第7話


「逃がしません!」


 窓へ逃走しようとしたあやかしに、玉玲は声をあげて飛びかかる。

 一本足をがっちり捕まえ、そのまま床へと組み敷いた。

 そして、暴れるあやかしを羽交い締めにして、鳥籠を持っていた幻晴に要求する。


「開けてください、幻晴さん!」


 幻晴が心得たように呪符を鳥籠から剥がして扉を開けた。

 即座に玉玲は、抱きあげたあやかしを中へとぶち込み、素速く扉を閉める。

 呪符をまた鳥籠に貼り直して捕縛完了だ。

 これでどんなに暴れても、鳥籠の外には出られないだろう。

 捕獲作業を終え、玉玲は「ふう」と安堵の息をつく。この鳥籠は、人に憑依したあやかしを暴くための道具であり、おりでもあったのだ。計画通りに捕まえることができて本当によかった。

 だが、まだこれで全てを解決できたわけじゃない。


「仮母の方は?」


 玉玲は気持ちを切り替え、倒れた仮母の方へと目を向ける。


「生きてはいるが、かなり衰弱している。誰か、彼女を臥室しんしつに運んで医者を呼んでくれ」


 仮母の上体を抱え起こした幻耀が、妓女たちに指示を出した。

 だが、みなおびえた様子で仮母を見おろすばかりで、誰も動こうとしない。

 こんなことがあったばかりでは無理もないだろう。訳のわからない騒動の後、突然糸の切れた人形のように仮母が倒れたのだ。


「大丈夫ですよ。悪いあやかしは捕まえましたから。仮母の面倒を見てあげてください」


 動揺する妓女たちに、玉玲は努めて優しく声をかけた。


 少し落ちついたのか、まず男衆が仮母の側に寄り、二人がかりで彼女の体を持ちあげる。

 一部の妓女たちも心配そうに仮母に近寄り、運ばれていく彼女についていった。

 他の妓女や少女たちは怖くなったのか、広間から逃げるように離れていく。


 結局、広間には玉玲、幻耀、幻晴、漣霞と、鳥籠に捕らえられたあやかしだけが残った。


「このあやかしは? 視たことがありません」


 玉玲は改めて猿面のあやかしをじっくり観察する。熟れたうりのような顔色、歯がまばらに生えた大きな口。これまで会ったあやかしとはだいぶたぐいが違う。


「以前一度退治したことがある。山魈さんしょうと呼ばれるあやかしの幼体だ。人間の血肉を好むとされている。こいつは特に若い女の血を好んでいたのだろう」


 幻耀は玉玲の疑問に答えてから、突き刺すような目で山魈を睨んで訊いた。


「お前が若い女を殺して、竹藪に埋めた黒幕だな? 仮母の体を乗っ取っていたのだ。言い逃れはできんぞ」


 幻晴も妖刀を抜いて、供述させようと山魈に迫る。


「コウモリの諸精怪に罪を着せたこともわかっている。素直に白状した方が身のためだぞ。今ここで滅されたくなかったらな!」


 鳥籠の隙間から妖刀を突きつけられた山魈は「ひぃっ!」と悲鳴をあげ、膝を屈した。


「わかりました。全てお話します」


 そう言いつつ黙りこんでしまった山魈に、玉玲が真っ先に質問する。


「いつから仮母の体を乗っ取っていたの?」


 山魈はあきらめきった様子で、しおしおと答えた。 


「十年ほど前でしょうか。若い女をたくさん支配していたので、うまいえさになりそうだと思ったのです」


 幻耀が「なるほど」と言って、腕を組む。


「足抜けを装えば、妓女が失踪しても不思議に思われないだろうからな。頻度にさえ注意すれば、あやかし狩りを呼び寄せることもなく若い女の血が手に入る。よく考えたものだ」


 最後に残った謎を解明すべく、玉玲は更に話を聞いた。


「事件が発覚して、すぐに逃げなかったのは、餌場を手放したくなかったから?」

「その通りです。ここは都尉の捜査もぬるくて、犯行を続けやすかったので。また一から餌場を築くのも面倒くさくて、コウモリの諸精怪に罪を着せてしまいました」


 突きつけられた妖刀が相当怖かったのか、山魈は素直に白状してうなだれる。


 他に訊くべきことはないか、確認の意味も込めて玉玲は幻耀と幻晴に視線を向けた。

 二人は大丈夫だというように首を縦に振る。


「これで謎が全て解けましたね」


 ようやく玉玲は胸をなでおろし、安堵の笑みを浮かべた。


「玉玲、お前のおかげだ」

「い、いえ、みなさんの協力があったからです」


 自分一人の力では何もできなかったに違いない。幻耀も幻晴も漣霞も、自分を信じ、力を貸してくれたことで得られた結果なのだと思う。

 でも、こうして幻耀に褒めてもらえるのは、とてもうれしい。


「では、こいつを連れて城へ戻りますか。詳しく調べようともせずに無実のあやかしを捕らえたんです。第四皇子の評価も地に落ちることでしょう」


 幻晴が鳥籠を手に、意気揚々と妓楼から出ていこうとする。


「あ、城に戻るのは待ってください。まだ他の街に寄る時間はありますよね?」

「ああ、あの件か。時間的には問題ない。毘毘の件をすみやかに解決できたからな」


 答えてくれた幻耀と、訳がわからなそうな顔をする幻晴に、玉玲は笑顔で告げた。


「じゃあ、次の場所へ向かいましょう」


 まだ全ての問題を解決できたわけじゃない。

 新たな街で次の事件が待っている。


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