第5話
「管理人さん!」
二匹の猫怪が玉玲の部屋を訪れたのは、夕食を終えて一息ついていた時のことだった。
「困ったことが起きたんだ。何とかしてくれ!」
玉玲は即座に
「どうしたの?」
いかにも上品な白毛の猫怪が、苛立ちをあらわに言った。
「突然、
「あいつら妖刀を振り回すから、抵抗もできなかったんだ」
白と黒の斑も悔しそうに
瓜二つの二人組というのは、幻鉄と幻鐸、双子の皇子のことだろう。どうやらお仕置きが足りていなかったようだ。
「わかった。私が行ってみるよ」
玉玲は双子の所業にうんざりしつつ部屋を出た。莉莉、三毛、茶トラの三匹も一緒だ。
斑と白毛の案内に従い、路を北上していく。
一度小路を西に曲がりしばらく進むと、前方になかなか立派な殿舎が見えてきた。
「あそこだよ」と、まだらがその殿舎を
玉玲は入り口まで近づいていき、建物の様子をじっくり観察した。
まず目についたのが、扉全てに貼られた黄色いお札だ。
呪符を剥がして部屋に乱入するのもどうかと思い、玉玲は大声で屋内へと呼びかける。
「ごめんください!」
しばらく待つと中央の扉が開き、顔立ちのそっくりな青年二人が現れた。
「「お前は……!?」」
幻鉄と幻鐸が玉玲を目に留め、同時に驚きの声をあげる。
「気をつけろ。どこかに
「いや、あの矮子自身があやかしなのかもしれないぞ!」
失礼極まりない発言を、玉玲は直ちに否定する。
「私は矮子でもあやかしでもありません! ここの管理人として話をしにきたんです」
「管理人だと……?」
あの反応をされるのは嫌だけれど、仕方がない。
「私、いちおう第五皇子の妃なんです。あやかしたちの管理を任されました」
素性を明かすと、双子の皇子たちは一瞬ぽかんとして顔を見合わせた。
「あの矮子はいったい何を言っているのだ?」
「妄想癖のあるあやかしなのだろう。皇子の妃と管理人を気取りたいのだ」
これは新しい反応だ。
当然こっちの方がむかつくのだけど。
苛立ちを募らせた玉玲は、後方の猫怪たちを示して訴える。
「ここはこの子たちが先に住んでいたんです! それを強引に追い出すなんて」
「阿呆がっ。あやかしが話し合いに応じるか? 出ていってくれと言って従うような輩ではあるまい。ならば、強引にでも追い出すしかないではないか!」
「そもそも、後宮の建物は人間が築いたもの。そこに住む皇族のためにな。それを勝手にあやかしどもが占拠していたのだ。暮らす人間が戻ってくれば、返すのが道理だろう!」
双子たちは相変わらず尊大な態度で言い返した。
確かに、筋が通っている部分もある。だからといって、引きさがることはできない。
「じゃあ、追い出された彼らはどうしたらいいんですか! せめて移住先の面倒を」
「そこまで知るか! その辺の茂みで暮らせばいいだろう。住処くらい勝手に見つけろ!」
「人間と違い、あやかしなどどこでも生きていけるのだ。今まで使わせてもらっただけでもありがたく思え。贅沢を言うな!」
「そんな!」
反論する玉玲だったが、双子はけんもほろろに言い放つ。
「俺たちはちゃんとこの区域の主である兄上に許可をもらっているのだ。文句があるなら兄上に言え!」
「……この区域の主?」
「幻偉兄上のことだ。親王の中で最年長、お母上の家格も高く、文武共に優れておられる。主となるのは、兄上しかおるまい」
「ああ。太子にふさわしいのもな」
玉玲は唇を動かしたものの、結局押し黙る。言いたいことは山ほどあるが、二人を説得できる言葉が思いつかない。
「わかったのなら早く去れ! あやかしとは極力関わりたくないのだ! 薄気味の悪いっ」
「これ以上ごたごた抜かすようなら、反逆罪でたたっ斬るぞ!」
双子は妖刀を抜き放って、玉玲たちを威嚇する。
こうなってしまっては、さすがに反抗できなかった。こちらは丸腰で、身を守る
猫怪たちに怪我を負わせるわけにもいかず、玉玲は唇を
その様子を見た双子たちは得意げに鼻を鳴らし、屋内へと戻っていく。
「……管理人さん」
悔しさを堪えるように拳を握りしめていると、斑と白毛が不安そうに顔を見あげてきた。
殿舎近くの茂みに隠れていた他の猫怪たちも、暗い表情で近づいてくる。全部で八匹。この殿舎から追い出された猫怪だろうか。
彼らをこのままにしておくわけにはいかない。
玉玲はこれからすべきことを考える。幻偉に直談判しにいくべきだろうか。
いや、幻偉と双子は似たような気質だ。今回と同じ結果になることは目に見えている。
とりあえず追い出された猫怪たちを何とかしなければ。
「みんな、ごめんね。移住先が見つかるまで私たちの殿舎で暮らしてもらえないかな?」
申し訳なく思いながら提案した玉玲に、白毛が戸惑いをあらわに聞き返す。
「管理人さんたちの殿舎? でも、あそこって三つしか部屋がないじゃない」
「そこは、うまく配分して。ずっとってわけじゃないし、とりあえずの処置だから。莉莉たちもいいよね?」
確認すると、莉莉はしぶしぶといった様子で答えた。
「まあ、とりあえずってことならな」
三毛と茶トラも複雑そうな顔をしつつ頷いてくれた。
「みんなもいいでしょう? 明日になったらもう少し何とかするから」
追い出された猫怪たちにも、玉玲はもう一度確認する。
「うーん、仕方がないわね。茂みに野宿するなんてごめんだし」
「じゃあ、少しの間だけ
了承はしてもらえたものの、彼らの表情はやはり暗く、さすがの玉玲も前向きな気持ちにはなれなかった。
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