た目はただの男だが、中身は息吹すらをも遣う怪物であった。だが、リリーもまた一度死に黄泉帰った怪物である。
「力を貸せよ」
鬼女が『うん』と頷く。
リリーには、直感的に理解できることがあった。齊天后を打ち破った時にもだ。
あれに息吹は通じるが、もっと不確かなものがよい。たとえば、地獄で出会ったもう一人の自分とか。
全身を冷たい気配に覆われる。鬼女の、地獄に堕ちた者の気配だ。
生まれつきの死神が何か言ったようだが、リリーにそれは聞きとれなかった。
ゆらりと、もう一度。死神と肉薄する。
◆
命の重さというのが分かる。
虫を潰した時、狩りで獲物を殺した時、人を殺した時、命を奪う瞬間に、それはジャンの体に溜まっていく。
子供の頃、みんなもそういうものであると、人間は当たり前に知っていることだと思っていた。
野良犬を叩き殺した時に、肉体の奥底から力が湧きあがった。そして、今まで溜めていた命が代わりになくなったというのも、理解できた。
鳥が飛ぶように、魚が泳ぐように、それはジャンにとって当たり前のことであった。
色々あって、一人になった。
両親はいない。
手には剣があって、いつの間にか傭兵になっていた。
吸い取る命は重い方がいい。そして、命の重さというものは、獣よりも人間が勝る。熊や地竜なら別だろうが、動物よりも人間のほうが簡単に狩れる。
力の湧き上がるあの感触を幾度繰り返しただろうか。
あの感触を得るために、いくらでも人を殺せる傭兵になった。
ある戦場で、それを見た。
屍を積み上げる女剣士。
今までに出会ったどの生き物よりも重い命を宿した、夜の闇を照らす月のような女だった。
◆
斬撃を飛ばす不可視の魔技。
死神より放たれた一撃に、先だっての甘さは無い。
リリーを真っ二つにする軌道で放たれたそれに対して、リリーはその場で斬り返すように剣を振る。
今までも、そういったことをした相手はいた。だが、ジャンの力は、物理よりも優先されて発動する。
つまらぬ華。血の華が咲くはずだった。
「なんだそりゃ」
信じられぬ光景がある。
リリーの木刀と魔技が交差した瞬間、ジャンの魔技は奇怪な光となって砕けた。
どれほどその光景に茫然としていたか、振り下ろされんとした木刀に気付いてようやく体を動かせたほどだ。
寸でのところで受け止めて、鍔迫り合いになる。
「……何をしたよ」
ぎりぎりと、ジャンに木刀が迫る。
「自分でも分からん」
ジャンには理解が追いつかない。
今まで、この力が通じなかったことなど無い。あの女でさえ、この力を避けたというのに。その弟子が、死神の力を打ち破るというのか。
「クソッタレが」
死神は息吹の剣で鍔迫りを仕切り直した。
互いの呼吸は大気を振るわせるようであった。
剣が離れ、またも打ち合うことになった。ドゥルジ・キィリをもってして、リリーの木刀はまるで鉄のようである。
リリーにとっても、本気になった死神の振るう愛剣は金剛石のごとき硬さであると感じられる。
幾合もの打ち合いは、先ほどよりも激しいものとなった。リリーの剣はそれほどに荒々しいものへと変じていた。
気づけば、リリーは歪な笑みで歯を食いしばって力を入れていた。
顎や歯は不思議なものだ。武人であればあるほどに、その形は似ていく。鍛錬を繰り返した者の奥歯は、噛みしめすぎて平らになる。
死神もまた目を見開いて剣を振っていた。三白眼を見開いて、リリーを見ている。
「ようやく、必死になったな、死神殿」
幾度目の鍔迫り合いか、リリーの二の腕ははち切れんばかりに血管と筋肉が膨れ上がっていた。
「アイツの剣を捨てたヤツが、生意気言ってんじゃねえぞ」
「死神ッ、わたしを見ろ」
目と目が合う。
命を奪わんとする殺意に満ちたリリーの瞳の中に、泣きそうな顔の死神がいる。
「師は、もうおらんっ。わたしが斬った」
「お、お前なんぞがぁ」
「わたしを見ろ」
ジャンは気づいた。
接吻をせがむようなリリーの口元。その瞳に浮いた狡猾な光。
顔を背けるのが一瞬遅れた。ジャンの右目の視界が真っ赤に染まる。
鼻から流れた血を口に含み、霧のように吹きつけたのだ。このような技は、騎士の間では使われないが、剣士にとって珍しいものではない。
「きたねえぞ」
あの女なら、そんなことはしなかった。
死角から放たれた剣をそれでもかわした死神の背中に、冷たいものが走った。それは、命を刈り取り続けたからこそ得ることのできた、死の予感である。
奪われた視界に反応できず、左手首を掴まれていた。
世界が遅く感じられた。
このあと、この女は、リリーはどうするだろう。左手を引き寄せて、あの木刀を叩き込むつもりだ。頭か、胴か。どこに当たってもただでは済むまい。
「きいええぇぇぇ」
必殺の気合。
見える。あの女の中に恐るべき、禍々しい影がある。その影は左手から、ジャンを絡め取ろうとしている。
リリーの心臓を狙った突きは、空をきった。
どん、とジャンの手首から先が、地に落ちて湿った音を立てる。
ジャンは、自らの左手を切り落とすことで、必殺の一撃を回避してみせたのだ。
「見たぞ、リリー。お前は俺の手で殺す」
そう言うやいなや、くるりと死神は背を向けて、駆けた。先ほどみせた異常な跳躍と同じ、人とは思えぬ速度で逃げていく。
血の跡を追おうとしたリリーだが、自らの荒い呼気と、気だるい全身にその足を止める。
追いつけないのは明白であった。
「ミラールを連れてくるべきだったか」
腰につけていた水筒で、水を飲む。
生命を感じ取れると共に、鬼女の力を使ったことで思うよりも消耗していることに気付く。そう何度も使えるものではない。
ふと、目についた死神の左手首は、剣を握る者に似つかわしくないほどに、ほっそりとした綺麗なものであった。
不意に霧が晴れて、太陽がその顔を覗かせる。
◆
フランツの対峙する吸血鬼は、奇怪な魔法陣の中心で杖を振っていた。
神具特有の奇怪な輝きを放つ杖であった。
その杖を振る者もまた、奇怪なほどに美しい男である。青白い肌に、美しい顔立ち。吸血鬼特有の擬態的な、整いすぎた美である。
「学院の吸血鬼か」
「おや、学院長殿」
ユリアン・バールは、冷たい笑みを見せた。
フランツも、学院の間諜として吸血鬼が使われていることは知っていた。多少の遊びに目を瞑ってやれば、様々なことを報告してくれる便利な怪物であり、それ以上は気に留めたひともない。
王族の通う学び舎の暴力装置の一つでしかないのだから、院長という立場からすれば塵芥のようなものだ。
「その手に持つ杖を、渡してもらおう」
ユリアンは酷薄な笑みを浮かべた。
この吸血鬼はこれほどの自信を持つ存在であっただろうか。
いかに妖術で太陽の光を減じているとはいえ、いまは昼日中である。ここまで肉薄すれば、この程度の吸血鬼では天才と呼ばれた魔術師に抗うのは不可能だ。
「それはできませんね」
「魔物を呼ぶ前に、雷を走らせることもできるぞ」
フランツのそれはハッタリだ。魔術はそんなに万能なものではない。
「ふふ、ハハハハ、僕は、力を手に入れた。魔術師などが、僕を止められると思うな」
睨み合いながら、フランツは細剣を抜いた。
おしゃべりをしながら、密かに組上げていた術式はいつでも発動できる。
「試させてもらおう」
フランツの戦い方は至って単純である。
剣で斬りつける際に雷撃を放ち感電させるというものだ。剣で切り結ぶなどということはしなくてもよい。
細剣を選んだのも、確実に当てるためという分かり易い理由である。
吸血鬼は、フランツの一撃に何もしなかった。
吸い込まれた一撃に手応えは無い。
「馬鹿な」
「驚きましたか。古の吸血鬼は、これができるのです」
細剣の切っ先は、確かにユリアンの首元を穿った。なのに、その首元は霧になっていて、バチバチと弾ける雷撃が意味を為していない。
フランツが跳び退ると、背後で何かにぶつかっていた。
「おや、どこにいくおつもりですか」
一瞬で背後に回り込んでいたのはユリアンである。
振り向きざまに、腹を殴られた。
これが、こんな細腕から放たれる拳だろうか。膝をついたところを、蹴りつけられて地に転がった。
戦いは一方的なものであった。
死なないように嬲られている。
幾度もフランツは火球や雷撃を放っているが、そのどれもが効いていない。
地に転がらされて、もう立てぬといった有様である。
「学院長殿、これで力の差は分かったでしょう」
細剣はへし折られて、体も動かせそうにない。
「き、貴様、どうやって、こんな力を」
「ふふ、吸血鬼として僕は進化したのですよ。見せてあげましょう」
ユリアンが魔力を練れば、太陽を隠していた霧が晴れ渡る。
さんさんと照る真夏の陽光の下で、ユリアンは平然としていた。血の薄まった吸血鬼でなければ、太陽の下で平然としていられるはずがない。
「力を手に入れて、太陽の光すらも克服しました。始祖の吸血鬼にも劣らぬ力を得たのです」
「齊天后に与えられたのか」
「ふふ、あの方は素晴らしい。この世界を作りかえるお方だ」
フランツは笑った。
世界を変えるとは大きく出た。
「何がおかしい」
「この世界はそんなに悪くないと思ってな。だから、変えさせてやらんよ」
ドン、と胸を踏みつけられた。
「減らず口ですね」
「はは、ははは、油断大敵だ、弾けろ」
フランツは左手の指輪を発動体にして、練り上げていた魔力で至近距離からの火球を放つ。火は、ユリアンの頭部を焼く。
ユリアンは火を消そうと手で頭をはたくが、その動きはぴたりと止まった。
「嘘だろ……」
頭をおおっていた火は、ユリアンの口に吸いこまれていく。炎を食っていた。
焼け爛れていた頭部は、みるみるうちに再生していく。
「ははは、どうですか。勝ったと思いましたか?」
ここまでか。
フランツは震える足で立ち上がる。
「私は、まだ死んでないぞ、吸血鬼。それで勝ったつもりか?」
リリーとアヤメ、あの二人とカグツチ様がいれば、この怪物を倒せるはずだ。
「あなたに何ができるというんです」
「時間稼ぎさ」
フランツの瞳は、敵ではなくセザリアの港町を見ていた。死が近づいているというのにグレーテルの肢体ばかり思い出す。
「街を護ろうというその意気に免じて、最高の絶望を与えてあげましょう」
ユリアンは赤く輝くねじくれた杖を振る。
中空に描き出される光で形作られた美しい魔法陣。
魔法陣から這い出そうとしているのは、三つの瞳を持つ龍の頭である。この龍の名前を何かの伝説で聞いた気がするが、思い出せない。
フランツは這い出そうとする龍を見た。その瞳には何も宿っていない。レガメラと同じ冷たい殺意の輝きを瞳に宿す怪物である。
この瞬間、太陽が一瞬翳ったのに吸血鬼は気づかなかった。
空から放たれた槍が、出てこようとする竜の額を貫く。
「見つけた」
大空には、日輪の輝きを背にした黒の戦乙女カグツチがいた。
ユリアンが反応するより早く肉薄したカグツチは、何も無い場所から取り出した光り輝く剣で、ユリアンの杖を握るその腕を斬り飛ばす。そして、ユリアンには目もくれず、その杖を細切れになるまで切り裂いた。
「な、なぜ、お前が」
「霧を解いたのは失敗。あなたが姿を見せてくれたらそれでよかった」
ユリアンは痛みに顔を歪ませてカグツチを睨みつけていたが、にやりと笑む。
「あなたがいなくなれば、魔物たちは街に攻めこんでいることでしょうね」
カクヅチは、にんまりと、今までの無表情さをかなぐりすてて、口角を吊り上げて笑った。
「あなたはアメントリルとその仲間をナメすぎ。この霧が解けて六十秒あれば充分。全部、
「き、貴様」
「リリーの相手をするから、さっさと去ねよ」
ユリアンはカグツチに凄まれて、後じさった。そして、背を向けると蝙蝠に変じて飛んでいく。
「芝居だったんですか?」
フランツが問えば、カグツチは笑った。
「半分は本当。回復できないから、無限湧きされるとまずかった。けど、杖は潰せたし、結果オーライ」
カグツチは、背後から迫るリリーの気配を感じていた。
「カグツチ様、応援しています」
「ダメ。あなたはリリーの応援をするべき。生きている人間なんだから」
「あなたの子孫なんです。
「グレーテルと話した。あの子なら、あと何年かしたら丈夫な子を産める。フランツ、あなたは変な女に騙されそうだから、グレーテルを放してはいけないよ」
カグツチはそう言って微笑むと、くるりと振り向いた。
「魔物を出す杖は始末した。ここで、やろう」
「応」
対するリリーは、連戦であるというのに、当然のようにそう答えていた。
戦いは続く。
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